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初恋の為に沈黙を! ~叶うといいな初恋ゴール? 相手は○○! 答えは最後のお愉しみ?~

作者: 3ツ月 葵

 ある日オレは、転生した。

 所謂……異世界転生ってやつだ。


 たぶん残業続きで過労がたたり、記憶の最後にある会社で倒れたあの時にオレは死んだのだろう。

 次に気が付いた時には、オレは孤児院で世話をされている赤ん坊だったのだ。


 いや……正確にはそれ以前、生まれて間もない頃に母と思われる女性のオッパイを吸っている記憶が朧気といえどもあるのだが…………。


 通常ならば記憶の彼方に消えて無くなるはずのそんな赤ん坊の記憶も、その女性が寂しそうな顔をしてさめざめと泣いていたので残っている。



「あれが――今世の母、だったのだろうな。」



 とはいえ、理由は不明だが何故かオレは孤児院に捨てられ、こうしてここにいるのだが……。



「美し――かったな~ぁ。」



 泣いている顔しか知らないのに、それが美しいと記憶している。

 もう二度と会えないだろうその美しき泣き顔の女の顔はオレの心を掴んで離さず、今世での理想の女のタイプとなった。



「また、会いたい……。」



 そうは思っても朧気に思い出すことのできる記憶だけでどこの誰かも分からず、ただ忙しく時間だけが過ぎていった。


 この孤児院では十歳を過ぎれば卒業となり、他の子供らと同じ様に見習い仕事につかなければならない。

 だが親の居る子供は通いなのに対し、孤児院出身ともなれば家がないので必然的に住み込みとなる。


 住み込みの場合はただでさえ安い賃金から住む部屋の賃料まで取られ、手元に残るのは雀の涙ほど……。

 暮らしぶりはと言えば……お決まりのようにして親の居る子供とは雲泥の差となるのだった。


 見習い仕事から正式な雇い人として認められる成人年齢である十五歳まではずっとこれで……成人になるまで生きれずに餓死することも多い。

 医学も発達しておらず衛生環境も悪くて乳幼児死亡率がかなり高く、元々が成人まで生き抜ける人間が少ないこの文明度の低い異世界だ。


 皆が皆、自分さえも生きているかどうかも分からない来年、再来年のことなんざ考えちゃいない。

 それは決して命の価値が軽いということでは無く、人間死ぬのが当たり前と『死』を日常として受け入れている為だった。


 だからこそ従業員の一人であろうが、みなしごが一人死んだくらいでは大して問題が無いという話である。

 豪商や貴族のやつらは十五歳まで優雅に学校に通うらしいし、最下層にいる孤児は勉強なんて殆どできずに生きるだけで過酷だ。


 そんなオレもついに十歳となり卒業の年齢(とし)となった。

 孤児はタダみたいな安い賃金で誰に文句を言われる事もなくこき使えるということで、作り笑いを貼り付けた汚い大人が甘い誘い文句で手ぐすね引いて待ち構えているのだった。


 汚い大人たちからはそんな素振りも見せずになり手の少ない「キツイ・汚い・危険」と揃った、所謂『3K』と呼ばれる仕事が多く斡旋される。

 その中でも女児なら花街、男児なら鉱夫と言うのが定番で……。


 この世界には「明日も生きていれば御の字」ってぐらいの感覚で、職業の自由なんて勿論存在してなんかいないのだ。

 でも――この世界では通用しないことも多々あるが、前世で勉強していたことが役に立った。


 加えて貴族街近くの道端にたまに落ちていた「一枚報」と呼ばれる……まぁ瓦版みたいなものを拾い、文字や経済などの世の中の流れを将来の為にと自主的にオレは学んだ。

 それらが功を奏して3Kではない……比較的安全な職をオレは得ることができたのだった。



「まさか――っ!」



 それが今世のオレから最も身近な大人である、孤児院長とシスターたちの感想だった。

 そりゃオレも採用されるなんて思ってもみなかったもん――商人見習いに。

 最低限度『読み書き算盤』ができなきゃならず、よっぽどの事でもなければ誰の紹介も無い信用の見えない人間を雇うだなんてこの世界ではどの店もしない。


 オレはそれを覆そうと雨の日だろうが嵐の日だろうが毎日毎日通いつめ、ここだと思った店の店主に必死に『自分』をプレゼンした。

 前世がサラリーマンということで慣れていたので、するだけなら簡単だったのだが……「通例を壊すことはできないから!」と頑固な人間が多く困難を極めた。


 オレだって一度や二度じゃ無理だって分かってた。

 だから何度も何度も通って――そこを子供だてらに根性があるからと、やっとある店の店主に認められてのことだったのだ。



「ここからが本当の異世界ライフだな…………では、行ってきます!」


「――行ってらっしゃい。」



 見送りに出てくれたシスターの一人は涙ぐみ、オレに小さく手を振った。

