cys:100 魔力クリスタルの闇
「ノーティス! やったね」
「まだだメティア!」
「えっ?」
自分に駆け寄ろうとしたメティアを、ノーティスはアネーシャを見据えたまま制した。
「ハァッ……ハァッ……メティア、まだだ。まだ終わっていない……」
ノーティスは剣を杖のように使いググッと立ち上がると、アネーシャを哀しい瞳で見つめる。
「アネーシャ……なぜだ。キミは強い。途轍もなく……けど、なぜキミの剣からはそんなに悲しい想いが伝わってくるんだ」
「……黙れ」
「俺はこれ以上キミと……」
「黙れ!」
アネーシャはそう叫びノーティスに飛びかかった。
ガキインッ!
振り降ろしてきた剣を受け止めたノーティスは、アネーシャと鍔迫り合いをしたまま見つめる。
悲しみに満ちたアネーシャの瞳を。
「アネーシャ……なぜキミは戦う! それだけ澄んだ心と悲しみを背負いながら」
けれどアネーシャは答えない。
怒りと悲しみに燃える瞳で、剣を強くノーティスに向かい押し続けるのみ。
「くっ……アネーシャ」
ノーティスにはどうしても分からなかった。
なぜアネーシャから、こんな澄み切った想いが伝わってくるのかが。
トゥーラ・レヴォルト軍は蛮族のハズだからだ。
悪魔の呪いからの感染を防ぐガーディアン・クリスタル。
トゥーラ・レヴォルトは、それを埋め込む事を拒否して呪いにかけられ、スマート・ミレニアムを攻撃してくる悪しき者達が住む国。
進化を自ら拒み、スマート・ミレニアムを攻撃してくる愚かな人間達のハズなのだ。
───けれどなぜ、ここまで美しく澄みきった悲しみが伝わってくるんだ……正義はこちらで、相手が悪である事は間違いないハズなのに……
アネーシャにだけにではない。
それは、ノーティスが忘れる事の出来ないシドに対しても感じていた事だ。
───シド……アネーシャ……キミ達はなぜ……
ノーティスが切ない気持ちに想いを巡らせた時、バチンッ!と、大きく剣が弾かれた。
互いに一旦間合を取ったノーティスとアネーシャは、再び強く何度も剣をぶつけ合う。
ガキインッ! ガキインッ! ガキインッ!
その度に伝わってくるアネーシャの想い。
「くっ……答えろアネーシャ! 俺はこれ以上、キミと戦いたくないんだ!」
しかし、ノーティスの決死の問いかけにアネーシャは答えず、ノーティスに鋭い斬撃を打ち続ける。
再び鍔迫り合いを始めたノーティスとアネーシャ。
普段の会話で、人はいくらでも嘘がつける。
けれど、人は感情が高ぶったり自分が危機に陥った時は、嘘ではなく本心・本性が現れる。
ならば、互いの命をかけた戦いの時は?
そう。皮肉にもその時こそが、人はお互いに一番深いコミュニケーションを取っているのだ。
「なぜキミは俺達を……罪も無いスマート・ミレニアムの民を攻撃してくる?! そこまで澄みきった心を持ちながら!」
ガキンッ!!
再び大きく剣を弾き合うと、ノーティスはアネーシャに向かい、剣を両手で斜めに構え必殺剣の構えを取った。
「アネーシャ……キミの想いがいくら澄みきっていても、魔力クリスタルの救いを拒み、俺達スマート・ミレニアムを攻撃してくる邪悪なる国家トゥーラ・レヴォルト。それを率いるキミは、絶対的悪に他ならない!」
そして、鋭い眼光をアネーシャに向ける。
「だから俺はキミを……斬る!!」
その瞬間、アネーシャは体を震わせ始めた。
「絶対悪? 私達が? ウフフ……ハハハハ……アーッハッハッハッハッ!」
「何がおかしい!」
すると、アネーシャは高笑いから一変し、キッとノーティスを睨みつける。
「ふざけないで!!」
「なっ……」
ノーティスは一瞬たじろいだ。
アネーシャの気迫にだけではない。
アネーシャの激昂の中に深く澄んだ悲しみを、更に強く感じ取ってしまったからだ。
アネーシャは、そんなノーティスに片手で剣先をビッと向け、凛とした瞳に怒りと悲しみを宿す。
「私達が悪? 何も知らないくせに!! アナタ達は私達のユグドラシルを……いや、どうせ言っても信じもしないし、分からないわ。クリスタルの輝きという偽りの光に目を眩まされ、何も見えない……いえ、何も見ようともしないアナタ達には!!」
ノーティスはこの言葉を聞いた時、全身にゾクッとした悪寒と恐怖を感じた。
そして、胸の鼓動が急激に早くなり胸が苦しくなる。
先程まで強く打ち合ってた時よりも遥かに。
「ユ、ユグドラシルが、キミ達の物……そんなバカな!」
「そうよ……あの神聖樹は……」
「バカな! アレは俺達の物だ!」
「哀れね……偽りの光と歴史に照らされた勇者ノーティス……」
アネーシャの哀しみに満ちた瞳に照らされた時、ノーティスの直感が告げていた。
アネーシャが言う偽りの光とは、クリスタルによる誤作動やフェクター。
クリスタルの色や光の強弱から生まれる差別。
そういった事を指してる訳ではなく、更にもっと深く、そしてドス黒い何かを指しているという事を!
