cys:133 最悪の誤解
「どういう事だ、アネーシャ」
恨みのこもった眼差しを受けたロウは、思わず困惑した顔を浮かべてしまった。
以前対峙した時は敵ながら凛とした高潔な精神を感じたが、今のアネーシャからは焦げるような憎しみしか伝わって来ないから。
「それに、この有り様は一体……!」
ロウが驚愕の眼差しで周りの悲惨な光景を見渡す前で、怒りを煮えたぎらせているアネーシャ。
先程クリザリッドから吹き込まれた嘘により、ロウ達がクリザリッドと共に攻めてきたと思わされてるからだ。
クリザリッドの思惑通りに……
「しらばっくれるのもいい加減にして!」
「待てアネーシャ、まずは状況を……」
ロウはそこまで言った時、魔導の杖を片手で前に構えエメラルドグリーンの防御魔法陣を作り出した。
アネーシャが怒りと共に剣を振りかぶり、襲いかかってきたからだ。
「アァァァァッ!!」
「くっ……『リフレクト・トリガー』!!」
だが、アネーシャの剣を防いだのはそれではなく、サッと前に入ってきたジークのハルバードだった。
ガキインッ!!
「くっ!」
アネーシャは剣を防がれ後ろに飛び退いた。
またジークはアネーシャの剣圧にズザッ! と、足を滑らせ声を漏らす。
「うおっと!」
そして、ニヤリと笑みを浮かべた。
「くぅーーーーっ、半端ない剣圧だぜ。ノーティスの奴、こんな凄ぇのと戦ったのかい」
強い相手が好きな根っからの戦士であるジークだが、アネーシャの力にツーーっと冷や汗が流れる。
───こいつはヤベェな。さっさとしねぇと……!
戦慄を感じるジーク。
その背中にロウが声をかける。
「ジークすまない。大丈夫か?」
「当たりめぇだろ、ロウ。お前さんは軍師だ。こーゆーのは俺に任せときな」
「頼もしいなジーク、助かるよ」
ロウがそう零した瞬間、ジークの隣でレイはサッと上に掲げた片手の中に、巨大な三角錐の形をした巨大な氷柱を作り出した。
「逃さないわ! 『フリージング・スピアー』!!」
レイの放った巨大な氷柱が、飛び退いたばかりのアネーシャに襲いかかる。
───くっ! マズい!
そう思ったアネーシャの前にノーティスがサッと入り込み、レイの氷柱を剣でザシュ! と切り裂いた。
真っ二つに割れ左右にズドンと落ちた氷柱から、冷気の混じった砂煙が立ち昇る。
ノーティスはその場に立ったまま、レイを強く睨んだ。
「キミは、アネーシャになんて事をするんだ!」
その言動に驚き、目を丸くしたレイ。
アネーシャを庇った事も信じられなかったが、レイではなくキミと言われた事に途轍もない違和感を感じたから。
「ノーティス、貴方何を言ってるの?」
「それはこっちのセリフだ! キミはなぜこんなに残虐な事をする? 一体キミは何者なんだ!」
「何者って……ノーティス、貴方ふざけてるの?」
「ふざけてるのはキミだろう!」
ノーティスのその答えにショックを受け、唖然とした顔で見つめるレイ。
無論、レイだけでなく他の皆も同じだ。
そして同時に悟る。
「ノーティス……貴方まさか記憶が……!」
「ウソだろ、おい……」
「ムムムッ……」
「……フム」
皆が悲壮な顔をして唖然とする中、メティアはブルブルと体を震わせている。
悲しさと悔しさにうつむき、両手をギュッと握りしめたまま。
「嘘だ……そんなの……そんなの……嘘だ!!」
涙を迸せながら、バッ! と顔を上げたメティア。
ノーティスに再会出来るのを誰よりも楽しみにしていたメティアにとって、ノーティスが記憶を失くしている事など決して信じたくないのだ。
「ノーティス! ボクだよ! メティアだよ!」
「メティア……?」
「ううっ……ノーティス! なんで、なんでそんな顔をするの……」
ノーティスの瞳に自分は全く知らない他人だと映ってる事を悟り、メティアは悲しみの淵に突き落とされた。
全身の血の気が引き、体が急速に冷えていくのが分かる。
周りに炎が立ち昇っているにも関わらずだ。
「ノーティス……嫌だ。いやだよぅ。ううっ……!」
レイは、そんなメティアがいたたまれなかった。
同じノーティスを愛する女として、メティアの辛さがダイレクトに流れ込んでくるから。
なので、キッ! と瞳を吊り上げノーティスに迫る。
「ノーティス! 貴方いい加減にしなさい!」
「だから、なんなんだキミは」
「ノーティス!」
レイが怒りの声を上げた時、アネーシャがノーティスの前にサッと身を入れてきた。
「いい加減にするのは貴方達よ!」
「なんですって?!」
怒鳴りつけてきたレイをアネーシャはキッ! と睨みつけ、燃えたぎる怒りと共に言い放つ。
「ノーティスを悪に引きずり込まないで!」
「なっ……! 悪はそっちでしょ!」
「全く……どの口がそんな事を言えるのよ! 悪魔のような貴方達が!」
激昂したアネーシャは、今度はロウの事をキッ! と睨んだ。
