cys:10 簡単過ぎる試験
「先程は大変失礼致しました。こちらでございます」
奥の特別室の扉の前まで案内し深くお辞儀をしてきた試験官に、ノーティスも深くお辞儀をして返す。
「いえ、ありがとうございます。助かりました」
そう告げ特別室の扉を開けようとしたが、スッと手を離し試験官の方へ振り返った。
「試験官さん」
「は、はい!」
「いや、そんなに固くならなくていいんですよ。ただ、さっきの彼らの事は許してあげて下さい」
「えっ?」
全く予想だにしなかった言葉を言われた試験官の男は、思わずドキリとしてノーティスを見つめた。
ようやく引いた冷や汗が、また吹き出してしまいそうになる。
「い、いやしかし、そのようなワケには……」
困惑の表情を浮かべたじろぐ試験官に、ノーティスは優しく微笑んだ。
「いいんですよ。彼らは知らないだけなんです。差別される辛さも、心を踏みにじられる痛みも。そして、大切な人から捨てられる悲しみも……」
試験官は、言葉を失ったままノーティスを見つめている。
「そういったモノは、誰かから叱られた位じゃ決して分からないし、何より俺は、そういう人を一人でも減らしたいんです」
「……!」
「だから彼らを叱らずに、どうか温かい目で見てあげて下さい。誰もが、色んな想いを乗り越えながら、大切な事を学んでいくと思うから……」
ノーティスはそこまで話すと、固まったままの試験官に宜しくお願いしますと言って頭を下げた。
そして再びドアに手をかけたのだが、その瞬間、固まっていた試験官がハッと気を取り戻した。
「あ、あのっ!」
ん? と、した顔で振り向いたノーティスに、試験官は声を絞り出す。
「お、お名前を……アナタ様のお名前を、もう一度お聞かせ下さい!」
そう言われたノーティスは、そのままフッと爽やかに笑みを返した。
「ノーティス。エデン・ノーティスです」
「エデン・ノーティス樣……」
「いーですよ、樣なんて付けなくて。俺はまだ冒険者ですらないんですから」
そう言ってニコッと微笑んだノーティスを、試験官は敬意と緊張を交叉させたまま、強い眼差しで見つめている。
「いえ、ノーティス樣。アナタはこんな試験など受ける必要はありません! むしろ、今すぐに人を導くべきです!」
「いやいや、大袈裟ですよ。俺なんて、まだ全然だから」
「そんな事はありません!」
思わず叫んだ試験官から、それが本気だという想いが伝わってくる。
厳しい雰囲気の男だが、きっと根はいい人なのだろう。
ノーティスは、そんな試験官の想いを受け止め一瞬軽く目を閉じると、試験官を澄んだ瞳で見つめた。
サラサラの前髪が軽く揺れる。
「ありがとうございます。こんな俺を、そんな風に思ってくれて嬉しいです。でも俺、本当にまだここからだし、俺は皆と同じようにちゃんと試験を受けます」
ハッキリとそう答えたノーティスに、試験官は凛とした瞳を心からの敬意と共に向けた。
「分かりました。その代わりと言っては何ですが、ノーティス様、必ず合格して下さい。無論、筆記試験だけではなく全ての試験に。そして、必ず冒険者になってください! アナタを待っている人達の為にも!」
その瞳から強いエールを受けたノーティスは、試験官に力強く微笑んだ。
想いに応えたいと、強く思ったから。
「分かりました。必ず合格します」
そして、ノーティスはドアの方へ振り返ると、特別室のドアをゆっくりと開け中に入っていった。
試験官の熱い眼差しを背に受けながら。
◆◆◆
ドアを開けたノーティスは、まだ部屋には入っていなかった。
開けたらすぐに部屋かと思いきや、そこからは少し長く続く廊下があったからだ。
綺麗に磨かれた大理石で出来た廊下の上には、立派な赤い絨毯が敷いてある。
まるで王宮のような造り。
正直、さっきまでいた会場までとはエライ違いだ。
───まあ、安全を確保する為だろうけど、ホント、こういう区別するの好きだよな。
そう思いながら少し歩いてゆくと、今度こそ部屋の入口らしき白く大きな扉の前に着いたので、ノーティスはフウッと一呼吸いてドアをノックした。
「エデン・ノーティス、入ります!」
大きな声でそう告げドアを開けたノーティス。
すると、そこには綺麗に磨かれた大理石で出来た大きな机が幾つかあり、小奇麗な服装に身を包んだ受験生達が、立派な椅子に座って待機していた。
───みんな、綺麗な格好してるな……