 雇われ先の店へと着くと店主はこの先オレが住む寮――といっても物置になっている店の屋根裏部屋の一角に案内してくれた。



「荷物を置いたら下へ来い。今日からさっそく仕事だ。」



 オレは布に包んで持ってきた二枚ほどしかない着替えを置くと、すぐさま下へと降りた。

 まだ開店していない店の中ではセカセカと同い年と思われる子供たちが店内の掃除や片付けをしているのだった。



「あっ……!」



 足音を聞いてこっちへと振り返ってきた目はどれも険しく、拒絶の色を帯びていた。

 オレも同じように掃除をしなければと、置かれていた掃除用具をてにしようとするが――。



「お前はこっち。」



 店主に手首を握られ、店の奥にある倉庫の中へと連れて行かれてしまった。



「孤児を、よそ様から見える場所に置くわけにはいかんからな――。お前はまず裏方仕事からだ。ここにある品々を壊すことなく、個数を数えて整理し、磨いておくように。」


「はいっ!」



 そこにあったのはどれも庶民には縁遠いガラス食器と銀食器の数々であった。

 高そうなオーラを出しているそれらにオレは恐々としながらも、言われた通りにここにある者の個数を数えて渡された紙に書き連ね、整理整頓をする。



「これが…………四つで――わっ!」



 商品を数えながら視線を上へと向けると、そこにあった窓には目が二つ並んでいた。

 突然の事にビックリするやら何やらで、驚きはしたがオレはそこから目を動かせなかった。



「フフッ……。ビックリしちゃった? あなた、ここの新人さん――かな?」


「は――い…………。」



 どうやらこの窓は隣の家のある部屋の窓と同じ位置にあるらしく、その目の主は隣人らしい。

 落ち着いてよく見れば可愛らしい女の子で――どことなくあの母の様な面立ちだった。

 それに気が付いた瞬間、驚きとは違う早鐘が俺の胸の中で鳴っていた。



「――みなしごっ!」


「はっ、はい!」



 悲しくもオレは店主に呼ばれ、そこでこの日はお開きとなったのだった。

 それからもあの部屋で仕事をする時にはしばしばあの娘に話しかけられ、オレたちは密会を重ねた。

 

 明るい笑顔で楽しそうに話すその娘はオレの二歳年上で、父親が貴族家の三男から身分を捨てて庶民に落ちたちょっと金持ちな家という話だった。

 話をするのが楽しくてつい手が止まってしまう事もあったが、仕事を忘れる事なくオレはサボらずに勤勉に働いた。


 そうして何日も経った頃、休暇――といっても午後の数時間程度でしかなかったが――を貰い、その娘の家へとオレは招待された。

 父親もちょうど在宅していたのだが、オレがみなしごであることをきにすることもなく温かく出迎えてくれた。



「やぁ、いらっしゃい。」


「お、お邪魔します……。」



 父親の品の良さそうな佇まいに、さすが庶民落ちしても貴族育ちなんだなとオレに背景がよく見えた。


 ――と、リビングへと通されるとそこにあった一枚の絵に俺の目は釘付けとなった。

 呆けて絵を見つめているオレに気付き、父親はポンと肩を叩いて声を掛けてくる。



「どうしたんだい?」


「こ、この絵の人……。」


「あぁ……綺麗だろう? 私の妹の肖像画なんだ。」



 父親は目を細め、懐かしそうにその絵を見つめた。



「妹!? ……ですか?」



 その絵にあった人物の顔は、紛れもなくオレが今世の母だと記憶するその人の顔であった。



「あぁ、実は数年前に首を切って……死んでしまってね。」


「死……んだん、ですか?」


「成人して家を出た後、妹はとある下級貴族の屋敷でメイドとして勤めていたらしいのだが……そこの主人のお手付きになったらしくってね。妹も俺も、元々が父上の妾の子供で軽んじて見られがちで……。それを知ったその家の奥様に手酷い仕打ちを受けたらしいんだ。」



 ――お手付き!? つまりは……。



「それで妹は耐え切れずにその家から逃げ出して……私が再会した時には死体さ――。」



 父親は寂しそうな顔をして視線を下に落とし、何かを堪えるように目をそっと閉じたのだった。



「その後、妹と仲が良かったとされるメイド仲間に話を聞くところによると――妹はその時に妊娠してしまって子供を産んだらしいんだ。でもその子供もその後どうしたのか……行方知れずなんだよ。私は是非とも探しだし、生きていれば――妹の忘れ形見として、家族として迎え入れたいと思っているんだけどねぇ……。」



 今世での初恋の相手――その娘は意図せずして、オレの従姉だったというわけで――――。

 オレは名乗りを上げる事が躊躇われた。


 いや……確固たる証拠も無いし、何故知ってるんだって話になるだろうし――。

 名乗りを上げればもしかしたら存在するこの娘と結ばれるという未来が掻き消えてしまうかもしれないと思って――――。

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