ロウとは以前ノーティスと戦った時に始めて会ったが、ロウの慧眼さと気高さには一目置いていた。
───けど……
「貴方達に、一瞬でも気を許した私がバカだったわ」
「アネーシャ……! キミは……」
「ライトを……みんなを殺した貴方達を、絶対に許さない!」
アネーシャはそう怒鳴りつけると、剣を両手でビシッと前に構えた。
その姿を前にロウ達は本気の戦闘モードに入り、額の魔力クリスタルがそれぞれの色に輝いてゆく。
けれど皆、躊躇していた。
自分達に剣を構えているのは、アネーシャだけじゃない。
ノーティスもだからだ。
「ノーティス、お前さん本気なのかい?」
「俺はいつだって本気だ。それに、確かに記憶は無いけど、アネーシャを……皆をこんなにさせたお前達を、許す事なんて出来るわけないだろ!」
「チッ……! 最悪だぜ」
ジークは、やるせない顔で苛立ちを吐いた。
これまで敵と相対した時に怒りが沸く事はたたあったが、こんな苦しく辛い対峙は初めてだから。
無論、それは他の皆も同じだった。
───ノーティスと戦うなんてしたくない。
また本来アネーシャの方も、普段であれば皆の気持ちも察する事が出来るし、そもそもロウが話しかけてきた時にもっと事情を聞いて対処したハズだ。
けれど、愛するライトを目の前で殺された怒りにより、アネーシャの瞳に皆の姿は悪鬼にしか映っていない。
「絶対に許さない……!」
「俺もだ!」
そんな怒りに瞳を焦がすアネーシャとノーティスを前に、皆は苦しそうな顔をロウヘ向けた。
ノーティスがこうなった以上、軍師であるロウの判断を一番に仰ぐのがベストだから。
「ロウ、どーすりゃいいんだよ」
「どーするの、ロウ」
「ねぇロウ、ボクはノーティスと戦いたくない。でも、このまま別れるなんてイヤだよ!」
「ニヤ~~~ロウよ、どうするのじゃ」
「僕は……」
ロウは皆から一心に熱い眼差しで見つめられる中、ノーティスの事をジッと見据える。
澄んだ慧眼な瞳を向けたまま。
そして、ロウの脳裏に蘇る。
あのギルド検定試験会場で出会った時から、今までの事が……
───ノーティス。キミは……
ロウの中に様々な憧憬が浮かんでくるが、その時ハッと気付いた。
───しまった! なぜ気付かなかった。そもそも、この謎の虐殺が無ければ……そう、この状況を作り出した奴の狙いはもしかして……
ロウがそこまで思考を巡らせた時、アンリはロウを無言で見つめたまま、素早くコクンと頷いた。
まるで、ロウと会話していたかのように。
そんなアンリをスッと見つめたロウは、片手に持った魔導の杖をサッと掲げエメラルドグリーンに輝かす。
「輝け、魔導の杖よ! 『クリスタル・クレイス』!!」
ロウ達の眼の前にエメラルドグリーンに輝く、クリスタルの大きな透明の防御壁がブワンッと張られた。
「なっ!」
アネーシャがそれに驚いて声を漏らした瞬間、アンリがグリーンの魔法陣を皆の下に一瞬で作り出した。
「みな、ここは一旦退くニャ!」
「アンリ! なんで?!」
「そーだよアンリ! このままじゃノーティスが!」
レイとメティアが叫ぶ中、ジークはロウをジッと見つめた。
ロウの表情は全く微動だにしない。
哀しくノーティスを見つめたままだ。
───チッ……そーゆー事かよ。クソったれ……!
ジークは心でそう吐き捨てると両腕を大きく広げ、レイとメティアをガバッ! と包み込むように抱きしめた。
「きゃっ、な、何よジーク!」
「ジ、ジーク?!」
驚いた顔で見上げる二人を抱きしめたまま、ジークは目を閉じ奥歯をギリッと噛み締める。
自分の心に湧き上がる辛さを、噛み潰すかのように。
「……これしかねぇんだよ」
「ジーク、貴方……」
「なんで? ボク分からないよ! イヤだ!」
メティアが叫んだ瞬間、アネーシャは怒りを沸騰させ剣を振りかぶり飛びかかった。
「逃さないわ!! ハァァァァァッ!!」
ガガンッ!!
ロウの鉄壁の魔法壁が大きく揺らぎ波打つ。
「くっ、マズい! これ程までとは……! アンリ!」
「任せるニャ! 『クローノス・シフト』!!」
その瞬間、グリーンの魔法陣から幾重もの光の柱が立ち上がった。
これはアンリの強力な移動魔法。
莫大な魔力を使う代わりに、敵の結界が張られていたとしても移動できる大技の一つだ。
それを当然知っているメティアは、ジークに抱きしめられたままノーティスに片手を伸ばし涙を迸らせた。
「イヤだ!! ノーティーーーーーーーース!!!」
メティアが泣き叫ぶ悲痛な叫びが、燃え盛る戦場と皆の心に響き渡る。
───許せメティア……!!
───今はこうするしか無いのじゃ……!!
ロウとアンリが心で叫びを上げる中、皆はアネーシャとノーティスの前から光に包まれ消えた。
そして、皆が消えた燃え盛る戦場で、アネーシャの怒りはそれらの炎を凌駕する勢いで燃えていた。
あまりにも残酷な別れ……