自由
日が眩しい。
なんでこんな所で――――あぁそうか、気絶したんだっけか。
どうしてだろう……気絶する前は沈み始めていた太陽が、今は昇り始めてるよ……。
ええ……? まさか、ほぼ一日寝てたのか僕。
残念ながら体調はとても良くて、ハンドスプリングで飛び起きちゃうくらい元気。
……ハンドスプリングなんて、今まで出来なかったんだよなぁ。
まぁハンドスプリングなんて体術より……僕は、魔法を使った。
それを証明するかの如く、目の前には首の無い龍の死体がそのまま残っている。
僕は……思考を、そして体の自由を奪われたように……勝手に魔法を使った。
それが、まるで誰かの掌の上で踊っているみたいで……酷く気持ち悪い。
「なんだかなぁ……」
元来、お菓子作り以外は興味の薄い僕だけど……流石にちょっときつい。
誰が? 何の為に?
凄く……気になる。
――――けれど、確かめる術は無くて。
流されるまま……操られるまま、進むしかない。
「……『燃えろ』」
物言わぬ龍の亡骸に掌を向け……お菓子作りで慣れ親んだ単語を呪文にして、魔法を放つ。
ゴウッ、と音を立てて生み出される青い炎。
チリチリと龍を焼き……その死体を、塵へと変えていく。
熱波で揺れる前髪も……鼻腔を擽る焦げ臭さも、全てが鬱陶しい。
なんだろう……思っていた以上に、好き勝手にされている事に腹が立ってるのかなぁ。
この龍も、弔いの為に焼いたんじゃなくて、憂さ晴らしだしね。
昨日は使えなかった魔法。
今日は使える魔法。
【創造】魔法……それを、体で教え込まれた感覚。
炎を手から出すんじゃなくて……炎を創り出し、そして射出すれば良いんだ。
自分の力がわかったのは良いけど……なんか納得出来ないんだよなぁ。
まぁいいか。
そんな事より、何か心が疲れちゃった。
けれど……ここは荒野の端の方。休む所なんて無い。
――――しかし、魔法がある。
無ければ創れば良い……ただ、それだけ。
【創造】魔法は、何かを創り出す魔法。
魔法だって――――創れば良い。
発想は無限大で……それを行動に移すのだって、自由だ。
魔法だって……お菓子作りだって。
何だって自由な発想は許されるんだ。
【土魔法】を創って荒野を均して。
【草魔法】を創って芝を生み出す。
【木魔法】を創り、基礎を創り、柱を創り――――家を創り出す。
自分の中に、なんだか温かい力がある事に気付いて、なんとなくソレを消費して。
魔法を使うためのパワー――――恐らく、魔力とか、そんな感じだろうね。
徐々にファンタジー的な不可思議な状況に慣れてきて。
疑問に思う事も、興奮する事も無く、冷淡に、生きる為に……【創造】魔法で家を創り上げていく。
パティシエとして生きてきた僕は……こうやって、感覚的に物事を捉えるのが得意みたい。
なんで魔力があるのか?
その力の制限は無いのか?
代償は?
そんな事、どうでもいい。
あるから使う。なんとなく、使えるから使う。
ただ、それだけ。
理論的に物事を捕えなくても……何となくで良いんだ。
根拠は要らない。フィーリングで。
そんなこんなで、魔法で家を創り出していく。
建築の技法なんて全く知らないけど……家という物は、当たり前だけど知っている。
配管とか、断熱材とか……知らない所は魔力で補え!! ゴリ押せ僕の魔力っ!!
掌を突き出し、体内を巡る力――――魔力を掌から放り出すイメージ。
瞬間、ギュンッと力を吸われ……息が上がる。
「はぁ……はぁ……!」
その甲斐あってか――――目の前に、こじんまりとした一軒家が建った。
「なんでもアリだなぁ……」
……正直、まさか家が創れるとは思ってなかったんで、思わず声が漏れた。
悔しいけれど、僕は魔法というズルをしないと……家なんて作れない。
いや……家だけじゃない。
僕には、お菓子以外を作る知識がない。
創造魔法は――――不甲斐ない自分の懺悔であり……知識溢れる、他の職人達への嫉妬と賞賛だと、僕は思うんだ。
目の前の家を見上げる。
昔ながらのモルタル塗装の外壁と、切妻屋根。
レンガ造りの塀と小さい庭。
まさに……実家のような安心感。
……そりゃゆっくり休めるように、実家をイメージして創ったからその通りなんだけどね。
さて……一応形は出来た。
中に入って少し休もう。
僕はもう――――心が疲れてしまったよ。
門を潜り、玄関を目指して歩く。
玄関までの道がタイルな事とか、細部まで再現度が高い。
すげぇなぁ魔法って。
なんか……昨日の朝まで住んでいた家をイメージしたのに、酷く懐かしい感じがする。
何十年と帰らなかった実家に……久々に帰郷するような、ドキドキとワクワクと……物悲しさが混じった不思議な気持ち。
まだ二十四歳だからわかんないけど。
「なんで……?」
毎日掴んでいた、玄関の取っ手すら懐かしくて……。
「なん……で……」
なんで……僕の目から、ツーッと涙は零れるのだろうか。
――――本能が、もう二度と戻れない事を……伝えてきているのか。
「……なんで?」
――――それなのに、どうして僕の涙は一雫で済んでしまうのだろうか。
両親には……もう会えない。
友達は……元々いない。
恋人も……暫くいなかった。
仲良い先輩、後輩なんて……むしろ、仲悪い同僚ばっかりだった……なぁ……。
「あ、あるぇー……?」
僕って……こんな寂しい人間だったの?
