cys:131 マーヤの涙と崩壊の序曲
「ノーティス、そろそろ夕飯できるわよー」
そう呼ばれ、ノーティスは部屋で読んでた本をパタンと閉じて、部屋の入口に顔を振り向けた。
本に集中していたが、気付くと美味しい料理の薫りが漂ってくる。
「ありがとうアネーシャ。今行く」
そう答え部屋を出てから居間へ向かうと、テーブルには美味しそうな料理がズラリと並んでいた。
また、ノーティスがアネーシャと一緒に作った野菜も、綺麗に料理されている。
「あっ、これスープにしたのか」
「そうよ。すっごく美味しいんだから、覚悟なさい♪」
楽しげに微笑むアネーシャ。
戦ってる時は当然険しい顔をしているが、皆のために料理を作ってる時は優しさと元気に溢れている。
その姿が、幼い頃ノーティスを育ててくれたセイラの雰囲気に重なる物があるのに加え、セイラが一番最初に作ってくれたのも野菜スープだった。
もちろんノーティスは記憶を失っているが、ノーティスの魂が再びそれに呼応する。
「ん? アネーシャ……だよな」
「えっ? どうしたの」
「いや……なんでもない。ただなんか、懐かしい感じがして」
アネーシャはそんなノーティスをじっと見つめると、一瞬瞳を閉じて優しくため息をこぼした。
「まっ、とりあえず早く食べましょ」
「うん、そーだな」
「ただその前に、ライトとマーヤを呼んできて」
「あっ、確かに。もうこんな時間だしな」
「そーなの。まったくあの子達ったら、遊びに行くと時間忘れちゃうんだから」
アネーシャがそう零した瞬間だった。
ドンッ!! と、いう地鳴りのような音が外で鳴り響き、同時に多くの人達の悲鳴が聞こえてきたのだ。
「な、なんなの?!」
アネーシャは手に持っていた食器をガシャン! と放り捨てると、ドアを勢いよくバンッ! と、開けて外に飛び出した。
今聞こえてきた爆発音と悲鳴に、途轍もなく嫌な予感がしたから。
「アネーシャ!」
ノーティスも次いで家を飛び出したが、その眼前には信じられないような光景が広がっていた。
「うっ……!」
フサフサの草が広がっていた場所には炎が幾つも立ち昇り、穏やかな日差しや優しい月の光が広がっていた空は、炎から立ち昇る硝煙に覆われている。
また、清らかな川は赤く染まっていた。
虐殺された、罪も無い多くの人達の血で……!
「こ、これは一体……!」
ノーティスが戦慄し目を大きく見開く中、アネーシャは悲壮な顔をして叫ぶ。
「ライトーーーーーー!! マーーーーーーヤーーーーー!!」
だが返答はなく、アネーシャは必死の形相で走り始めた。
それを追うノーティス。
「待つんだアネーシャ! 闇雲に行ったら危険だ!」
「でもノーティス! 早くあの子達を探さなきゃ!」
アネーシャの美しい瞳に涙が浮かぶ。
ライトもマーヤも、アネーシャにとっては我が子同然。
落ち着いてはいられない。
そんなアネーシャの両肩をノーティスはガシッと掴み、必死に想いを伝える。
「アネーシャ、まずは落ち着くんだ。必ず無事に見つかるから!」
「ノーティス……!」
「一緒に探そう」
ノーティスがそう告げた時、アネーシャは悲壮な顔で目を見開いた。
マーヤがボロボロの姿で駆け寄ってきたのだ。
「アネーシャ! ノーティス!」
「マーヤ!」
アネーシャはマーヤに駆け寄りしゃがむと、ガシッと力強く抱きしめた。
「よかった……貴女が無事で!」
抱きしめながら心から安堵の声を零すアネーシャ。
その胸の中で、マーヤは小さな体をブルブル震わせ泣き始めた。
「ううっ……うわーーーん! アネーシャお姉ちゃんごめんなさい!!」
「どうしたのマーヤ!」
「ライトが……ライトが……」
マーヤの泣き顔に最悪の予感が走り、アネーシャはゾクッとした物を感じた。
そんなアネーシャの予感を裏付けるかのように、マーヤは謝り続けている。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ううっ」
「何があったの、マーヤ!」
両肩をガシッと掴んだ状態で問いかけると、マーヤはその汚れなき瞳に大粒の涙を浮かべ、アネーシャを見上げた。
「ううっ……あのね、急におうきゅうまどうしっていう、黒くて大っきなよろいを着た人が、おそってきたの……!」
「何ですって?!」
「その黒いよろいの人たち何人もいて、ライト、私がおそわれそうになったのを助けてくれて……でも……でも……」
マーヤが泣きながらそこまで話した時、アネーシャは肩から手を離してスッと立ち上がった。
「ノーティス……マーヤをお願い」
かつて無い程怒りを宿しているアネーシャの横顔が、赤く燃え盛る炎に照らされている。
「アネーシャ、キミはまさか……」
ノーティスが不安げに見つめる中、アネーシャは静かに口を開く。
燃え盛る炎が霞んでしまうぐらい、怒りが立ち昇る背を向けたまま。
「許さない……!!!」
「アネーシャ!」
ノーティスが叫ぶと同時に、アネーシャはマーヤが走ってきた方向へ、ダッ! と凄まじい勢いで駆け出した。
その途中、脳裏に浮かんでくる最悪の光景を、頭の中で何度も何度も振り切りながら……!
アネーシャは、ライトの事を無事に抱きしめる事が出来るのか……