第一章 最強の用務員爆誕(5)
「安心しなさい? この闘技場は学園長の結界魔法がかかってるから攻撃によるダメージは残らないわ。本来なら私を舐めたことを後悔させる為に消し炭にしてあげたいんだけどね!!!!」
「あはは……」
未だにキレている理由が不明な赤髪の美女、レイラが俺に向かって叫ぶ。
しかし、良いことを聞いた。
このコロッセオの様な形状をした闘技場では、結界のおかげで実際のダメージが存在しないらしい。それならばどうやって勝敗を決めるのか、とも思ったのだが頭上を見ると答えが書いてあった。
ステータスの時と同様に半透明な電光掲示板の様なものが浮いている。
俺とレイラの名前と顔写真、そして擬似的なHPバー。数値は書いていないがゲーム内でのインターフェースによく似ていた。
「さぁ、そろそろ準備はいいかしらァ?」
「あ、はい。大丈夫です」
剣を構え、レイラに向き直る。
彼女の魔法が見れることに喜ぶ生徒たちの歓声を聞き、俺たちはリング外の審判の合図を待つ。
ピィィィィィ!!!!
笛の音が鳴り響いた。
「さぁ一瞬で消し炭にしてあげるから!! 最大出力でギガファイアァァァ!!」
いや消し炭にならないんだろ? と先程の彼女の発言を思い出し、苦笑しながら思考を早める。
俺はどうしてもこの試合に負けなくてはならない。
有能だと知られてしまえば、どのような扱いを受けるか分からないからだ。静かに、穏便に。戦争を回避して逃げて生活をする。それが俺の考え。
そのために怪我をしない策略をたくさん練って来たのだが、ダメージがない空間だと言うご都合主義を聞いた今ならば問題ない。
この迫り来る炎を避けず、ただ身を任せればいいのだ。
そう、この燃え盛り、凄まじい勢いで吹き荒れる赤色の熱源を避けずに……
「そんなん無理だわぁぁぁぁ!?」
俺は己の敏捷八十オーバーの力で避けた。
いや、無理だ。
普通に考えて、あんな怖いものずっと待ってるとか無理である。ダメージがないからと言えど恐怖がない訳ではない。マジで怖くて漏れるかと思った。
だがこれだけ無様に逃げたら、レイラも攻撃の手を緩めるかもしれない。
再三言うが怒ってる理由は分からない。だが、少なくとも今ので俺に戦意がないと伝わる可能性だってある。
俺はチラリとレイラを見やった。
「よ、避けた!? それもギリギリで……?! 私のことをコケにするのが好きみたいじゃない……?」
「なんかもっと怒ってらっしゃる!?」
どう考えてもへっぴり腰で逃げたモブAだったのだが、何故にそんな好意的(?)に解釈してしまうのか。
「レイラ先生、やっぱり話し合いで解決しましょう。その、教育上暴力での解決は宜しくないかと……」
「セフィロト学園は戦闘を教えるところよ!!!」
「それは確かに!!!!」
怒ってる人に正論パンチを喰らってしまった。本当は冷静なんじゃないだろうかと疑う程だ。
「ギガファイアは威力はあるけど速度が足りなかったわね。じゃあ次は……ファイアボルト!!!」
「ちょ、まっ!!!」
やはり冷静だったらしい。
レイラが戦況を分析し、即座に速度重視の技を放とうとしてくる。
正直ステータスがあっても戦闘力が皆無な俺はその速度について行くことができず、そのまま直撃した——
「ん?」
——のだが、一向に痛みが来ない。
クーラーの温風ちょっとあっついなー、と思うレベルの感覚があったが特にそれ以上がない。
これが学園長の結界の力だろうか。それならば安心してダメージを受けていられる。
あれだけ恐怖を感じていたと言うのに、一度経験してしまえば楽なものだ。ぼへーっと待っていれば勝手にゲージがゼロになるだろう。
勝機を見出した俺は笑顔で次の攻撃を待った。
「まだまだ行くわよ!! 連続でファイアボルト!!!」
ドゴーン、バゴーン、ズドーン、と漫画でしか聞いたことのないような爆音が鳴り響く。
いやぁ、痛みがないと楽でいい。最初の恐怖が嘘のようだ。
「ぼ、ボルト! ファイアボルト!!」
あ、けど耳に違和感が来た。
流石に近場で何度も爆発を聞いたからか、耳鳴りでもしてきたのだろう。密閉感があるだけで痛みはないのが幸いだろうか? もう少しの我慢である。
