十五話『不穏なスタート』
林間学習が、うちの学校では行事としてある。日帰りで年に一度、自分たちの力でカレーを作るというものだ。
その日は運悪く、曇りであった。太陽が隠れているせいで森林の奥は暗闇のようで、高木の茂みにはかすかに獣の気配も感じた。
そして、そのカレー作りの火起こしのために薪を集めていた。
「いいよなぁ、女子たちは準備の方で。俺たち男は山に入って薪集めですよークソ」
「女子と一緒になれないからって、そう捻くれるなよテツ」
「お前には言われたくねえな。この既婚者め」
「まだ結婚してねえよ……」
マキとの許嫁の話が広がってから、クラスの女子からは優しい目で見られるようになった。敵視されていると思っていた男子陣からは生暖かい目で、テツだけがこうして嫌味を言ってくる。
「で、実際のところどうよ。この前勉強会やったんだろ?」
「まぁ、スズのせいでデートにまで持っていかされたよ」
「スズ? あ、妹か。デートって随分と進んだな」
「強制的にやらせられたようなもんだ」
ふーん、と言われてしまう。
あれから発展したことがあるとすれば、俺がマキの謎の顔を知ってしまったくらいだ。
「あっキノコだ。これ食っても問題ない奴かな」
「アホかお前、そのキノコ毒あるぞ。何でもかんでも食うなよ」
そう言って、俺は山菜の一つであるたらの芽を手に取った。
これ、天ぷらにすると滅茶苦茶旨いんだよな。
「なんだよ、山には詳しいのか?」
「昔、マキと一緒によく裏山で遊んでいたんだ。その時に軽く勉強しといたんだよ」
「なるほどなぁ。遭難とかしたら、どうすんだ?」
「遭難か......そういえば昔、マキが遭難しかけたら木に傷跡を付けて見つけられるようにしたことがあったな」
懐かしいな。
「羨ましい奴め」
「いいから薪を集めろ。遊んでばっかだろ」
「へいへい。でも、遭難ね......使えそうだな」
「何を企んでる顔してんだよ、まったく」
*
必要な分を集めて俺たちはキャンプ場へ戻った。グラウンド並みに広い草原に幾つかのレンガ造りの屋根がある。
その下には炊事場があり、火を焚いて薪を燃やした。
「ナオト~、料理はお前だからな~」
「いいように使われている気がするんだが?」
「いいだろ別に。それより、今日は雨が降るみたいだぞ」
俺はテツや男子陣によって、マキは女子陣から推されて同じ班になっていた。
かくいうテツは女子たちから声を掛けられ舞い上がっている。テツを尻目に流して持ち場へ向かった。
「あの、薪が足りないので取ってきてくれませんか?」
「はい! もちろん!」
その光景に呆れているとマキが俺にエプロンを渡してくれた。
「お疲れ様」
「おう、サンキュー。料理か、久々だなぁ」
まな板の前に立ち、包丁を手に取る。マキが不安そうにこちらを覗いていた。
料理くらいできるっての。
「マキ、鍋の準備は?」
「出来てる。まだ玉ねぎとか野菜は切ってない」
「了解」
「ん」
マキが段ボールに入った野菜を持って、俺の隣に置く。
ジャージの長袖を捲って、軽く腕を伸ばし準備運動をする。
ざっと三十人分くらいか。調味料もあるな、よし。
手頃な野菜を手に取り、玉ねぎは薄く切りニンジンは乱切りにしていく。ナスやトマトも同様にだ。
「フライパンは……助かるよ、マキ」
「準備してある。炒めたらそのまま鍋に入れて」
「おう」
欲しい調味料があったら、手を伸ばせばマキが渡してくれる。俺もマキが必要だと思う物を理解し、瞬時に動いた。
俺たちは阿吽の呼吸で料理していた。お互いのことをよく知っているからこそ、出来る芸当。
外野が何やら騒がしいな。
「えっと、思ってたのと違う」
「もっと不器用な二人を見れると思ったのに……」
「手際よすぎるね、年長夫婦かな」
おい、やっぱり策略か。
ふっそう簡単に辱められると思うなよ。伊達に鋼の心は持ってないんだぜ。
「えーっと、塩は確か」
「あっ」
偶然にも、俺とマキの手が重なる。
咄嗟に引っ込めたものの、マキが照れた様子が可愛くて見とれてしまった。
一緒に暮らしたい。
自分の失言を思い出してしまう。
「ど、どうぞ」
「え、ええ」
ゆっくりと差しだす。
鈍い動きで受け取り、料理に戻る。
それから数秒後、水で浸したボウルを捨てようとしたのかマキが躓いてこぼした。
「……大丈夫か?」
「え、ええ。ごめんなさい」
手を差し出すと、俺を支えに立ち上がる。
そのまま離そうにも、マキから離れようとはしなかった。
は、離したくない。
「「「ひゅぅ~ひゅぅ~」」」
クラスメイトから茶化される。
めっちゃ恥ずかしいなおい。
仕方なく離れるも、それからの料理は順調とは言えずミスが連発した。
唐突にマキを意識するとこんなにも調子が狂うのか、俺。
「マキさん大丈夫?」
「ちょっと手元が狂っただけ、気にしないで」
カレーの鍋をかき混ぜながら、マキの方を眺めた。
女子たちに囲まれて心配されている。これが人望か。
確かにマキは表情の起伏が乏しいから分かりづらいけど、根は優しいってみんな知ってるみたいだ。
「あれ、そういえばテツがまだ戻ってきてないな」
あいつ、さっきキノコ食べようとか危ないことしてたよな。
……心配だ。かといって持ち場を離れる訳にも行かないしな。
「マキ、よかったらテツを呼んできてくれないか? 雨が降ってきそうなんだ」
「テツ? ああ、ナオトの友達の人ね」
「薪を取りに行くって言ったっきりで、まだ帰ってきてないんだ」
「ん、分かった」
背を向けて、森林の方へと足を進めていく。
雨が降ってきたら流石に危険だ。遭難なんてなったら大事だしな。
それと入れ替わるように、クラスメイトの女子が俺に話しかけてきた。
「ねぇねぇ、ナオトくんってマキさんとどこまで進んだの?」
「どこまで……?」
「キスとか添い寝とかしたんでしょ!?」
「キス!? 添い寝!? し、してないけど!?」
「えー、嘘は良くないよ。テツくんが言ってたもん」
なるほど、やけに女子の視線が怖いと思ったら恋バナの話を求められているようだ。
あのままキノコ食わせておけばよかった。テツの奴、帰ってきたら覚えてろ。
すると、空からポツポツと雫が落ちてきた。
「もう降ってきたのか、最悪だな」
屋根の下に生徒が集まり始め、密集する。
そろそろあの二人も帰ってくるかな。
「ひぃ~、冷てぇ」
「……え?」
「あんだよ、俺の顔になんかついてるか?」
「いや……そうじゃないけど」
俺の隣にはさも当然のように、テツがいることに驚いた。
だってお前。
「――――薪を集めたんじゃ?」
「あぁ、他の班から余ってるって聞いてそっちから拝借した。あとはずっと遊んでたんだよ」
「じゃあ……」
おい、この雨に、一人でマキは森の中か?
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