cys:14 女心の筆記試験は0点
「そ、そんな……この私をフル男がいるなんて。しかも、あそこまで迫ったのに……」
あざとく迫った上に完膚なきまでにフラれたエリスは、その場にペタンとへたり込んだ。
自分の見る目の無さと愚かさを呪いながら。
───許せない……!
エリスはサッと立ち上がり、ルミを片手で抱いているノーティスの事をキッと睨みつけた。
「待ちなさいノーティス! 私をフッたら、きっと後悔するわよ!」
けれど、ノーティスはエリスを軽く流し目で一瞥すると、エリス達にクルッと背を向けた。
その背に尚も罵倒するエリス。
「くっ……アンタなんか……アンタなんかが幸せになれる訳ないのよ!」
するとノーティスはルミを片手に抱いたまま、エリスに顔をスッと振り返らした。
「エリス……」
「なによ!」
「いつかキミの美しさが枯れた時、それでもキミを大切にしてくれる人を探すんだ」
「な、な、なによ偉そうに!」
顔をしかめ大きく口を開いたエリスに、ノーティスは澄んだ瞳のまま答える。
「少なくとも俺は、今言い寄ってくる人より、俺が無色の魔力クリスタルだった時から一緒にいてくれる人を大切にする」
「くっ……なによ」
ギリッと歯を食いしばり怒りで顔を醜く歪め睨んでくるエリスだが、ノーティスの表情は変わらない。
「キミも、自分にとって一番大きなモノを失えば分かるハズだ。誰が本当に自分を愛してくれてるのかを」
「フ、フンッ。バッカじゃないの……何を言ってるのか、全然分からないわ!」
尚もそううそぶくエリスに、ノーティスは少し悲しげに微笑む。
「ただ出来る事ならエリス、キミには気付いて欲しい。本当に大切なモノを失う前に……」
ノーティスはそう告げると前に顔を振り返らせ、ルミを連れたまま颯爽とその場を立ち去った。
その背にエリスからの刺すような憎しみの視線を受けながら。
ルミはそんなノーティスと一緒にドキドキしながら歩く中、顔を火照らせたままノーティスの横顔をチラッと見上げた。
───ノーティス樣……♪
ルミは、その精悍でスッキリとしたノーティスの横顔を見ると、またドキドキしてしまう。
するとノーティスが、ルミに優しい眼差しをスッと向けてきた。
「ルミ、ありがとう」
「へっ? な、何ですか突然」
「いや、ルミがいてくれてよかったと思って」
密かに想いを抱いているノーティスから、そんな事を言われたルミは更に顔を火照らせた。
そして、アタフタしながらノーティスに両手を振る。
「な、何を言ってるんですか。私はノーティス様の執事ですよっ!」
「ん? そーだよな。だから感謝してる。いつも一緒にいてくれて。俺はルミいないと、何も出来ないからさ」
「へっ……?」
ルミは、なんだそーゆー意味かと思うとガックリして肩を落とし、同時に頭にきた。
勘違いして、顔を真っ赤にした自分がバカみたいだったから。
「な、なんですかもうっ! 紛らわしい」
「えっ? ど、どーしたルミ」
「別に、なんでもないです。そう……なんでもないじゃないですか!」
ノーティスは礼を言っただけなのに、なぜルミが怒り出したのか分らず慌ててしまい困惑した。
ついさっきまでの精悍な顔とは打って変わり、焦りが全身から溢れ出ている。
「いやいやルミ、何でそんな急に怒り出すんだよ」
そんなノーティスの前でルミは両腕を胸の前で組むと、顔をプイッと横に向けた。
「別に、なんでもありませんから!」
カワイイ子は怒った顔もカワイイ。
けど、そんな事を言ってる場合ではないかもしれない。
ルミはかなり怒っている。
そしてそのままチラッとノーティスを見た。
「ノーティス様は筆記試験は満点でも、女心の試験は、れ〜点です」
「え、えぇっ? れ、れ〜点?? ルミ、どーゆー事だよ?!」
ノーティスがルミに両腕を広げて困った顔をすると、ルミは両手を下に伸ばして拳をギュッと握り、キツイ口調でノーティスに言葉をぶつける。
「もういいんです! 私はお昼ごはん食べに行きますので、ここで失礼します!」
そう怒鳴り、クルッと背を向けスタスタと歩いて行ってしまうルミの背中に、ノーティスは手を伸ばした。
「あっ、ちょっとルミ。一緒に紅茶飲むって言ってなかったっけ?」
「私……喉は乾いていませんからっ!」
ルミは振り返らずそう答えると、そのままスタスタと歩いていってしまった。
ノーティスはルミのその後ろ姿をポカ〜ンと見つめている。
「ル、ルミ……」
そして、まいったなという顔をすると、片手で頭をクシャっと搔いた。
「女心か……分からない。師匠から剣と魔法と礼儀作法は教わったけど、女心は教わってなかったもんな……」
そうボヤき、アルカナートの事を思い出す。
───あーーっ、でも師匠はメチャメチャモテてたな。しかも、凄い美人からばっか……
自分もそうであるのにも関わらず、まるで気付いていないノーティス。
「師匠、なんでそれは教えてくれなかったんですか……」
そう零し、ハァッとため息をつくと、ノーティスは一人でちょっと寂しく昼ご飯を食べに行く事にした。
◆◆◆
