表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/251

cys:144 溶け合う二人の別れ

───疲れた。凄く……


 身体ではなく、精神(こころ)が疲れ果てたノーティスは、家に帰るとそのまま部屋へ直行し、ベットにドサッと仰向けになった。

 けれど、目を閉じても一向に寝付けない。


───ハァッ、寝る事も出来ないか。まぁ、ちょうどいいか……


 ノーティスはベットから身を起こすと、部屋を見渡し荷物の整理を始めた。

 ここに来てまだ日は浅いが、色んな想いが部屋にこもっている。


───アネーシャ。キミに出会ってから俺は……


 様々な感情が入り交じる中で荷物の整理をしていると、部屋の扉がコンコンッ……と、静かにノックされた。


「ノーティス……」

「ア、アネーシャ?」

「うん。入って、いい?」

「……いいよ」


 ノーティスが扉を見つめながら静かに答えると、ガチャッという音と共に扉が開いた。


「アネーシャ……」

「ごめんなさい、ノーティス。こんな遅くに」


 すまなそうに軽く瞳を伏せて告げてきたアネーシャの姿が、月の光に照らされ切なさが醸し出される。

 無論、時間の事だけでなく、さっきの事がその切なさの要因だ。


「いや……別にいいよ。今ちょうど、キミの事を考えてたから」

「私の?」

「あぁ」


 優しさと切なさを纏い静かにそう答えると、ノーティスはアネーシャにスッと背を向け窓辺に佇んだ。

 窓から差し込む月の白く柔らかい光が、ノーティスを照らす。

 その姿がアネーシャをハッとさせ、胸をギュッと締めつけた。

 ノーティスのその行動と、そこから醸し出される儚げな雰囲気がシドに重なったから。


───シド……


 心で思わずそう零したアネーシャに、ノーティスは背を向けたまま夜空を眺め静かに口を開く。


「綺麗な星と優しい月だな」

「えぇ、そうね……」


 後ろ姿を見つめたまま、静かに答えたアネーシャ。

 本当はもっと話をしたいのに、上手く言葉が出て来ない。

 そんなアネーシャを背に感じたまま、ノーティスは静かに零す。


「こんな夜空を見上げてると、何か分からないけど不思議な気持ちなる」

「不思議な?」

「なんだろう……上手く言えないけど、大切な人と見た気がするんだ」

「そう……きっと、そうなのかもしれないわね」


 アネーシャの中に、切ない感情が小さく渦巻く。

 それは小さな嫉妬の気持ち。


 その気持ちを置き去りにするかのように、アネーシャがスッと前に進んだ時、ノーティスは哀し気な瞳を静かに揺らした。

 脳裏に、さっきアネーシャと共に見た女神の記憶を浮かべながら。


「それに、俺は信じたくない。こんな綺麗な世界で、あんな事があったなんて」

「ノーティス……」

「けど、女神の記憶もライトの事も間違いなく起こった事だし、俺がここにいれば、きっとまた悲劇が起こる」


 そこまで零すと、ノーティスはスッとアネーシャの方へ振り向き、凛とした眼差しを向けた。


「ごめんなアネーシャ。俺がいたせいで、キミに消えない傷を負わせてしまった」

「違うの……」

「いや、違わない。謝って済む事じゃないけど、本当にすまなく思ってる。ただ、キミと過ごした日々は決して忘れない」

「……ノーティス」

「心配しなくていいよ。俺はこれから、どこかでひっそりと暮らすさ」


 アネーシャを澄んだ瞳で見つめながら、ニコッと優しく微笑んだノーティス。

 皮肉でも強がりでもなく、アネーシャに心配をかけたくないのだ。


 アネーシャには、その気持ちがヒシヒシと伝わってくる。

 それに我慢出来なくなったアネーシャは、飛びつくように無言でギュッと抱きついた。


「ア、アネーシャ?!」


 急に抱きつかれ、ビックリしながら顔を赤くしたノーティス。

 けれど、アネーシャは抱きついたままだ。


「ノーティス、私は……私は……貴方に出て行ってほしくないの……!」

「アネーシャ……」

 

 ノーティスの心にアネーシャの想いが染み渡り、胸の奥がググッと押し潰されそうになってしまう。

 想われる気持ちと、だからこそ一緒にいてはダメなんだという気持ちが、嵐のように駆け巡るから。


 だからこそ、ノーティスはその想いをグッと抑え、瞳を閉じてアネーシャを両手で抱きしめた。


「アネーシャ……気持ちは嬉しいけど、俺はきっとキミを不幸にしてしまう。それだけは、したくないんだ……!」


 心から声を振り絞るように告げてきたノーティス。

 その胸の中で、アネーシャはギュッと目を閉じ涙を流す。


 アネーシャにとってノーティスは、愛するシドを奪った憎い仇。

 けれど、同時に溢れてくるのだ。

 ノーティスと一緒に過ごした短くも穏やかで幸せだった日々が、まるで泉から湧き出てくるように。


「私は、それでも……貴方を愛してる」

「アネーシャ……」


 ノーティスはアネーシャをさらにギュッと抱きしめると、スッと両手で横に抱きかかえた。


「えっ?!」


 思わず小さく声を上げたアネーシャの鼓膜を、ノーティスの心臓の鼓動が低音で揺らす。


 そしてそのままベットに置き、ノーティスは顔を火照らせるアネーシャの脇に両手をつくと、切ない愛を浮かべ見つめた。


「……俺には、こうする事しか出来ない」

「ノーティス、それで充分よ……」


 見つめながら、片手をそっとノーティス頬に添え優しく微笑んだ瞬間、二人は口づけを交わした。

 奇しくも、同じ事を思いながら。


───本当は、ずっと一緒に……


 その想いと共に、二人は熱く切なく溶け合った。


◆◆◆


 深く眠っているノーティスの側で、アネーシャはそっと起きると服を着て静かに見つめた。


───ノーティス……貴方はシドを奪い、私の心を憎しみの炎で焦がした人。けど、本当の貴方は誰よりも優しい。だから……


 アネーシャは心でそう告げると、ノーティスに背を向けドアの前に立ち、スッと瞳を閉じる。


───貴方を……貴方の大切な人達と戦わせたりしない。私が、ケリをつけるわ。


 静かにドアを開け、部屋の外に出たアネーシャは感じた。

 目の前に広がる真っ暗な廊下が、これからの道を示しているようだと……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