四話『小金スズは見てしまう』
私がお兄ちゃんとマキ姉をくっ付けたいと思う理由は単純で、二人が好きだからだ。
昔から二人は優しい。私が泣いていると、いつもお兄ちゃんが手を差し伸べてくれて、マキ姉が慰めてくれる。
二人が離れ離れになる時、どれくらい悲しかっただろうか。少なくとも私は泣いた。でも、お兄ちゃんは泣いていなかった。
寂しいはずなのに、マキ姉を誰よりも好きなはずなのに決して泣かなかった。
マキ姉があの後どうなっていたかは知らない。再会したかと思えばかなりクールな性格で完璧人間になっていた。
しかもお兄ちゃんが好きに見える。たぶん……これは妹の勘だ。でも、本当はお兄ちゃんを好きじゃないのかもしれない。
あの美貌にあの性格だ。男なら選び放題なんだから、お兄ちゃんは大変な相手を好きになったと思う。
台所に立って、マキ姉が作ってくれた雑炊を一口味見する。
「雑炊か、うーん、おいしいけどちょっと味薄いなぁ。お兄ちゃんは濃い目が好きだからなぁ」
余計なお世話かもしれないが、マキ姉に教えておこう。
居間を見渡しても、マキ姉の姿はなかった。
「さっきまで後ろに居たのに」
不思議に思い、先ほどまで居たであろう廊下に出る。お風呂場の前に、マキ姉が居た。しかしどうだろう、様子が妙だ。
「あれ――――マキ姉?」
扉を僅かに開けて、お風呂場を覗き込んでいる。顔をトロンとさせて、ぐへへっと笑っているのだ。
ちょっと……待って、マキ姉だよね。あの真面目で、クールで美少女なマキ姉だよね。
「うへへっナオトだ~」
じゅ……十年の間に何があったんですかマキ姉ぇぇぇ!
完全に見ちゃいけないもの私見てる気がする!
信じられず、思わず後退りする。そして、その足音をマキが聞き取った。
こちらに振り向いて、絶望したような表情を私に向けた。
「マキ、姉……」
「スズ……何?」
「えーっと……何も、見てないよ」
「な、何かあった? えっどうしたの?」
マキ姉が汗をダラダラとたらし、目を泳がしていた。
誤魔化す気だ! もう遅いよ……もしかしてマキ姉もポンコツになってない?
お兄ちゃんも大概ポンコツなのに、この二人一生くっ付かないんじゃないの。ダメだ、妹ながら凄く不安になってきた。
「お兄ちゃんのこと、見てたの?」
「ち、違うのこれはそうじゃなくて、えーっと着替えを忘れてね!」
「だったら入ればいいじゃん。何で眺めてるの……あっもしかしてお兄ちゃんのことまだ好きなの?」
「好きっブハッ――――そそそそんな訳ないでしょ!?」
好きという単語に弱いのか、唐突に口を隠すように手で覆った。
行動が単純というか、分かりやすいというか……どこがクールな女王だろう。昔と比べてめっちゃ可愛くなってる。
「鼻血出してるじゃん」
「ケチャップだから!」
「素直じゃないね~。クールって奴?」
「そう、私は泣く子も黙る芹澤マキよ。好きな人なんか居る訳……へへっ」
「顔に出てるよ」
「ッ~!! 別にこれは誰かのことを想像しているとかじゃなくて、断じてそんなんじゃないの!」
両手で必死に否定しても、私には分かる。
これは完全に、お兄ちゃんのことが好きなんだ。しかも十年という月日が流れているせいで、その想いが上限突破したんだ。
そうじゃなきゃ、マキ姉がここまで壊れているなんてありえない。
「ちっちっち、嘘は言っちゃいけませんぜマキ姉。うちのクラスでも名高い女王がまさかお兄ちゃんを好きだったとは」
「だから違うってば!」
真っ赤な顔はさながらトマト。私がお兄ちゃん関連を言うたびにすぐ反応する。純粋でどこまでも純愛だ。
やっぱり、二人とも両想いじゃん。良かった。
「お兄ちゃんのこと好きなら、手伝おうか?」
「いいの!? あっいや、今のはなし!」
「まぁ、マキ姉なら良いよ。許嫁だしね」
そう、実は二人は元々許嫁だ。
お兄ちゃんは本気にしていなかったみたいだけど、私は約束を成就させたい。二人が幸せな姿が見たいんだ。
「……覚えてたのね。ナオトは忘れてたのに」
「仕方ないよ、お兄ちゃん子どもの頃の約束だと思ってるから、真に受けてるのは私とマキ姉くらいだよ」
マキ姉も本気なら、きっとこの約束は叶えられる。……でも今の二人相手に、本当に叶えられるのかな。お兄ちゃん、鈍感度が昔と比べて増してるし、マキ姉も素直じゃなくなってる……ヤバい、不安しかない。
「ま、まぁ? 参考までに、どうすればナオトと仲良くなれる?」
「まず、お兄ちゃんの趣味から勉強しよう。あと、口実も作っちゃおう」
よし、私が指示を出していこう。それで徐々に恋人関係に持っていくんだ。
まずはマキ姉から行動させるんだ。
「こ、口実……?」
「許嫁だから責任取れって迫るの!」
「えぇっ!?」
「お兄ちゃん鈍感だから、このくらいやんないとダメだよ!」
「わ、分かった」
「手始めに明日、お母さんからお願いされたことなんだけど――――」
【――お願い――】
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