てか、この綺麗な涙は……両親へ向けての涙だったの……!?
あー……まぁ良いか、そんなものかも知れない……よね。
腹も減ったし飯でも食べよ。
実家と同じ造りだし、冷蔵庫までの道程は最短コースで詰められるレベル。
ただ一つ、実家と違う所があって……玄関に、大きな水晶が置いてある事。
あの龍が胸元に着けていたパワースポットを真似た一品で、ぶっちゃけライフライン関係は基礎知識が無いんで、魔法でゴリ押した結果だ。
このパワースポットから魔力が家中に行き渡り、魔法に変換されて電気ガス水道が使えるって寸法。
パチッと壁にあるスイッチを押して、電気を付ける。ちゃんと付いた……良かった。
ほぼフィーリングでいったけど、何とかなったらしい。
明るくなった廊下を小走りで進み、キッチンへ。
テーブルに置きっぱなしの、食べかけの菓子パンや、飲みっぱなしのペットボトル。
こんな事まで再現されてて……クスッと笑ってしまう。
ちなみに菓子パンというのは、昔はお菓子屋さんの領域だったんだよね。
昔のフランスだかドイツは、パン屋が砂糖を使った焼き菓子作るのダメだったとか。
だから砂糖を使えるお菓子屋が菓子パンを作ってた……とか何とか。
古いお店だと、伝統なのか知らんけど菓子パン作ってる所多いよね。僕の務めていたお店もクロワッサン作ってたなぁ。
閑話休題。
テーブルの上の菓子パンを手に取り、貪るように食べる。
ろくに水分も取っていなかった喉に張り付くパンの皮。
ペットボトルのお茶で、パンを剥がすように流し込み、小腹を満たしていく。
パンの甘味を感じ、お茶の渋さが舌を刺激しながら喉を潤し……お腹に落ちる。
あぁ……そっか。
そうなんだ。
魔法で創ったって――――本物なんだ。
心も体も……満たされる。
物を食べて……つまり命へと繋いで、やっと実感出来た。
「凄い……凄いよ魔法。素晴らしいよ……異世界!!」
此処が地球じゃないなんて確信は無い……けど、こんな不可思議で、ファンタジーな事は出来やしない。
ドクッと心臓が跳ねる。
この世界なら……原材料費も、光熱費も考えないでお菓子が作れる。
ドクドクッと心臓が湧き立つ。
高くて買えなかった機械も材料も……全部、全部創れるんだ……!!
バクバクッ……と、心が踊る。
この世界なら……僕だけの『製造現場』が手に入るんだ……!!
焼き菓子専用の部屋も欲しいし、生菓子専用の部屋も欲しい!!
パイもキャラメルもチョコも!! 全部個別の部屋を作らないと!!
材料を保管する倉庫も欲しいし、包材を保管する倉庫も欲しい。
お菓子を保存する倉庫も、冷蔵庫も冷凍庫も……あぁ、やばい、インスピレーションが止まらない。
まずはロッカールームが必要かな?
その後にサニタリールームを置いて身嗜みを整えて……!
リビングを見渡し、空いている壁際を探す。
新しく扉を創っても、邪魔にならない場所を。
……残念、何処にもない。
いや、スペースだって創れば良いんだ。邪魔な物をしまう……そんな魔法を創れば良い。
ゲームみたいに、文字とドット絵だけで表現する――――インベントリ、若しくはアイテムボックス。
無尽蔵に入るリュック、若しくは四次元なポケット。
可能性なんて山ほどあるし、参考に出来るネタも沢山ある。
しかし、今はそんな事に意識を割いてるのが勿体無い。
無難に、最初にイメージしたインベントリにしておこうかな。
壁際に置かれた、一家団欒用のソファに手を置いて……魔力を掌に集める。
「『収納』」
そう、呟けば……スッと体内にソファが入ってくる、そんな感覚。
リビングにあったソファは……僕の思い出と共に、頭の片隅へと消えていった。
僕の体と、どこかの宇宙の亜空間。
それを繋ぐ魔法。
その亜空間は、僕が創り出した物で、僕だけの世界。
念じれば……ソファが亜空間にある事がわかる。出し入れだって何のその。
……これでよし。邪魔な物は無くなった。
心置き無く、アトリエの制作に入れる。
リビングの壁にピトッと掌を当て、全身の魔力を沸き立たせる。
僕の心の昂りに呼応しているのか、魔力が皮膚を通り抜けて体外へ飛び出し……青白い淡い光となって可視化して、僕の体にへばり付く。
――――でも……そんな事、どうでもいい。
最初はロッカールームに繋がってて……コックコートに着替えて――――
「『創造』!!」
脳内に展開していた、【僕の考えた最強のアトリエ】の見取り図と、溢れ出る魔力が一気に掌に吸い取られ……バチバチッ!! っと鋭い音と閃光を放ち……魔法に変わる。
――――さぁ、ここから、僕のお菓子無双の始まりだ。