特別
「ふぅ……」
僕の周りには、死屍累々の狼達。
最後まで上手く斬れなかった……無念。
やっぱりお菓子を切るのと生き物を斬るのは違うなぁ。
生かす包丁と……殺す剣。
似てるけど、違う。
ダメだな……僕に剣はむいてないや。
切り口が食い込んでいないか気になるし、斜めに斬れていると嫌になる。
美しくない……。
力任せに叩き斬る……斧とかにしようかな?
そうすれば断面も気にならなく……なる……かなぁ……?
自信ないや。
「うぅ……グギィ……」
あぁ……そういえばゴブリンも居たっけ。
「グギィ――――ゴボボッ」
――――いや、ゴブリンなんていなかった。
口を開いたゴブリンに、横薙ぎ一閃。
見事……ゴブ←と→リンの二分割。
もう……僕の目の前には、ゴブリンはいない。
ま、棍棒投げてきたからしょうがないよね。
……あれ? ちょっと、魔法の効果が効きすぎたかな? 酷く冷淡になってしまった。
まぁ良いか。
さて……付近に大した生き物も居ないのわかったし、帰ろ。
この辺りなら、住んでいても問題無さそう。
これ以上探索しても仕方ないので、再び転移魔法でお家の前へ。
***************
パッと視界が切り替わり、家の近くへ戻ってきた。
返り血が酷いので、ちょっと家に入りたくなかったんだよね。
洗濯……あ、洗濯も魔法で良いか。他の汚れも落ちるし。
という訳で洗濯機をイメージしてパパッと洗浄。
ツルンと綺麗なお洋服に。
勿論脱水、アイロン掛けまでイメージしてある。
良いねぇ……着たまま洗濯できる。魔法って素晴らしい。
ルンルン気分で家に近付けば――――家の門前で
、跪いている二人組が居た。
――――いやおるやんっ!! この世界、普通の人おるやんっ!!
他人の家の前で跪いて、祈りを捧げているのが普通かどうかはおいといて……普通の人がいる事に安堵。
少し足音鳴らして僕が門前に近付いても、二人組は気付かずにお祈りに夢中。
悲しい……出来たら気付いて欲しかった。話し掛け辛いじゃん。
銀髪の若い男と、同じくらいの歳の、金髪の少女。
異世界初の人類……緊張してきた……。
小綺麗な格好をしているし、きっとまともな人。是非とも仲良くなりたい。
それに……もし今後人里に出るなら、足掛かりが欲しい。
だから、目の前にあるチャンスを捨てる必要は無い。
物腰柔らかく、不快にならない程度に笑みを浮かべて……お客さんを相手にする時みたいに、失礼の無いようにしなきゃ。
翻訳魔法はたぶん大丈夫。
むしろゴブリンの言葉が翻訳されていたのに、人間の言葉が翻訳されなかったら流石に怒る。
緊張で乾いた喉を、唾液で湿らせて……準備万端。
一歩……彼らに向けて歩出す。
「こんにちは。ここの家に何か御用で?」
僕の声で漸く気付いたのか、男の方が祈りを止めて即座に立ち上がり僕と対面する。
尚、少女は此方を気にせず延々と祈り続けていて……寂しい。
「き、貴殿は……? こんな僻地に、何用で……?」
恐ろしい程整った顔立ち。
宝石みたいな銀髪碧眼。
驚きつつも笑みを忘れず、それでいて腰に携えた剣に手を回す警戒心の高さ。
それなのに……気後れしない、全てを包み込むような優しい雰囲気。
まさにイケメン。
「えぇっと……ここ、僕の家なんですよ」
優しい雰囲気の彼。だけど緊張しちゃって、上手く言葉が出せない。
「貴殿の? ならばこの建物とこの神物の持ち主は貴方で!?」
切れ長の目をまん丸にして、僕へ一歩近付いて来るイケメン。
神物……? あれか、女神様のネックレスかな?
「え、えぇ……どちらも僕の物で――――」
言い切る前に、棒立ちした僕の両腕をガシッと掴み、詰め寄られる。
いや、怖い怖い……どういう事なの……。
「どうか……!! どうか、あの神物を私に譲って頂けないだろうかっ!! 対価なら幾らでも払います!!」
今にも泣きそうな、切羽詰まった表情。
意味がわからんし、必死すぎて怖い。まさか狂信者……?
