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人生


 僕の溢れる魔力と、迸る熱いパトスが複雑に絡み合い、リビングに新しい扉が生まれた。

 

 ふぅ……夢を詰め込みすぎたせいか、疲労感が凄い。


 だってしょうがないじゃないか……自分だけのアトリエなんて興奮するに決まってる。

 

 道具も機械も材料も、全部僕だけの物。ふふ、ふふふふ……。


 僕は……特別。


 

「よし……よしっ!!」



 【創造】魔法は成功した……はず。扉の先を確認しよう。


 あぁ……なんか緊張してきた。この先がどうなってるか知ってるのに……ドキドキする。

 

 予約していたゲームのパッケージを開けるような……そんな気持ち。



 逸る気持ちを抑えながら扉を開けると……まず、ロッカールームに出る。


 パティシエとってアトリエは神聖な場所なので、私服で入るなど言語道断。

 小さいお店だと、アトリエ通らないと行けない場合もあるけどね! そこはケースバイケースで。


 私服を脱いで……汚いからインベントリにしまうかぁ。後で洗濯しないと。

 なので新しい服を魔法で創ってロッカーにしまって……着慣れたコックコートに袖を通してコック帽をかぶる。

 

 因みに、ロッカーは上段と下段に分かれていて、上段がコックコートで下段が私服。

 私服からゴミが落ちると嫌だから、コックコートは上段にね。清潔大事。

 


 懐かしい、断熱素材のゴワゴワのコックコート。

 

 分厚くて重くて風通しが悪い、最低の肌触りなの……最高な、制服。

 

 コックコートの胸元には、本来お店の名前と自分の名前が刺繍されていたが……敢えて両方とも消しておいた。


 地球との決別。

 

 そんな大層なものじゃないけど……ただ、何となく嫌だった。


 ロッカールームの先は、手洗いや粘着ローラー等……僕がアトリエに入る為の身支度室。

 格好良く言えば、サニタリールーム……かなぁ。

 この先は衛生空間だから、サニタリールーム以降は私服厳禁のルール。


 悪ぃがここから先は一方通行だァ!


 壁に貼られた全身鏡を見て、毛髪が出てないか確認しつつ、粘着ローラーでコックコートの繊維を取っていく。


 新品のコックコートでも、髪の毛が着いてたりインナーの繊維が付いてたり……嫌になるねぇ。


 お次は手を洗って乾かす。水道も洗剤もエアータオルも……全部【創造】魔法で創られたもの。


 魔法万歳。


 この、粘着ローラーをしてから手洗いっていう順番も大事で……手洗いは最後にして、清潔な状態にしておきたいんだよね。


 うーん……自分で考えたルールでも、沢山ありすぎて忘れそう。後で書面に書き出しとこうかな……。


 さて、準備は整った。


 この先は……僕の(アトリエ)


 手が汚れないように、アトリエに続く扉は自動ドアになってる。


 ドアにはロックがかかっていて、ドア横に設置されたアルコールを五秒間出すと、ロックが外れてドアが開く仕組。


 テレビで見た、食品工場で使われているシステム。

 凄く良いなって思ったから採用してみた。


 自動ドアを通ると――――今日から僕だけのアトリエに……やっと辿り着く。

 遠い……けど、この外の世界と隔離されたような閉塞感が堪らない。



「おぉ……!! おおぉ……!!!」



 まずは……焼成室。

 お菓子作りの根本とも言える、一番重要な場所。


 室温はほんのり暖かい程度。オーブンが点けば無茶苦茶暑くなるけどね。


 ケーキの土台のスポンジケーキを焼くのも、クッキーなどの焼き菓子を焼くのも、成形したパイを焼くのも……全部ここ。


 ステンレスの作業台や鉄板、ケーキのデコ型や焼き菓子の焼き型は勿論のこと、オーブンも二種類あって思わずニッコリ。

 

 まぁ創ったの僕なんだけどね。

 

 入口横に掛けられたエプロンを着け、マスクを装着して準備万端。

 


 肝心なオーブンなんだけど……コンベクションオーブンとガスオーブンの二つ。

 

 まず、大前提として何方のオーブンでもお菓子は焼けるって事。

 焼けるけど……向き不向きがあるって話。


 コンベクションオーブンは、熱風を使ってオーブン内部全体に均一に熱が入る。

 

 だからクッキーやマドレーヌ、フィナンシェ……プリンにチーズケーキ。色んな焼き菓子に向いているオーブン。


 ガスオーブンは、ガスのパワーでヒーターを暖めて加熱するオーブン。

 パン屋さんとかにある、三段重ねの平たいオーブンをイメージして貰えると分かりやすいかな?

