二話『幼馴染を助けた』
その日の体育は野球をやっていた。
しかし、この場にいるのは男子のみで、女子の姿はどこにも見当たらない。
照らす太陽の下、俺の悪友であるテツが話しかけてきた。
「あぁ~、プール行きてえ」
「テツ、プールとか好きだったか?」
「ちげえよ、女子たちの水着姿を見たいんだ」
「そういうことかよ……」
この頃は男女交代でプールの授業があった。先生の目も緩くなる時期で、体育をまともにやっている人もいれば、テツのように談笑する時間に使う人もいる。比較的自由な授業であった。
「目玉はやっぱり、芹澤マキかな。胸は控えめだが、顔がいい! クールで人に媚びることを知らない立ち姿! くぅ、同じクラスでほんと良かった」
「そりゃよかったな」
「お前ってさ彼女とか欲しいと思わないわけ?」
人生で彼女が出来たことは一度もなかった。
いい雰囲気になった女子も居たりはしたのだが、一歩踏み出そうとすると昔の約束を思い出してしまうのだ。
「欲しいけど、小さい頃に約束したことを思い出すんだよ」
「あぁ、結婚しようって約束した奴ってか? 馬鹿だなぁ、子どもの頃なんだから気にすんなって」
テツを尻目に、俺は肩を落とした。
俺がマキと幼馴染であったと話しても信用しないだろうな。
しかも、それが結婚しようと約束した相手だなんて。
まぁ子どもの頃の約束だから、おままごとみたいなもんだ。高校生にもなればそれくらいの分別はつくさ。
でも、俺はまだ忘れられない。
「おーい! そっちにボール飛んでいかなかったか~! 持ってきてくれ~!」
クラスの一人が、俺たちに向かって手を振ってきた。
どうやら、ボールが俺たちの上を通り抜けていったらしい。
「今持ってくる~。ほい、ナオト」
「俺が行くのかよ……」
「いいだろ、俺はここで立ってる仕事があるんだ」
「ったく、少し待ってろ」
なんで俺が、と思いつつもボールを取りに行く。結構遠いな。
ボールはプールのフェンスにぶつかり、転がっていた。
手に取って踵を返すと、ふと人影が視界に映った。
「マキ……」
プールサイドに立つ、十年以上疎遠だった幼馴染の芹澤マキが居た。
端正で美しい髪をポニーテールにして、スクール水着を着ている。
可愛いな、おい。
でも。
「あれ、あいつって――――泳ぐの苦手じゃなかったか?」
プールに迷わず入ったマキは沈んでいく。
運動神経抜群、勉強も学年トップの成績を誇るマキが唯一苦手なものがあった。
子どもの時に、一緒に川で遊んでいたことがある。その時、浅い川だが、マキが溺れかけて助けたことがある。それ以来、マキはトラウマになって泳ぐのが苦手になった。
しかし、強がりな部分があることも事実。マキは絶対に周囲の人間に弱さを見せない。泳げない、と知られることが嫌なのだろうか。
「嫌ーッ! カエルー!」
「えっ! 気持ち悪い!」
心配で眺めていると、プールの日除けテントに集まっている女子が騒ぎ出した。
カエルぐらいで騒ぎすぎだろ……。
そちらの騒ぎで周囲の人間はみんな、テントの方に集中していた。
誰も、マキのことを見ていなかった。
「……おい、本当に大丈夫か? 潜って一回も出てきてないぞ」
みるみるうちに嫌な考えが頭を過る。
もし、まだマキが泳ぐのが苦手なら今かなり危ない状態だ。
この場でマキの弱点を知っているのが俺だけだとしたら……?
一瞬だけ、マキの手が見えた。
何かもがいているように見える。
「やっぱまだ泳げないのかよ!」
フェンスの網目に無理やり足を挟んで登る。
ちょっと歪みが出てしまうだろうが、今はそれどころではない。
フェンスの頂上から飛び込むようにプールへと入った。
ひんやりと冷たい水が全身に浸かり、一斉に水がなだれ込んでくる。目を開くと、そこには頬を膨らませて溺れかけているマキが居た。
クールな雰囲気はない。
良かった。意識がないとかじゃないっぽい。
腰に手を回し、一気に引き上げる。
水面から出て、プールサイドに連れていくと俺のことに気付いた。
「え……なんで?」
「怪我とかしてないか!?」
「う、うん……」
「はぁ~良かった」
肩をすくめて溜め息を漏らす。
唖然とした様子のマキが俺に手を伸ばしてくる。頬に手を置いて、微笑んだ。
「何で分かったの?」
「子どもの頃、溺れたのトラウマだって言ってただろ。泳げないなら無理すんなよ」
「……助けに来てくれたんだ」
あの場で、俺しかマキのトラウマを知らないからこそ動けた。
俺だから分かっただけのこと。ただそれだけだ。
「当たり前だろ。お前、今までどうしてたんだよ」
「見学してたけど、昔のことだから泳げるかなって思ったから」
「無理すんなよ、まったく」
「でも、また助けてくれた……」
ようやく落ち着いて、周りを見ると俺は女子たちに囲まれていた。
おふっ、これはもしかして怒られる奴では。
その後、生活指導室に連れていかれ事情を話すと厳重注意で済んだ。なお、女子からの評判は分からない。変態だと影で噂されるようになるのは間違いないだろう。
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