cys:141 浄化の源
「アーロス、貴方浄化出来るの?!」
ハッと目を見開き見つめるソフィアの瞳に、希望の光がキラッと宿った。
それを感じ微笑むアーロス。
「あぁ、出来る。多少厄介だけどな」
「じゃあ今すぐにお願いっ! 私、ここで逃げる訳にはいかないの!」
ソフィアから想いのこもった声を背中にぶつけられたアーロスは、悪魔王達の方を見据えたまま静かに答える。
本当はソフィアの目を見て伝えたいのだが、悪魔王達を前に目を逸らす事は出来ないから。
「今は……無理だ」
「なんで!」
ソフィアがグイッと身を乗り出すと、カイザーがニヤリと嗤った。
「当然だろう。今、お前に壊せる訳がないよな。ダーククリスタルを壊す為には……」
そこまで言った時、アーロスがその言葉を断ち切るように全身から漆黒のオーラをブワッと立ち昇らせ、カイザーをキッと睨んだ。
「カイザー、おしゃべりしてる余裕があるのか? お前が相手にしているのは同じ悪魔王だぞ」
アーロスはそう言うやいなや、両手のひらの中にダークエネルギーをバチバチッと作り出した。
その両隣で、ロキとカインは同じく悪魔王達を見据えたままアーロスに尋ねる。
「アーロスよ、どのぐらいかかる?」
「どういう事だ?」
「決まってんだろ。ソフィアの呪いを解くまでにかかる時間だよ」
「まさかお前達……!」
アーロスがチラッと両隣を見ると、ロキとカインはニヤッと力強い笑みを浮かべた。
「アーロス、行け。ここは我らに任せろ!」
「そんかわし、必ずソフィアの呪いぶっ壊せよ!」
二人のその姿からは、ここを一歩も引かないという決意が溢れ出ている。
無論、この国の奪還の為もあるが、ロキもカインもソフィアが好きだから。
なので、突然現れたアーロスに持っていかれた事に対しての、二人の意地でもあるのだ。
そんな二人の想いを受けたアーロスは、静かに覚悟を決める。
───これが心。そして、命の意味か。
アーロスは心でそう零すとサッと後ろに振り返り、ソフィアの腕をガシッとガシッと掴んだ。
「行くぞ、ソフィア」
「イヤッ! アーロス! 二人をここに残してなんていけないわ!」
悲しく顔をしかめ、身体を揺らしながら掴まれた腕を振りほどこうとするソフィアだが、アーロスは手を離さない。
むしろ、よりギュッと掴んで見据えている。
瞳に涙を滲ましているソフィアの事を。
「ソフィア、二人の気持ちに応えるんだ。想いを無駄にするのが一番の罪と知れ」
「でも……!」
「このままだとお前は呪われたまま、他の同胞達も皆全滅。ロキとカイン達は犬死だ。ソフィア、それがお前の望みなのか」
「くっ……私は……」
ソフィアが辛そうに顔をギュッとしかめると、それをかき消そうとするかのように、ロキとカインが背を向けたまま吠える。
「早くいけ!」
「グズグズすんなっ!」
「ロキ、カイン……!」
アーロスに腕を掴まれたまま二人の背中を見つめるソフィアは、思わず涙が零れそうになってきてしまう。
二人のその背がソフィアに告げているからだ。
『さよなら』と……!
それは、二人からの精一杯の愛。
「ソフィア、お前には呪いは似合わない。必ず解いてもらうんだぞ」
「心配すんなってソフィア、こんな暗ーーーい奴らに負ける訳ねーだろ」
「ロキ、カイン……後で必ず会うんだからね!」
「フッ、当然だ」
「ったく、たりめーだろ」
それを受けたソフィアは凛とした瞳でコクンと頷くと、二人に背を向けタタッと駆け出した。
仲間達を救う為にアジトへ向かって。
それを見て苛立つカイザーは、大きく口を開き怒声を飛ばす。
カイザーには分かっているからだ。
ダーククリスタルの破壊の仕方と、それにより自分達にとって途轍もない脅威が生まれてしまう事を。
「させてたまるか!!」
その怒声と同時に凄まじい早さで二人に近づき、剣を横薙ぎにビュッと放ったが、ロキとカインはそれをガキインッ!! という音と共に剣で防いだ。
「ぐっ……!!」
「んなろっ……!!」
ただ、そのあまりの凄まじい剣圧にズザァァァッ! と、後ろに足を滑らせ、大地に溝が作られた。
それと同時にグワッ! と、襲いかかってくるカイザー達を、ロキとカインは精霊の力を全開にして迎え撃つ。
「ここは一歩も通さぬ!」
「俺達の女神に手は出させねぇ!」
「黙れ、雑魚共が! そこをどけ!!」
仲間達を背に引き連れ襲いかかってくるカイザーを、ロキとカインは強く見据え必殺技の構えを取った。
「精霊よ、我に力を! 『神狼滅鬼』!!」
「精霊と共に全てを貫け! 『流星光牙』!!」
スガンッ!!!