 

 こっちも全体に均一に火が入るけど……コンベクションに比べると質は落ちる。


 その分利点があって……ヒーターに上火と下火がある事。

 上からの熱と下からの熱で加熱するんで、細かい調整が効きやすい。

 

 例えばロールケーキ。

 生地の下は黄色くてフワッフワの柔らかい生地だけど、表面はキツネ色にこんがり焼けているよね。

 あれは上火を強くして、表面の焼きだけを強く出来るから。

 

 それと、ロール生地とかは過剰にフワフワにさせたくない。巻いた時に太くなっちゃうからね。

 

 上火を強くすると、上から熱で押さえつけられるから膨らみ難い。

 下火を強くすればグッと持ち上げて厚みが出るし、弱くすれば持ち上げてくれないから薄く焼き上がる。

 そんな風に調整出来るのが、ガスオーブンの強み。

 

 コンベクションは、風の力でオーブンの中を循環するように温めて、ガスオーブンは上からと下からの熱でサンドイッチしてオーブンの中を温める……そんなイメージ。


 さて……次はどの部屋に行こうかなぁ。


 焼成室って何かと用事があるから、この部屋から全部屋に繋がってる間取りなんだよね。


 順当に行けば、仕上げ室に行くべきなんだけど……生憎、土台の生地が無い。


 なんか仕込むか。


 スポンジ……クッキー……なんか違うんだよなぁ。

 なんか、せっかくのんびり出来る所に来たんだから……時間を掛けてゆっくりと作りたい。


 そうすると……パイかな?


 良し、パイ生地を仕込もう。


 こうやって一人で一から仕込むの……何時ぶりだろ。


 やばい、なんか興奮してきた。



「うおおおおおっ!!」



 このアトリエには僕しか居ないし、叫んだって……走ったって良いんだ。


 そのままのテンションで、パイ室へと飛び込んで行く。


 なるべく手は清潔にしたい為に、取っ手を使いたくなかったので、パイ室へと続く扉は観音開きのスイングドアにしてある。

 

 それに、鉄板とか持った状態で取っ手を引くのは至難の業だし、危なくて怪我に繋がりやすい。


 ヒヤリハット……ってやつかな? 危ない箇所は変えていかないとね。


 ゴムパッキンで空気が漏れないようにしてあるスイングドア。

 オーブンがあるから暖かい焼成室から出た先のパイ室は……無茶苦茶寒い。


 焼成室はオーブン稼働で室温がブレるけど……大体、二十度~三十度。比べてパイ室は十三度~十六度くらい。寒暖差で死ねるレベル。


 しかし、パイを作るのにバターは欠かせなくて、そのバターを十三度前後の温度で扱わないといけない。だからこの寒さ。

 

 逆に焼成室を寒くすると、焼く前の生地が冷たくなっちゃって……ま、色々と不都合があって、寒くできない。

 

 つまりお菓子の為に、僕らパティシエは根性で寒暖差を乗り切らねばならんのだよ。


 極寒のパイ室。


 入ってまず目に入るのは……大理石の作業台。


 バターを捏ねたり、バターが沢山入った生地を捏ねる際、熱が入るとバターが溶けて失敗しちゃうんだよね。

 大理石は熱伝導率がとても高くて、常にひんやりとしていて熱を逃がしてくれるので、この部屋の必須アイテム。


 それともう一つ目立つアイテムは……パイシーターかな?

 パイローラーとか、リバースシーターとか色々な呼び方があるけど……うちの店の呼び方に合わせてパイシーターにしとこう。


 この機械は、二個あるローラーに生地を通して圧延する機械。

 手でやるより早いし、均等に圧延してくれるから安定する。


 小さいシーターでも七十万円くらいするから、なかなかオーナーが買ってくれなくて……暫くずっと手で伸ばしてたなぁ。


 後は冷凍庫とか、パイ生地に穴を開けるピケとか……細かい道具があるけど、それは追々。


 ボウルに計量器、生地を混ぜる為のスケッパー……使い慣れた道具を【創造】していく。


 手に馴染んだこの子達は、考えなくても魔法で生み出せる。

 ポンポン、と湧いて出てきたように現れる道具達。



「後は……強力粉と薄力粉。バターに塩に……水」



 材料も魔法で出して、準備完了。


 パイをそのまま魔法で出せば良い――――そんなのは、ナンセンスだ。

 

 原料を加工して、パイに仕上げる……その工程が楽しくて、その工程にしか意味は無い。


 魔法でお菓子を生み出す? それになんの意味がある?


 お菓子を売って金を稼ぐ? 金を稼いだ後の人生……何がある? 何が残る?


 この手に、頭に……心に。努力と経験を詰め込んで……死にたいんだ、僕は。


 僕の人生を明るく彩ってくれるのは……お菓子だけ。


 そこに……僕の人生がある。




 ――――――あぁ、そうだ。


 ずっと僕が忘れていた気持ちは……これだ。


 この気持ちなんだ。


 ただ、只管に……純粋に。


 お菓子が好きで……お菓子作りが好きなんだ。


 金も時間も……全て忘れて。


 全て捧げて。


 生きる為にお菓子を作るんじゃない。


 死ぬ時……自分の人生が楽しかったと言えるように、死ぬ為にお菓子を作るんだ。


 これが……僕の生き様。


 さぁ……お菓子作りと、いこうじゃないか。


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