cys:136 捏造された悪魔の呪い
「魔力クリスタルの悲劇?」
ノーティスはそう零すと、額にある割れた魔力クリスタルを片手でそっと触った。
割れた部分のザラッとした感触が、嫌な予感を増幅させる。
そんなノーティスを、静かに見つめているアネーシャ。
「ええ……そうよ。それがこの記憶の続きで分かるわ」
「記憶の続きで?」
その時突然場面がザザッと切り替わり、ノーティスの目の前には、豪華で厳かな雰囲気に包まれている王の間が広がった。
「こ、ここは……王宮?」
思わず声を漏らしてしまうような荘厳さだ。
また、そこには優しく賢そうな王が玉座に座り、側近の兵士達が王の両隣に並んでいる。
無論、これだけでは分からないが、きっと賢王による良政が行われているのだろう。
そんな中でノーティスを見つめたまま、アネーシャは静かに告げる。
「そう。ここで全てが分かるわ」
「全てが?」
ノーティスが謎めいた顔を浮かべた時、王の目の前に突然漆黒の渦が出現し、そこからスッと現れた。
禍々しいオーラを全身から放つ、六人の悪魔達が。
「クククッ……」
「ウフフッ……」
「キシシシシッ……」
「ハハハハハッ……」
「グフフフフッ……」
彼らから伝わってくる。
この世の邪悪を全て集め濃縮したような、暗く悍ましく禍々しさに満ち溢れたオーラが。
「な、何者だ?!」
王が驚きと共に玉座からガタッと立ち上がると、彼らは深い闇を漂わせた瞳をギラリと光らせ、王を見据えたままニヤリと嗤った。
そして、その内のリーダー格の悪魔がゆっくりと王に近づいてゆく。
「王よ、ユグドラシルは我らがもらい受ける」
「なっ、何を言う! 誰だか知らんが、貴様達などにユグドラシルは渡さん! これは皆の為の物だ」
恐怖を感じながらも王が勇ましく怒鳴りつけると、その場にいた兵士達が王の前にザザッと駆け寄り、悪魔達の前に立ち塞がった。
「去れ! 邪悪なる者達よ! これ以上我が王に近付く事は許さんっ!」
「許さんだと? 勘違いするな。我らは許可など求めていない。ただ奪うのみだ」
「き、貴様っ! 叩き斬ってやる!!」
彼らは勇ましく剣を振りかぶり悪魔達に立ち向かったが、そこからは一方的であり一瞬だった。
「フンッ、愚かな……」
悪魔達は彼らを一瞬で屠り去り、王の間をあっという間に鮮血に染めたのだ。
その鮮血と横たわる兵士達の死体が、王の厳かな雰囲気を一気に凄惨な物へと変えてゆく。
それを嘲笑う悪魔達と共に。
「クククッ……王よ、もう一度言う。ユグドラシルは我らがもらい受ける」
「くっ……! 貴様らは何が目的だ? ユグドラシルを使って何を企んでおる!」
すると悪魔達はニヤニヤと嗤い、リーダー格の悪魔は王にグイッと身を乗り出した。
「我らの野望の為に決まっているだろ。それ以上は知る必要は無い」
「な、ならば尚の事させん! ユグドラシルから放たれる聖なる魔力は、皆の幸せと平和の為に使われるべき物だ!」
「ハッ、くだらん。カオスの中にこそ我らの望む物がある」
「何を言う! そんな事は決して……」
王がそこまで言った時、リーダー格の悪魔は片手をザッと王へ向け、その手の平の中に漆黒のエネルギーを集めていった。
バチバチと音を立てながら。
「王よ、眠るがいい。この『ダーククリスタル』と共に!」
「ぐっ……ぐわぁぁぁぁっ!!」
王の悲痛な叫びが響き渡る。
それと同時に、王の額に埋め込まれた。
黒く艶光のする『ダーククリスタル』が。
そして、そこから放たれる漆黒のエネルギーが、王の精神を一気に染めてゆく。
「うぐっ……ハァッ……ハァッ……ハァッ……!」
割れるような激痛に両手で頭を抱えうつむいた王の頭から、王冠が抜け落ちた。
カランという音が王の間に切なく響く。
そんな姿の王をリーダー格の悪魔は、冷酷な瞳のまま見下ろしている。
「王よ、ありがたく思え。これで貴様も我らと同じ眷属」
「は……い」
そう答えた王の瞳は、もはや凛としたそれではなく魔族の物になってしまっていた。
瞳が完全に邪悪な色に染まっている。
それを見て、悪魔はニヤリと満足そうに嗤う。
「クククッ……そうだ。それでいい。ではまず手始めに……」
そこから狂気の時代が始まった。
暗黒時代の幕開けだ。
まず悪魔達は、その国有力者や無作為に選んだ多くの一般市民達を狂わせた。
圧倒的魔力を用い、それまで共に暮らしてきた精霊達の姿を、悪魔に見えるようにしたのだ。
精霊達の姿の変わりように、恐れおののく人々。
そして、それを王から大々的に宣伝させた。
『精霊達の反乱による悪魔の呪いが広まり、このままでは人間達まで悪魔化してしまう』
と、いう偽の情報をばら撒く事を。
人々達はこれに多大な恐怖心を募らせ、国は大混乱に陥った。
悪魔の狙い通りに。
そうなった時、悪魔に魂を支配された王は再び偽の情報をばら撒いた。
もちろん、正式な公布という形でだ。
『救世主である六人の英雄達が、悪魔の呪いを防ぐガーディアン・クリスタルを作った』と。
多くの人々はそれに飛びついた。
『これで悪魔の呪いの感染から身を守れる』
『悪い精霊達が消え、命が助かった』
『精神に異常をきたさなくて済んだ』
そんな声が国中に溢れ、皆こぞって額に魔力クリスタルを埋め込み始める。
国の言う事を疑わず、何も考える事なく盲信しながら……
だがそんな中、この状況を異常だと感じ真実を見抜く者達も少数だがいた。
───おかしい。この騒動、あまりにも出来すぎている。しかも、あの魔力クリスタルは……
そう、それが後のトゥーラ・レヴォルトを建国する者達だ。
真実を見抜く。ただ、いつの時代もそれは少数派で……