十九話『謎のじいちゃん』
昼休みに、教室の廊下で子どもっぽい声音の叫び声が響いた。
「釈然としない!」
唐突に、我が妹スズが怒鳴り声をあげる。
怒りに身を任せているようで、俺の話を聞く耳すら持たなかった。
「なんで私がくっ付けるはずだったマキ姉とお兄ちゃんが勝手にくっ付いてるわけ!?」
「いやだから、ちゃんと話をだな?」
「結構だよ。どうせ、誰かに入れ知恵されたんでしょ」
スズはあれから、ずっとこの調子だった。
取り付く島もなく、拒絶されていた。
スズが頑張ってくれたことは理解した。兄としては嬉しいが、今は恥ずかしいからやめて欲しい。
「とりあえず、飯食ってテスト結果でも見に行こうぜ、な?」
「ふんっそうやって話逸らすんだ」
「そうじゃないって、テストの順位が良かったら何か一つ言う事聞いてあげるから」
「ほんと!? よし、じゃあ見に行こう」
我が妹はチョロいのです……いや、ほんと俺の妹だってよく分かるよ。
マキにも声を掛けると、悄然とした様子で後ろを歩いてきた。
「何かあったの? マキ姉」
「いや……クラスの人たちがちょっとうるさくて……キ、キ、キスしたのとか……」
「ふーん。で、したの?」
「するわけないでしょ!?」
俺は何も聞いてない。反応しないぞ。
だって笑われるもの、周りの人から。
あれから、俺たちは廊下を歩くたびにニヤニヤとした表情を向けられることが多くなった。テツが裏で色々やったらしく、いろんな人が俺たちが恋人だと広まったのだ。
クラスの成績表が掲示さている廊下の通りまで来た。学年別に張られており、まず最も目に入るであろう先頭の方にはマキの名前がある。
「流石だな……俺も鼻が高いよ」
「そ、そう? えへへっ」
林間学習から俺たちは恋人関係になった、と思う。これと言って何が変わったわけではないものの、言うならマキの表情が壊れやすくなったことくらいだ。
成績は俺は五十位付近くらいか。普通だな。
確認し終わって、一年生の成績表に向かうとスズが上機嫌になっていた。
なんだ、成績良かったのか?
「どうだった」
「まっ今回は余裕だったかな~」
「ほう」
きっと、俺と同じくらいか。
そう思い、上から順に眺めていくも名前がない。ついに三桁の所まで目が流れてしまった。
あれ?
「スズ、お前の名前がないんだけど、何位だったんだ?」
「えーっと、まず成績順を逆から見て上の方だよ」
「つまり最下位だな?」
「どやぁ〜」
「なんでだよ」
下の方から数えた方が早い位置にスズの名前があった。
やはり、勉強をサボっていたことが響いている。しかしなぜ堂々としているんだ。
「勉強苦手だもーん。この前だって、二人でイチャついてろくに勉強できてないよ」
これは一種の諦めなんですね。
なるほど、と理解し「追試どうしよ」と悩んでいる妹を他所に携帯が鳴った。
「お兄ちゃん、誰から?」
「おっおばあちゃんだ」
素早く携帯を弄って、電話に出る。
「どうしたんだよ……じいちゃんが?」
電話の主のゆったりとした声が届いた。
そして、その一声に驚いた。
「じいちゃんが倒れた!?」
「うぇ!? お兄ちゃんどういうこと!?」
「ああ」や「うん」と相槌を打って、話の詳細を聞き終えて電話を切る。
大事になった、と内心で焦りながらスズに内容を話した。
「じいちゃんが倒れたから今週の休みに彼女連れて来いって」
「……あっうん」
「お前、もう少し焦れよ。じいちゃん倒れたんだぞ?」
「いや……たぶんそれ、嘘だよ」
俺は疑問に思って首を傾げる。
どういうことだろう。
「お兄ちゃん、よく考えてみてよ。じいちゃんが倒れたなら、『今すぐ来い』でしょ。なんでわざわざ休日に、しかも彼女連れて来いなんて言うの?」
「確かに……」
じいちゃんは遊び人な一面もある。だから、そういったイタズラが好きなのは知っている。にしても悪質な感じはするが。
「大方、私がおばあちゃんに話したの聞いたんだろうね。お兄ちゃんはマキ姉と再会したって」
「待て待て、本当だったらどうするんだよ」
スズはため息を吐いて携帯を取り出して、電話を始める。
「あっもしもし。じいちゃん? うん、スズだよ」
スズが俺に電話を渡してきて、耳に当てろと指示してきた。
言われた通り耳に当てると、聞きなれた声が響いた。
『おおー! スズか、元気にしとるかー! ワシは元気じゃぞー!』
「……じいちゃん」
『げっナオト!? あっやべ。ワシ今倒れてるはずなんだ』
このじじい……人を焦らせやがって。でも、イタズラならよかった。
ホッと胸をなでおろす。
「なんでこんなことしたんだよ」
『いやだって、最近孫の顔見とらんし。老い先短い後世なのに放置は酷くないか?』
「そりゃそうだけど……」
確かに、長いことじいちゃんには会っていない。
俺自身、じいちゃんは嫌いじゃないから会いに行ってもいいとは思っている。
『頼む! 後世のお願いじゃ、遊びに来てくれよ~』
「……分かったよ」
『そうか! じゃあ彼女も連れてくるんだぞ! 馴れ初めも聞きたいしの』
「はっ、おい」
電話を切られてしまう。
……スズに視線をやると、目を逸らされた。
こいつ、俺がマキに告白したの話しやがったな。
「私追試あるから行けないよ。行けたとしても一日遅れていくかな!」
「てめぇ……」
「マキ姉と行っておいでよ! お兄ちゃん?」
「連れて行かなかったらじいちゃんに怒られるの知ってて言ってるな?」
可愛らしく後ろに手を回して、スキップしていく。廊下の角を曲がろうとした瞬間、走り去っていった。
逃げやがった!
俺の後ろまで来ていたマキが、気まずそうに声を掛けてくれる。
「えーっと、ナオト? 何かあった?」
「あーその。今週の休日って空いてるか?」
「え、ええ。空いてるけど……で、デートする?」
仄かの頬を染めたマキに、事情を話したらじいちゃんの家へ向かうこととなった。




