六話『二人の約束』
ソファーに横にして、毛布を掛けていた。
気が付いたのか、起き上がって俺と目が合う。
「……私、ごめんなさい」
「いいんだ。いきなり相談した俺が悪い」
微妙な空気が俺たちを包む。
無理もない。俺は告白を遠回しに断られただろうし、マキも関わりづらいだろう。
「本当にその子に告白するの?」
「やめておくよ」
「そ、そう」
安堵するマキに、友達関係が良いのだと暗に言われている気がした。
せめて、俺がイケメンかお金持ちであれば違ったのかもしれない。
「あなたは恋人が出来なくても大丈夫だから」
「酷くね?」
「だって要らないもの」
随分な言われようだが、実際に俺は彼女が出来た試しがない。
良い雰囲気になった子は何人かいるのだが、どうしてもマキの顔が浮かんでしまって好きになれない。
俺は一生、マキ以外の女性を愛せる気がしないのだ。
「ねぇ、そんなに彼女が欲しいの?」
「彼女が欲しいっつうかなぁ、まぁ欲しいけど」
マキが毛布に包まって、口元を隠すように顔を出した。
仄かに赤らめた頬が少しだけ色っぽく見える。
「私じゃ、満足できない?」
「っ!?」
数秒。さらに数分ほど目を見開いて口を開けっぱにアホ面していた。
信じられるか? あのマキが言ってくれたんだ。
……待て、これって同情じゃないか? 彼女出来ない俺可哀想。仕方ない、私がなってあげよう的な。
それだとすげえ申し訳ないな。
「マキと付き合えたら嬉しいけど、そんな安売りすんなよ」
「そんなつもりはないのに……」
「俺よりももっといい男はいるからさ」
これでいいんだ。
俺はマキを幸せにするには力不足だ。
「……じゃあ、あの約束もどうするの?」
「約束って?」
顎に手を置いて悩む素振りをする。
はて、約束なんかしただろうか。思考して捻っても出てこない。
「子どもの頃、結婚しようって約束よ」
「――――ぶふっ!」
思わず吹きだしていた。
何を言い出すかと思えば結婚!?
そんな子どもの頃の約束を覚えていたのか!
「さ、流石にないだろ!」
それは、昔に俺から言い出したことだった。
やべえ、マキの顔を直視できん!
めっちゃ恥ずかしい!
「知らないの? 私たち、もう許嫁なのよ?」
「……は?」
「十年以上前に、私とナオトの両親が了承したのよ。結婚すること」
「えぇぇぇぇぇぇっ!?」
「なかったことになんてさせないから」
「どっえぇ……いいの?」
いやいやいや、聞いてないって! 初耳なんだが!?
マキは起き上がり、毛布を肩にかけた。
ドレスのように舞い、満面の笑みで告げる。
「ずっと花嫁修業してきたんだから、責任取ってよね。その好きな子なんかに負けないんだから」
勉強も、運動も、家事も、全て完璧にこなせる。それは全て、花嫁修業の一環であったのだ。
将来の旦那である、俺へ尽くすために。
*
「相変わらず冴えねー顔してんな、ナオト」
「眼鏡曇ってんぞ、テツ」
「あっほんとだ」
早朝のクラスは活気に溢れていて、俺の前に席に座る悪友ことテツは情報通だ。何でもかんでもすぐに仕入れて、俺に話したがる。
一体どこからその情報は来るんだか。
すると、教室が唐突に騒然とした。
「見ろよ、氷の女王だぜ。今日もめっちゃ可愛いな。女王が彼女だなんて自慢できたら男として最高だろうなぁ」
「……マキか」
視線がマキに集中する。
腰まで流れる艶やかな黒い髪。しかし、光を浴びると僅かに青みがかっている。滑らかな足並みで、スカートの隙間からふともものラインが伺えた。
「今日もサッカー部のエースの告白断ったらしいぜ。ありゃ誰にも攻略できねえよ。だろ?」
「そうだな~」
「んだよそっけねえな」
実はマキは人望がある。人を寄せ付けないながらも運動神経が良く、陸上部の助っ人として大会に出た時に好成績を残したことから、運動部の連中からの評価は女神様級に高い。
勉強も常に主席に近い成績を残しているため、教師たちからの人望もある。
「俺は気が重いんだよ……なんつーか、マキに申し訳ないって言うかさ」
「は? どういう事だよ」
「俺とマキが許嫁って言ったら、お前信じる?」
「おいおい、どうした妄想が激しいぞ?」
「だよなぁ……でも、マキは責任感強いし真面目だから……」
俺が言い切る前に、マキが目前へとやってくる。
冷めた目でこちらを見据え、微かに笑う。
「おはよう。あなた」
開口一番、俺の下へやってきて挨拶をする。
クラスの全員が驚愕し、目を見開いている。あと隣でバカ面の悪友は叩くと元に戻った。
「ナオトぉぉぉ! どういうことだ!? あなたって、何どういう関係なんだー!」
「私たち許嫁なの」
「マキ……流石にその、恥ずかしいんだが?」
「もう隠すのはやめただけだから」
【――お願い――】
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とても作者が喜びますm(_ _)m