そこにいるのは、基本ノーティスと同じプラチナゴールドエリアの人間ばかりだったが、他エリアの人間でも特別料を払ってここに来ている受験生もいる。
───ん? アレは……
そしてその中に、あのディラードもいたのだ。
ディラードはノーティスが部屋に入ってきたのを見ると、なぜコイツが! と、顔をしかめ一瞬席からバッと立ち上がろうとしたが、寸での所でやめた。
部屋の奥から、この特別室の試験官が入ってきたからだ。
「チッ……!」
ディラードは舌打ちをしてノーティスの事を座ったままギリッと睨みつけたが、ノーティスは全く意に介さない。
哀れむ瞳で一瞥しただけだ。
ディラードは勝手に敵意の炎を燃やしているが、ノーティスの中でディラードの事は、あの時既に終わっているから。
───ディラード……
そんな中、試験官の男は立派な教壇の上に両手をタンッとつくと、皆の事を澄んだ慧眼な瞳で見渡した。
「ようこそ、冒険者の卵達! 私は今回特別講師として務めさせてもらう事になった、王宮魔道軍師の『アルカディア・ロウ』だ。宜しく」
ロウが挨拶をすると、その場の皆は姿勢をピシッと正した。
中でも、ディラードは興奮に打ち震えている。
───スゲェ、マジかよ! この人、若くしてスマート・ミレニアムの正規軍に就いて、途轍もない速さでSランクまで上り詰めた、天才魔道軍師のロウ樣じゃないか!
そして、またここで卑らしい計算を始める。
───ここであの人に認めて貰えれば、合格どころか一気に正規軍に入れる可能性もあるぞ! 来た……俺の時代がキターーー!!
心の中で咆哮を上げるディラード。
だがそれとは逆に、ノーティスはゆったりと構えながら思い出していた。
───あれ? 王宮の魔道軍師ロウって人は確か、師匠から昔聞いたあの人だよな……失礼の無いようにしないといけないけど、後でちょっと話してみよっと♪
ノーティスがそう思う中、ロウはノーティス達の顔を精悍な瞳でサッと見渡した。
「今日はいつもの担当が休みになってしまったので、急遽私が担当する事になった。けれど、特に問題の内容は変わったりしてないので安心してくれ」
ロウはそこまで言うと、皆を見つめたまま軽く微笑んだ。
「ただ、せっかくだから試験とは別に私から特別な問題を出そう。素敵な解答を出せた人には私から特別講義を行わせてもらうから、まずは試験から始めてくれ。じゃあ、開始!」
ロウがそう告げた瞬間、皆一斉に問題用紙をバッと開いた。
そこには、さすが冒険者の資格試験なだけあり、難解な問題がズラッと並ぶ。
なので、皆顔をしかめながら取り組んでいった。
ただ、その中でノーティスだけは一人唖然としている。
───えっ、なんだこれ? 俺に出されたの間違ってるのかな。簡単過ぎる問題しか載ってないぞ……
実際、問題は間違っていなかったのだが、ノーティスがそう感じたのも無理はない。
アルカナートから座学で学んだ内容が、言ってみれば東大受験のレベルだったにも関わらず、目の前に並んでいる問題は、それに比べたら中学1年のテスト問題位のレベルだったから。
───本当にこれでいいのかな……?
ノーティスは皆が顔をしかめて問題を解いてる中、別の意味で首をかしげながら、サラサラと問題を解いていく。
そして、十分程で問題を全て解き終わりペンを置いた。
するとそれを見たロウが、ん? と、した顔をしてノーティスを見つめてきた。
「どうしたキミ? もうペンを置いて。体調でも優れないのか?」
「いや、もう終わったので……」
「えっ?!」
驚いたロウは、失礼、と、軽く告げノーティスの解答用紙をサッと手に取り答えを確かめてゆく。
そして全問確かめたロウは、目を大きく見開いて嬉しそうに笑った。
「凄いな……満点だ! キミ、名前は?」
「エデン・ノーティスです」
「エデン・ノーティスか。将来が楽しみだな! 覚えておくよ。素晴らしい!」
それを聞いた周りの受験生達は、一瞬ギョッとした顔を浮かべ、ノーティスを見つめた。
皆まだほとんど解答出来ていないので当然だ。
なので、焦りながらも再び必死で問題に向き合う。
しかし、その中で一人ガタッと椅子から立ち上がり、顔を醜くギリッと歪めてノーティスを非難する男がいた。
「インチキだ! そんな事、出来るハズがない!!」
浅ましい怒りに震えるディラードだが……
次話は天才王宮魔導軍師ロウの論破が炸裂します♪




