cys:126 壊れた記憶と魔力クリスタル
この前予告した通り、今日から再開します。
待ってて下さった読者の方々、ありがとうございます!
チチチッ……パタパタパタッ……!
小鳥のさえずりと羽ばたく音に乗り、穏やかな陽光が窓から差し込む。
「ん……」
それと共にノーティスがゆっくり目を覚ますと、そこは見知らぬベットの上だった。
「えっ?!」
ガバッと体を起こしそのまま周りをジッと見渡すと、目覚めたばかりの瞳に簡素な部屋の光景が映る。
「こ、ここは……」
見た所、あまり物は無い。
木製の小さなテーブルと椅子、それと少し大きな立て鏡。
その隣に、分厚い本が何冊も並んでいる本棚があるぐらいだ。
───簡素な部屋だけど、ちゃんと手入れがされてるな……
ノーティスがそう思ったのは、ホコリや汚れが全く見当たらなかったからだ。
また、風でヒラヒラと揺れているカーテンが掛かった窓際には、小さな観葉植物が置かれている。
───あれは何だろう? 見たことのない植物だな。ん……あれっ……
ノーティスが違和感を感じた時、部屋のドアがガチャっと開き、そこから綺麗な髪の女が入ってきた。
アネーシャだ。
彼女は目を覚ましたノーティスを見ると、少し驚いた顔を浮かべた。
「あら、目を覚ましたのね。よかった……」
「えっと、キミは……」
誰だろう? と、言いたげな顔で見上げてきたノーティス。
それを見つめたまま、アネーシャは軽く微笑んだ。
「フフッ、鎧脱いでると分からないの? アネーシャよ。メデュム・アネーシャ」
「メデュム……アネーシャ?」
ノーティスは静かにそう零し、不思議そうな顔で見つめている。
ふざけている訳ではなく、ノーティスには目の前にいるアネーシャが、一体誰なのか分からなかったのだ。
「キミは一体……」
その異変を即座に察したアネーシャは、驚きに目を丸くして血相を変えた。
嫌な予感に背筋がゾクッとする。
「えっ、ちょっと貴方。まさか……」
アネーシャはノーティスの両肩をガシッと掴んだ。
「ノーティス、まさか何も覚えてないの?!」
「ご、ごめん! キミが誰だか分からない……それに、ここはどこなんだ?」
「ウソでしょ……」
「俺はなぜここに……くっ……何も、思い出せない!」
苦しく顔をしかめ片手で額を抑えうつむいたノーティスを、アネーシャは半ば呆然とした表情で見つめている。
───まさか、崖から落ちた時のショックで記憶が……! だとしたら、何から伝えればいいの……
流石のアネーシャも困惑してしまった。
けれど、まずは自分の気持ちを落ち着かせ、同時に、ノーティスの不安を解消する事を考えてゆく。
アネーシャにとってノーティスは敵だが、同時に、クリザリッドから守ってくれた恩人でもあるからだ。
「ノーティス、貴方の名前は覚えてる?」
「あぁ……俺はエデン・ノーティス。俺は……くっ、ダメだ。名前以外、何も思い出せない……!」
苦しそうに顔をしかめ、ギュッと瞳を閉じたノーティス。
それを、アネーシャは哀しそうに見つめている。
───まさか、こんな事になってしまうなんて……私のせいだわ……
記憶を失なわせてしまった事に、強い責任を感じているアネーシャ。
その瞳が哀しく揺らめく。
「ノーティス、まずはゆっくりしてね。じきに思い出すと思うから」
アネーシャはそう告げてスッと背を向けた。
漆黒の艶のある長い髪がフワッと揺れ、梅のような薫りが漂う。
そんなアネーシャの背中を、ノーティスは不安げな顔で見つめた。
「ア、アネーシャだっけ。俺は、どうすれば……」
そう問いかけられたアネーシャはスッと振り返り、軽く微笑んだ。
「言ったでしょ。まずはゆっくりしてって」
「けど……」
「気にしないで。とりあえずもうすぐ昼食だから、準備出来たら来なさい。いいわね」
アネーシャに見つめられたノーティスは、スッと軽く瞳を伏せた。
今のノーティスにとってアネーシャは知らない人なので、なんだか、申し訳なく思ってしまうから。
「あぁ……分かった。ありがとう」
「フフッ、いいのよ。じゃ後でね」
アネーシャが軽く微笑み部屋から出て行くと、ノーティスは必死に記憶を思い出そうとした。
が、やはり名前以外何も思い出せない。
───俺は何者なんだ……そしてあの子は一体……
ノーティスは自身の心にそう問いかけベットから立ち上がると、ふと気になった。
鏡に映った自分の姿が。
「なんだこれ……割れたクリスタル? なぜ額にこんな物が……」
魔力クリスタルの事さえ思い出せないノーティスは、胸中不安で仕方がない。
けど、不思議と腹は減っている。
記憶は失くしても、大食いな所は変わらないから。
「ハァッ……分からない事ばかりだけど、まずはご飯食わせてもらうか……」
そうボヤき部屋の外へ出ると、木製の床の先の方に優しい明かりに照らされた居間が見えた。
そこから漂ってくる美味しそうな薫りと共に、子供達の明るい声が聞こえてくる。
───いい薫りだ。それにあの子、あの若さで母親だったのか? 凄いな……
そんな事を思いながら居間へ行くと、二人の子供達が、楽しそうに話をしながら食事をしていた。
テーブルには、美味しそうな料理がたくさん並べられている。
───う〜ん、勝手に、入ってもいいのかな……?