◆◆◆
彼らの凄まじい戦いから生じる轟音と激しい閃光が走る中、ソフィアとアーロスは拠点に辿り着き、レジスタンスの皆に事情を話した。
当然アーロスの登場に最初皆恐怖の顔を浮かべたが、ソフィアの話と誘導により、何とか国の入口の門まで辿り着き、門番達を倒し国外への脱出に成功。
「フッ、さすが我が嫁。よくやった」
「アーロス、こちらこそ礼を言うわ。後は……お願い。このクリスタルを破壊して!」
懇願するようか顔を向けられたアーロスは、一瞬軽く目を閉じ微笑んだ。
「……いいだろう。ただし、俺が出来るのはクリスタルの浄化だ」
「浄化?」
「そうだ。このダーククリスタルは無限のダークエネルギーから出来ている為、破壊する事は叶わん」
「そんな……!」
「だが、その力を封じ込め、再び精霊の力を使えるようにする事は可能だ。俺であればな」
アーロスはそこまで言うと言葉を止め、ソフィアをジッと見つめた。
漆黒にまみれた瞳が艶のある光で揺らめく。
そね光に、何かイヤな予感を感じたソフィア。
「俺であれば……?」
「簡単な話だ。俺の全魔力の源を使えばいいだけの事」
「全魔力の源を? でも、それじゃ貴方が……」
哀しく見上げるソフィア。
その両肩をアーロスは両手でガシッと掴み、その瞳に決意の光を宿して見つめる。
まるで、悪魔王とは思えぬ優しきオーラを全身から溢れさせたまま。
「ソフィア、先に言ったように俺はお前のその心に惚れたんだ。ダーククリスタルにすら屈しない、その究極の心に」
「そんな、おおげさよ。究極だなんて。私は私のしたい事をしてるだけだから」
「フッ、それなら尚の事。その心に巡り合えた事で、心の渇きは満たされた。だから、後は心おきなく取ればいい。我が魔力の源を」
「アーロス……!」
ソフィアが切ない声を漏らした瞬間、アーロスはギラッと瞳を輝かせソフィアのダーククリスタルに片手を翳した。
「オォォォォぉっ! 漆黒に煌めけ我が力! 『カオス・メタスフラギー』!!」
アーロスの命から放たれる技に呼応し、ソフィアのダーククリスタルが漆黒の光を激しく輝かす。
まるで、ダーククリスタルが生きているかのような激しい抵抗による光の閃光が、いくつも同時に放たれ周囲を漆黒の光で照らす。
それと同時に、ソフィアの全身に凄まじい激痛が走る。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
苦痛に悶えるソフィアを、もう片方の手で強く抱きしめるアーロス。
自分の愛する人の顔が苦痛に悶えるのは苦しいが、ここでやめる訳にはいかない。
「耐えろソフィア! もう少しだ!」
「あっ……! うっ……! あーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「ソフィア!」
その叫びがしばらく続いた後、ダーククリスタルの輝きが大きく弾け一筋の大きな漆黒の閃光がズガァッ!! と天を貫いた。
それと同時に漆黒の色を失い、無力のクリスタルに変化したダーククリスタルを見て安堵の表情を浮かべたアーロス。
「よ、よかった。これで……」
ニコッと微笑みを浮かべた瞬間、気を失いドサッと倒れかけたソフィア。
アーロスはその身体を僅かに残る力で支えると、地面にそっと横たわらせて切なく見つめた。
分かっていたからだ。
もう、別れの時が近づいている事を……