「ぼる……ふぁいあ……ぼ……はぁ……はっ……」
「あれ? 攻撃止まった?」
音がしなくなったなぁ、と思って目を開ける。
地形が抉れ、黒焦げになった周囲と俺の衣服。
そして息切れをするレイラ先生が一人。
「あ、アンタ! 何でHP減らないのよ!!!!!」
「え?」
息を何とか整えた彼女の一言に俺は驚き、頭上のゲージを見る。流石にこんなに何発も受ければレベル差があったってHPは減る筈だろう。
真緑である。
HPゲージが一ミリも減らず、真緑だ。なんならちょっと体力を消費したのか、レイラのHPの方が減っているまである。
「…………嘘やん」
流石に想定外だ。
俺はどうしたものか、と焦っていると彼女が不意に笑い出した。
「ふふふふふふふ……良いわよ……もうアンタの防御力は分かったわよ……だったら攻撃しなさい!! 私もアンタほどの防御力があるってところを見せてあげるわよ!!」
「いや、それは、その、流石にちょっと……」
火炎魔法師であるレイラの物理防御力は正直そこまで高くない。というか、こっちも近接型で魔法防御力は低い筈なのだ。それなのにこれだけの差があった以上、一発でも剣で殴ればHP全損だろう。
俺は負けたいのだ。それはいけない。
「あの、動かないんでギガファイア、もう一回やりません?」
「うごか……ほ、本当に良い度胸よね……?」
何かプライドを傷つけてしまったらしい。レイラはより一層ドスの効いた声で「ふふふ……」と口から笑いをこぼしながら杖を構え直した。
「良いわよ……動かないんでしょう? じゃあもっと上の魔法使ってあげるわよ!! 一日に一度しか撃てない上級魔法をね!!」
それは正直助かる。
痛みが少ないと分かった以上俺は黙っていれば解決なので、さっさとこちらのHPを減らしてもらおう。これで全解決だ。
レイラが先程とは違い、杖を両手で握りしめて精神統一のようなことを始める。
周囲には魔法使いでもない俺でも視認出来るほどに赤い火花のようなものが舞い、魔力が集まっているようだ。
そして小さく何かを詠唱していたのだろうか、それが終わると同時に彼女の杖を起点に大きな魔法陣が浮かび上がった。
「プロミネンス……イグニッション!!!!!」
太陽。
本物に比べれば小さなものだろう。だが、人の数倍の大きさもあるミニ太陽のようなものが頭上に出現した。
これが彼女の持つ最大火力の魔法なのだろう。周囲の観客までもが息を呑むのが伝わってくる。
杖を振り下ろし、それに追従するように小さな太陽はこちらへと堕ちてくる。
俺は一瞬恐怖を思い出すが、すぐに先程の痛み程度だと自分に言い聞かせてその場にとどまった。
そして全身に伝わる重みと圧倒的質量に俺は押し潰され——
「あ……」
——たと思ったのだが、衝撃が一生来ない。
頭の上にハテナマークを浮かべつつも頭上を見やると、答えがそこにはあった。
半透明の黄金の盾。
それが炎と俺の間に挟まるように出現していたのだ。
このエフェクトはゲームで見覚えがある。
豪運の盾だ。
全てのスキルが手に入るのならばやってみたい、とゲーマーな俺が考え、装備してしまった最強のスキルの一つ。神聖暗黒騎士って神聖なのか闇なのかはっきりしろや! と思ったが強さという誘惑に負けて装備してしまったスキル。
能力の詳細は簡単。
幸運値%の確率、つまり数値にすると五十五パーセントの確率で攻撃を完全無効化する能力だった。
先程と同様に静寂が場を支配する。
しかしこの静寂は先程とは別種だと流石の俺でも理解出来る。
気まずい静寂だ。
だが、それでも俺は彼女に伝えなくてはならないことがある。
ファイアボルトでは盾が発動しなかったということは、逆を言えばプロミネンスイグニッションではダメージが通るということであろう。
そう、つまり、そういうことだ。
「……………………あの、すみません。今のもう一回お願いできますか?」
「出来るわけないでしょおおおおお!!!!」
彼女の悲痛な絶叫が闘技場に鳴り響いたのだった。
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