一瞬そう思ったが、さっきアネーシャから部屋に来てと言われていたので素直に入る事に。
「お邪魔します……」
そう言ってそっと入っていくと、子供達はノーティスを見て一瞬ビックリした顔を浮かべた。
「わっ」「だれ?」
そんな二人にアネーシャはニコッと微笑んだ。
「二人共、この人がさっき言ったノーティスっていうお兄ちゃんよ。ちょっと色々あって忘れちゃってる事も多いけど、仲良くしてあげてね」
「わかったー♪ アネーシャ姉ちゃんがそう言うなら仲良くする!」
「私もーー♪」
「あっ、もしかしてアネーシャ姉ちゃんの新しい恋人?」
元気な男の子がニコニコしながらそう言うと、隣の女の子がしかめた顔で口を尖らせた。
「ライト! そんなわけないじゃん!」
「な、なんだよマーヤ、そんな怒らなくてもいいじゃんか」
「怒るわよ。ライトはね、でりかしーってのがないの」
「な、なんだよ……でりかしーって」
「だって、アネーシャお姉ちゃんの好きな人は……」
「あっ……!」
ライトはマーヤがなぜ怒ったか分かり、すまなそうにうつむきアネーシャを見つめた。
アネーシャの恋人が戦場で亡くなったのを聞いていたのに、つい忘れて言ってしまったから。
「アネーシャ姉ちゃん、ごめんなさい……」
そんなライトに、アネーシャは切なく微笑んだ。
「いいのよライト……気にしないで。けど、マーヤにはちゃんと謝らなきゃね」
するとライトは、マーヤの方へすまなそうな顔を向けた。
「ごめん、マーヤ」
「わたしは、別にいいよ……ライトが、でりかしーを覚えてくれたら」
「ありがとうマーヤ。でもさ、でりかしーってなにーー?」
少しキョトンとした顔を浮かべたライト。
その隣で、マーヤはちょっと考えてから可愛く口を尖らせた。
「う〜〜んとね……変なこと言わないこと!」
「そっか、わかった!」
そんな二人を微笑みながら見つめているアネーシャの姿が、ノーティスにはまるで聖女のように映った。
その姿が心の中で重なる。
幼い頃に両親から捨てられたノーティスを、優しく愛を持って育ててくれた、あのセイラと。
「アネーシャ、キミはまるで……」
けれど、思い出すには至らず言葉を止めた。
そんなノーティスをチラッと見たアネーシャ。
「ん、どーしたのノーティス?」
「あっ、いや……なんか今、大切な人の記憶が蘇りそうな気がしたんだけど……」
少し切なく零したノーティス。
記憶が戻りそうだったのにダメだった事に、もどかしさを感じてしまう。
アネーシャはそんなノーティスを見つめると、フッと軽く溜息をついた。
「そう……まっ、でも焦らなくていいんじゃない。まずは一緒にお昼ご飯食べましょ」
「あぁ……そうさせてもらうよ。ありがとう、アネーシャ」
ノーティスはそう言って一瞬軽く目を閉じると、みんなと一緒に食事を始めた。
ノーティスの記憶は戻るのか……そして、この子達は……
物語の都合上ここから数話穏やかですが、そこから怒涛の展開が始まっていきます。
数々の苦難が待ち構えていますが、それを越え最高の結末に向かって進んでいきますので、ラストまで応援よろしくお願いします!