cys:143 エレミアの餞別
「アネーシャ、この後はどうなったんだ?!」
ノーティスは少し苛立ちながらアネーシャに不思議そうな顔を向けた。
部屋に広がっていた景色が、突然フッと消えたからだ。
ここで途切れてしまっては、何も分からない。
アーロスの光に包まれたソフィアが、その後どうやって生き、国を造っていったのかが。
けれど、そんなノーティスの前でアネーシャは残念そうにうつむいた。
「分からないわ」
「わ、分からない?」
「えぇ、この後の記憶は見れないの……」
「なんで?!」
思わずバッと身を乗り出したノーティス。
「結局、これじゃ結末が分からないだろ!」
「そうね。でも……今見た記憶が、貴方がここにいちゃいけない理由なの」
「なんで……なんでなんだよ、アネーシャ!」
苛立ちながらそう零した時、ノーティスはハッとした目を見開いた。
分かってしまったからだ。
「ま、まさか、俺はスマート・ミレニアムの人間なのか……!」
「……そうよ」
「嘘だっ! 俺は……俺は違う! そんなハズないだろ!!」
ノーティスの切ない叫びが静かな部屋に響き渡り、それがアネーシャとエレミアの心を揺さぶる。
───ノーティス、私だって貴方がもしスマート・ミレニアムの勇者でなければ、どんなに……
アネーシャは運命を呪うかのように、ギュッと瞳を閉じた。
悔しさと悲しさで体が小刻みに震える。
けれど、その哀しみを振り払うかのように首を横に振った。
どんなに運命を呪っても、事実は決して変わらないから。
そんなアネーシャを切なく見つめるエレミアと、消えてしまいたくなるような苦しみと共に見つめるノーティス。
「俺がここにいたら、また……」
あの日の凄惨な光景が、ノーティスの脳裏にありありと浮かぶ。
血と涙に塗られたライトの顔と、アネーシャが心から血を流していた姿と共に。
また、その悲しい嘆きをアネーシャとエレミアは黙ったまま否定しない。
いや、する事が出来ないのだ。
それがノーティスの心をギュッと締めつけ、体を震わせる。
「くっ……! うぅっ……」
分かっているから。
記憶は無くても、自分がきっとスマート・ミレニアムでも重要な位置にいるという事が。
───だとしたら、俺に出来る事は、もう……
ノーティスは心でそれをグッと握りしめると、アネーシャとエレミアに決意を宿した顔を向けた。
澄んだ瞳が哀しみの涙で滲む。
「分かった。俺は明日、朝一で村を出る。今まで、ありがとう……!」
二人を見つめたままそう告げ入口からサッと出ると、ノーティスはダッ! と、勢いよく駆け出した。
「ノーティス!」
アネーシャはその背に向かいで叫んだが、ノーティスは止まらないし、振り返りもしない。
そして、ノーティスの姿が闇夜に溶け込んでしまった時、アネーシャはその場にドシャッと崩れ落ち両方で顔を覆った。
その両手のひらの隙間から、あまりにも切なく悲しい嗚咽と涙が零れてゆく。
「うぅっ……ノーティス、ごめんなさい……ごめんなさい……」
まるで懺悔するように涙を零しているアネーシャの事を、エレミアは宙に浮きながら哀しく見つめている事しか出来なかった……
◆◆◆
ノーティスは、月の光が照らす薄暗い森の中を駆け抜け広い草原に出ると、息を整え夜空を見上げた。
「ハァッ……星が、綺麗だな」
満天の夜空に煌めく星々。
そんな夜空を見上げていると、ノーティスの胸をスッと懐かしい想いが掠める。
アルカナートと修行した時や、セイラと一瞬に見上げた夜空の記憶が。
無論、記憶が戻ったわけではなく魂の記憶がそれを感じたのだ。
───いつか、こんな星空を誰かと一緒に見た事ある気がする。多分、それは……
心でそこまで想いを巡らせた時、突然エレミアが斜め上からスッと近寄ってきた。
「何か思い出したのかの?」
「エレミアっ」
ハッとして見上げると、エレミアはノーティス周りをクルクルと不規則に飛び回りながら、銀色にキラキラ煌めく輝きを零していった。
その煌めきが、ノーティスの体にスッと染み込んでゆく。
「ノーティスよ、ワシも辛い。じゃが、お主のそれは比ではなかろう」
「エレミア……」
「だから、今のはワシからのせめてもの手向けじゃ。記憶も近い内、無事に戻るじゃろう」
「記憶が?」
少し驚いた顔で見つめてきたノーティスを、エレミアは斜め上から切なそうに見つめる。
「そうじゃ。ただその時はもう、私の姿はお主には見えなくなるがの」
「そ、そんな。なんで?!」
そう声を上げた時、ノーティスはさっき見た女神の記憶を思い出した。
魔力クリスタルの恐るべき作用を。
そして、同時に悟る。
記憶が戻った時、魔力クリスタルも元に復元されるであろう事を。
「くっ……エレミア。俺はやはり、スマート・ミレニアムの人間なのか……」
悔しさで両拳をギュッと握りしめるノーティスに、エレミアはそっと近づき優しく微笑んだ。
「ノーティスよ。大切なのは過去でも立場でも無い。お主が今何を感じ、何を成していくかじゃ」
「エレミア……!」
ハッと見上げたノーティスに、エレミアは微笑んだまま告げる。
「私は信じておるぞ。ノーティス、お主にまた会える事をな」
「エレミア、でも俺は……」
「それに、きっと意味があるのじゃ。お主が、その魔力クリスタルを着けている事も」
エレミアはそう告げると、そのままシュッと飛び去っていった。
キラキラと光る軌跡を残して。
そしてノーティスは、その光る軌跡が消えゆく中でスッと瞳を閉じた。
───俺が魔力クリスタル着けている意味……過去よりも今……
自身の心を見つめているノーティス。
記憶を失ってからの日々と、今日知った女神の記憶が心を駆け巡ってゆく。
───俺は……
ノーティスは、スッと瞳を開くと家に向かって歩き出した。
風にザワザワと揺れる木々の音が、何かを告げるように感じさせる中を、ただゆっくりと……
帰路につくノーティスの足取りは重く……