「べ、別に構いませんけど……とりあえず、落ち着きましょう?」
「こ、これは失礼しまし――――え、良いのですか!? そんな簡単に!?」
一度僕から離れたのに、また詰め寄られた……落ち着いてくれないかなぁ。
さて……ここからどうやって仲良くなろうか。
「と、とにかく! 一度お話を聞かせてくれませんか? 譲るかどうかは、お話次第ということで……!」
仲良くなる為には……まずはお話からだよね?
「そ、そうですよね! すみません、彼女を止めてきます!」
そう言って、跪いたままの彼女の肩を叩き、話し掛け始めるイケメン。
なんか、無宗教だったから……女神様の物にここまではしゃぐの想像出来なかったなぁ。
***************
数分の格闘の末、漸く祈りを止めた彼女。
女神様のネックレスをインベントリの中にしまい、二人を家の方に案内する。
「それにしても……このネックレス、黙って持って行けば良かったのでは?」
何となく……僕の異世界のイメージなら、簒奪略奪なんのそのって感じだしね。
「その様な不敬、信徒として働く訳にはいきません」
突き抜けるような……凛とした、彼女の声。
怒った声じゃ無いけど……何となく責められている気がして、自分の浅はかな思考が凄く恥ずかしくなった。
ただ、疑問に思っただけなのに……凄く申し訳無くて、何も返事が出来ない。
「失礼。あそこのテーブル……そこで話合いをさせて頂けないだろうか?」
「あぁ……そうですね。あそこが良い」
イケメン君の指さす方には、昨日女神様と対話した丸テーブル。
見ず知らずの人の家に上がるのは抵抗があるよね……ダメだ、テンパって冷静な判断が出来ない。
席に着く二人の前に、創造魔法でお茶を出す。
これが……今、僕に出来る最大限のおもてなし。
「粗茶ですが、どうぞ」
パティシエなのに菓子も出せない。
それなのに……魔法で菓子は作りたくない、無駄なプライド。
「!? 貴殿、その魔法は……!?」
突如現れたティーセットに驚き、少女と目を見合わせるイケメン君。
「まさか……やはり、貴方……」
目を見開き、腰を浮かせる少女。
「な、何か……?」
不味い事したかな……?
「あぁ……いや、まずは自己紹介といきましょう。その後、良ければ貴方の話を詳しく聞きたい」
男にそんな事言われても……困る。
「そうですね……わかりました。僕は長谷川――」
あれ、名前が先か?
日本と違って髪色も明るいし、もしや欧米風かも……?
「――――いえ、ルイです。僕はルイ……どうぞ、宜しく」
礼儀作法も知らないんで、とりあえず立ち上がって一礼。
苗字は……ややこしいから名乗らなかった。
「これはご丁寧に。私はアレックス・グローリィ。気軽にアレックスと呼んで頂きたい」
「私はシシリア・シェーファー。宜しくお願い致します」
イケメン君がアレックス。少女がシシリア。
慣れない横文字……二人の苗字は既に忘れつつある。
「話始める前に一つ。ルイ殿に忠告しておきたい事があります」
優しい声色で、苦笑いを浮かべて発するアレックスさん。
「貴方は……警戒心が薄すぎる。神物もそうだし、見ず知らずの人間を、易々と家に招くのは褒められません」
トゲの無い、やんわりとした雰囲気だから……スッと言葉が心に入ってくる。
確かに……色々不用心だったなぁ。
「全くもってその通りですね……。ご忠告助かります」
異世界初心者だし……これから、慣れていこう。
「ははは。さて、それを踏まえたうえで……貴方にお話が」
そう言うアレックスさんの表情は……好奇や期待、とにかく明るい気持ちが全面に出ている。
「聞きましょう」
「単刀直入に聞きますが――――ルイ殿、【稀人】という言葉に……心当たりはありませんか?」
ドクッ……と心臓が跳ねる。
悪い事をした訳じゃないのに……何故か血の気が引いていく感覚。
というか……なんでバレたの!?
非常識は指摘されたからわかる。でも……そこから繋がらなくないか……?
不味いどうしよ――――ん?
別に隠す意味も無いし、むしろ向こうから聞いてくれるのは有難いくらいか……?
「えぇ……昨日、女神様にそう言われました」
「やはり……!! あぁ、なんてこと!! 正に天啓っ!! セレーネ様のお導きに感謝をっ!!」
僕の言葉に涙を流し、天に向けて祈りを捧げるシシリアさん。
――――誰かに注目される、特別な存在。
成りたかった筈なのに……どうして、僕の心はこんなにむしゃくしゃして、全然気持ち良く無いんだろうか。