会場近くのカフェ『アステ・ロスカーミュ』
ノーティスは、そこの二階のテラス席でお気に入りの紅茶を飲みながら想いに耽っていた。
───何でルミ怒ったのかな……
ぼんやり虚空を眺めたまま、さっきまでの経緯を思い返す。
───あの三人の事を話したら、エリスが下手な演技してきて迫ってきたし、ルミも危なそうだったから抱き寄せて守った。で、エリスに話つけて、いつもありがとうってルミに言ったら、急に怒り出したんだよなー。どうなってるんだ、一体……あっ、もしかして、ちょっと力強かったのかな? いや、でも加減はしたし……
そんな風に、永遠に正解に辿り着かない思考を巡らせていると、ノーティスの前にスッと影が差した。
それに、ん? と、思ったノーティスが顔を上げると、魔力ステッキを持った可愛い女の子が、ノーティスに向かって微笑んでいた。
「こんにちは♪」
「あっ、あぁ。こんにちは。って、キミは?」
「突然声かけちゃってすいません。私、エレナっていいます♪」
「エレナ?」
「はい♪ あの、ここちょっとだけご一緒していいですか?」
突然声をかけてきたエレナ。
ノーティスはエレナが誰か分からなかったが、取り敢えず悪そうな感じは伝わってこないので、断る理由は無い。
「あぁ、別にいいけど」
「やったぁ♪ ありがとうございます」
エレナは嬉しそうにパアッと笑みを浮かべ、ノーティスの向かいにサッと座った。
そして頬杖をつき、微笑みながら可愛い顔で見つめてくる。
「フフッ♪」
エレナからそんな風に見つめられて悪い気はしないが、ノーティスには、エレナがなぜ声をかけてきたのかが謎でしかない。
───な、なんだ、この子は?
ノーティスがそう思ってエレナをチラッと見ると、セレナは頬杖をついたまま微笑んできた。
「キミ、カッコいいよね♪ 名前、何ていうの?」
「えっ? 俺はノーティス。エデン・ノーティス」
「へぇー名前もカッコいいね♪ それに、さっき見てたよ。筆記試験満点ってホント凄い」
「いや、まあアレはたまたま簡単な問題が多かっただけで、大した事はないよ」
ノーティスがそう言って紅茶を一口飲むと、エレナは頬杖をついたまた、ぷくーっと可愛く頬を膨らませる。
「えーなにそれ? 嫌味でしょ。私なんて散々勉強して、時間いっぱい使って、よーやくギリギリ終わったのに」
「そっか。それだけ頑張ったなら、受かってるといいな」
「へぇー、やっぱ満点の人は余裕ね」
「いや、そーゆー意味で言った訳じゃないけど」
ノーティスがそう言って紅茶をソーサーにカチャっと置くと、エレナはハァッと軽く溜息をついて軽くうつむいた。
「まあ、いいんだけどさ……」
そしてそう零すと、再びノーティスを見つめて微笑む。
「私ね、ノーティスみたいに頭のいい人が好きなの♪」
「えっ、いきなり好きってなんだよ」
「だって、エレナそうなんだもん♪」
「いやまあ、そう言われても……」
ノーティスは少し照れたが、急にそんな事言われても全然入ってくるハズもなく、すぐに表情を落ち着かせた。
「それに、俺は特別頭がいい訳じゃない。フツーだよ」
「えーーーっ、そんな事ある訳ないじゃん。だって、あのロウ様にも認められてたでしょ♪」
「まあ、そうだけど、でも……」
「でも、なーに?」
するとノーティスは少し悩んだ顔をして、視線を斜め上に逸らした。
「いや、さっき筆記試験は満点でも、女心の試験は0点だって言われちゃって……」
ノーティスがバツの悪そうな表情で、視線を逸らせたまま片手で頭を掻くと、エレナは楽しそうに笑う。
「アハハッ♪ それは確かに難問だね。何があったのー?」
ノーティスは、さっきの事をエレナに一通り話すと、エレナにドヤ顔を向けた。
「なっ? 分からないだろ。マジで謎だよー」
そう言われたエレナは猫口になり、腕を組んでう〜んと唸る。
「ノーティス、確かに女心の試験は0点ね……」
「えっ? どーゆー事?」
「ホントに分からないの?」
「分からないよ。お礼言って怒られた事なんて無いし」
ノーティスが不満気にそう零すと、エレナはハァッと軽く溜息を吐き、両肘をテーブルに乗せて軽く見を乗り出す。
「じゃあ教えてあげる。その子が怒ったのはね……」
エレナがそこまで言った時、少し離れた所から、やめてください! と、いう女の叫び声が聞こえてきた。
ノーティスは、そのよく聞き覚えのある声の方をサッと振り向くと、そこにはなんと、ガラの悪そうな男に腕を掴まれてるルミの姿が。
「ルミっ!」
ノーティスは、その光景を見るなりバッと席から立ち上がり、エレナに早口に告げる。
「エレナごめん、話後で聞かせてくれ。後ここの支払いはこれで頼む!」
そう言ってタンッとお金をテーブルに置くと、二階のテラス席からそのまま下にサッと飛び降りた。
「すっご♪」
エレナが驚いて目を丸くする中、ノーティスは現場に駆け付けると、ルミの腕を掴んでいる男をキッと睨みつけた。
「その手を離せ! 今すぐに!」
ノーティスは、れ〜点を挽回出来るのか……
次回は、新たな王宮魔導士の女の子が登場します♪