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cys:128 重なる姿と愛の記憶

「ノーティス、貴方なかなか筋がいいじゃない」

「そうか、ありがとう」


 先日遊んだのとはうって変わり、今日は農作業。

 アネーシャから手伝うように言われたので、ノーティスは(くわ)を持って一生懸命畑を耕していた。

 額に汗を流し、とても生き生きとした表情だ。 


 暑い日差しの下に、ザクッ……ザクッ……という土を掘る音が静かに響く。


 そんなノーティスを、優しく微笑みながら見つめるアネーシャ。


「うん、本当に上手ね。貴方もしかして昔……あっ、ごめんね」

「いやいいよ。それにもしかしてキミが言う通り、もしかして俺は、昔こういう事をしてたのかもしれないしさ」


 実際ノーティスは、元々アルカナートの修行時代に畑も手伝っていた事がある。

 体力作りと、アルカナートの趣味の手伝いとしてやっていたのだ。


『師匠、この広さを俺一人で、しかも半日でですか? メチャクチャ広いんですけど……』

『知るか。お前以外に誰がいんだよ』

『だって、師匠の趣味なら師匠がやれば……』

『あっ? さっさとやれ。早くしねぇと、寝る時間無くなるぞ』

『ちぇっ、分かりましたよ。って、師匠どこへ?』

『野暮用だ。帰るまでに終わらせとけよ』

『はい、師匠。あっ、もしよければ……』

『フンッ、いちいち言わなくても分かってる。買ってきてやるから、さっさと終わらせろ』

『ありがとうございます!』


 修業時代の淡い記憶。

 無論それを思い出してはいないが、身体はそれを覚えている。


 なので、ノーティスは生き生きと農作業をこなし、夜になるとみんなと一緒に食事を取って寝る。

 これまでと違い、穏やかで人間らしい生活がしばらく続いていた。


◆◆◆


 そんなある日、畑を耕すノーティスを見てアネーシャは思い出していた。

 今は亡き最愛の人との日々を。


『アネーシャ、ここで採れた野菜、早くみんなで食べたいな。土も凄く滋養があるし、きっと美味いと思う』

『そうね。この畑ならきっと美味しい野菜が出来るわ』

『あぁ……それに本当は戦いなんかせず、キミと一緒にこうして自然と暮らしていきたい』


 脳裏に浮かんだその光景に、アネーシャの瞳に涙が(にじ)む。


───うぅっ……くっ、泣いちゃダメ。子供たちが心配するわ。でも……


 アネーシャが心で涙を(こら)えると心が現実に戻り、ノーティスが一生懸命畑を耕している姿が再び瞳に映った。

 そして、それと同時にノーティスが言ってくる。


「アネーシャ……俺は自分が何者かまだ思い出せないけど、キミやライトやマーヤ、エレミア達とこうして自然と暮らしていくとなんかホッとするよ」

「えっ?」

「ここで採れる野菜、早くみんなで食べたいなと思って。土も滋養があるし、きっと美味しいと思う」


 その姿と言葉がアネーシャの愛する人と重なり、アネーシャは思わずノーティスをキッと睨んでしまった。

 

「なんで……なんで貴方がそんな事を……!」


 アネーシャから怒りのこもった眼差しを向けられ、思わずドキッとしたノーティス。

 こんな貌、今まで向けられた事がなかったから。

 もちろん、以前戦った時に恨みの籠った眼差しを向けられた事があるが、今はその記憶も無い。


「ア、アネーシャ? ど、どうしたんだ急に……」


 戸惑うノーティスにハッとしたアネーシャは、その綺麗な瞳に涙を浮かべ、自分を責める。


───分かってる、分かってるわよ。この人は覚えてないんだし、伝えた事も無いんだから。それに……


 アネーシャはもう充分に感じ取っていたのだ。

 ノーティスが決して悪い人ではなく、むしろ、誰よりも心が綺麗で真っすぐな人だという事が。

 

 そう……かつてノーティスと戦い命を散らした、アネーシャが愛する、あのシドのように!