ノーティスは、それを振り払うかのようにギュッと剣の柄を握りしめ、辛うじて絞り出した言葉をアネーシャにぶつける。
「アネーシャ……キミは……何を言っている……」
「……フッ」
アネーシャは一瞬ため息を漏らすと、言葉ではなく再び鋭い斬撃で答えてきた。
まるでこれ以上は、話してもムダだというように。
ガキインッ!
だが、ノーティスはアネーシャの剣を何とか弾き飛ばし、真摯な眼差しをぶつける。
「答えろアネーシャ! 偽りの光とは……ユグドラシルがキミ達の物だとは、どういう事なんだ!!」
するとアネーシャは再び凛とした表情で、右手で剣先をスッとノーティスに向けた。
「勇者であるアナタには、決して信じる事は出来ないわ。けど……ヒントだけはあげる」
「ヒント……?」
胸をバクバクさせ顔をしかめるノーティスに、アネーシャは凛とした瞳を向けさらに続ける。
「ノーティス。アナタは今から100年前……本当にこの世界に悪魔、カターディアが現れたと思っているの?」
「なんだと……」
「本当にカターディアからの呪いの感染防止の為に、魔力クリスタルが必要になったと思ってるの?」
その瞬間、ノーティスの心臓の鼓動はさらに加速した。
胸が苦しくて倒れそうになる程に。
ノーティスの直感が、この先にある答えを出す事に最大限の警告を出していたからだ。
けれど、ノーティスはその苦しみの中で声を絞り出す。
「どういう……事だ。そのに皆自分の額にクリスタルを埋め込んで……」
───ハッ!!
ノーティスはそこまで言った時、固まったまま体を震わせる。
その先を答える事が出来ない、いや、したくなかったのだ。
それをしてしまえば、これまでの全てが間違っていた事になってしまうからだ。
そんなノーティスに、アネーシャは哀しく微笑む。
「だから言ったでしょう。ましてや、勇者であるアナタには信じる事が出来ないって……」
ノーティスはアネーシャの言葉を否定したかったが、その為の言葉が出てこなかった。
アネーシャの話が真実である事を、直感よりも遥かに深い魂の部分で分かってしまっていたからだ。
「だとしたら……だとしたら俺は……俺達は……!」
アネーシャから告げられた真実に、心を抉られたノーティスは剣の構を解き、ゆっくり手を下に下ろした。
そして、絶望の瞳でアネーシャを見つめる。
「あっ……あ……そんな事が……」
「ノーティス、しっかりして! 惑わされちゃダメだよ!」
メティアはノーティスに大声で叫んだが、ノーティスの耳には入らない。
今分かってしまった事が脳内を駆け回り、絶望が全身に広がってしまっているからだ。
「全て……全て、俺達は……」
「ノーティス!」
アネーシャが放った必殺剣の神桜裂華よりも遥かに強く深いダメージを心に受け、震えながら立ち尽くすノーティス。
全身から力が抜けて、剣を地面に落とし両膝をドサッと地面についた。
そんな状態のノーティスにアネーシャはゆっくり近付いていき、澄んだ悲しみの瞳でノーティスを見下ろした。
「ノーティス、今楽にしてあげるわ……」
アネーシャがノーティスに向かい大きく剣を振りかぶると、その剣先がまるでノーティスに対するレクイエムのように、キラリと妖しく輝いた。
ノーティスの命は、アネーシャによって今絶たれようとしていた。
彼女と悲しい運命の交錯をしたままで……
剣よりも真実が心を斬り裂く……
次話はノーティスの勇者としての魂が輝きます。
どんなに絶望しても、決して光は消えはしない!
ブックマーク、評価いただけると励みになります!