 だからこそアネーシャの心は苦しかった。

 ノーティスは自分の最愛のシドを奪った憎き仇であり、決して許せない相手だ。

 シドが殺された後、身を引き裂かれるような悲しみを胸に、復讐を遂げる為極限にまで、いや、極限を超えて修行した日々を忘れる事は決してない。


───でも、ノーティス……貴方は優し過ぎる。もし貴方がスマート・ミレニアムなんかじゃなく、最初からここでみんなと一緒に暮らせていたなら……


 アネーシャの脳裏に、自分とシドとノーティスが仲良く過ごす幸せな幻影が浮かぶ。


 けれど、アネーシャはそれを振り払った。

 決して訪れる事のない未来だからだ。

 そして、ノーティスを哀しく凛とした瞳で見つめる。


「ごめんなさいノーティス……なんでもないわ」

「いや、でもアネーシャ」

「いいの! 気にしないで。なんでもないから……」


 アネーシャがそう言ってスッと背を向けると、ノーティスは(くわ)を畑に置いてアネーシャにそっと近寄り声をかける。

 ノーティスに背を向けたまま、瞳から涙を流すアネーシャに。


「アネーシャ、これを……」

「えっ」


 アネーシャがスッと振り向くと、そこにはノーティスがハンカチを差し出してる姿が。


「うっ……くっ。い、いいわよ、別に」

「いいからアネーシャ。このハンカチ、なぜか分からないけど気持ちが落ち着くんだ」


 ノーティスがアネーシャに差し出したハンカチは、メティアからもらったあのハンカチだ。

 もちろん、ノーティスはそれを覚えてはいないが魂はそれを覚えている。

 メティアから、あの時に教えてもらった温もりを。


 だだ、当然だがアネーシャはそれを知らないので、軽く疑った顔を浮かべた。


「気持ちが落ち着くって、なによそれ」

「いや、分からないけど不思議なんだ。俺は勝手に魔法のハンカチって呼んでる」

「魔法のハンカチって。貴方、ずいぶんロマンチストなのね」

「いや、別にそんなんじゃないけど、なんかさ……」


 恥ずかしそうに、ちょっと顔を火照らし視線を逸らしたノーティス。

 アネーシャは、そんなノーティスを愛おしく感じてしまった。

 ノーティスの今の仕草が、シドのそれに重なったから。


 それは同時に哀しみを感じる事でもあったが、アネーシャは思った。

 いや、感じたのだ。

 まるでシドが、ノーティスを通じて会いに来てくれたみたいだと。


───シド……


 なのでアネーシャはノーティスが差し出しているハンカチを、そっと手で受け取った。

 そして涙を拭くと、確かに何か不思議な温かさを感じた気がしてノーティスに微笑む。


「フフッ、ありがとうノーティス。確かに魔法のハンカチかもね」

「だろ? そーなんだよ」


 ノーティスは得意げにそう言うと、アネーシャを澄んだ瞳で見つめた。


「アネーシャ。俺の記憶はいつ戻るか分からない。けど、もし戻ったとしても、俺はここで、キミと暮らしていきたい」

「ノーティス……貴方」


 アネーシャには伝わってきた。

 ノーティスが本気でそう言ってる事が。

 それ自体は凄く嬉しくも思う。


───けど……


 胸が苦しいアネーシャ。

 ノーティスが優しければ優しいほど辛くなる。


───私は、どうしたらいいのよ……!


 そんな想いを噛み締めながら、アネーシャはゆっくり口を開く。


「分かったわノーティス。でも、人生は何があるか分からない。だからもし、貴方の記憶の中にここよりも大切なモノがあったら、その時は私は止めないから」

「アネーシャ、そんな事は……」

「無いって言いきれないでしょ。思い出してないんだから。違う?」

「まぁ……それはそうだけどさ……」


 口ごもってしまったノーティスを、アネーシャは一瞬哀しい瞳で見つめた。

 ノーティスの記憶が戻ってしまったら、もうこんな生活は二度と出来ないから。

 何よりそれは、再び敵として戦わなければならない事を意味する。

 しかも今度こそ、どちらかの命を完全に失う事になる戦いを。


───もしそうなったら私は……


 アネーシャは一瞬瞳を閉じると、ノーティスに向かい静かに微笑んだ。


「ノーティス。もう今日はここまでにしときましょ」

「えっ?」

「いつも一生懸命やってるんだから、今日ぐらいは早めに上がってゆっくりしてよ」

「いいのか?」

「うん。私も今日は用事あるの思い出しちゃったし」

「そうか……分かった」


 ノーティスがそう答えるとアネーシャは畑からスッと立ち去り、夕日を浴びながらどこかへ消えた。

 そんなアネーシャの後ろ姿を見て、ノーティスは想いを巡らせる。


───アネーシャ……あの涙はもしかして、俺は昔、キミの大切な何かを傷つけてしまったのか……


 けれど、記憶を失っているノーティスに答えは出ない。

 ただアネーシャが危惧した通り、二人の幸せで穏やかな時間は、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。

 静かに沈んでいく夕日のように……

 アネーシャの切なる想いは、何処へ行き着くのか……

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