十二話『プールの中で』
その後、俺たちは移動して温水市民プールへ到着していた。子どもや大人に混じり、着替えを済ませた。
着替え所を出ると、男女が多く、キャッキャウフフと騒がしいプールが広がっていた。そんな中、野外に設置されているウォータースライダーを背景にしてスズとマキに合流する。
「……どう、かな?」
「完璧」
「ありがとう……」
お洒落な花柄のレースがミニスカートのようになっていて、胸の大部分を白の水着だ。黒髪に白い水着姿の美少女。控えめな胸が強調され、不思議と大きく見える。
思わず親指を立てていた。
「さぁお兄ちゃん! 準備はできてるよ!」
「おい、お前はなんで学校の水着なんだ」
別行動をしていたスズは水着を買っておらず、学校のスクール水着だった。時折出る雑な性格を見るたび、兄弟なんだなと思う。
「え~? 面倒だったんだもん」
「少しは女の子らしくしろよ。お前だって可愛いんだから」
「そこまで期待されるなら次はちゃんと用意しておくよ」
そういう所が子どもっぽいんだ。スズは見守ってないと、危なっかしい感じがしてお兄ちゃんとしては怖い。
って、突っ立っても仕方ないな、さっさと泳ぎの練習を始めよう。今日はマキのために来たんだから。思い立って行動に移した。
「なにこれ、意味ないんだけど」
俺とマキは、スズを挟んで手を繋いでいた。
か、間接的に手を握っている。さっき死にかけたから、俺は学習した。偉い。
「俺に任せてくれ、泳ぐ練習は教えるから」
「いやあの、私の手を握って言わないでお兄ちゃん」
「ん、お願いする。弱点はなくしたいから」
「いやだから、私を通して会話しないでくれる?」
スズが半眼でこちらを見据えてくる。
なんだよ。
「お兄ちゃん、これは泳ぐ練習だよ?」
「お前にはさっきの前科があるからな、またどっか行かれると困る」
「せっかく気を使ってあげてるのに。仲良くなりたくないの?」
「……それもそうだ。悪い」
分かっている。少しでも親密になってマキの好感度を上げたいさ。
覚悟を決めなければならない。
スズの手を放し、わざと遠くを見て気を逸らした。直前まで気にしないようにしよう。
*
プールに入って俺はマキの手を支えながら、ゆっくりと引いている。他の人たちはある一定の距離保って、なぜかこちらを保護者のように眺めていた。
周りの目が優しいのはなぜだろう。
「お兄ちゃん、どうよ」
「順調、かな」
パタパタと不器用に泳ぐマキに、微笑ましくなる。
可愛いって言いたいけど、マキの場合は美人って言った方が喜ぶんだろうな。
「見てるだけってつまんないね」
「ウォータースライダーでも乗ってきたらどうだ?」
「いいねそれ!」
「あっでもやっぱ俺たち二人になるから待って――――無視したな」
俺の静止も聞かず、スズが駆け出して行った。何が何でも俺たちを二人っきりにしたいらしい。
言い出すんじゃなかったと後悔しても、もう遅い。濡れ姿のマキに問いかけた。
「休憩するか?」
「も、もうちょっと頑張れる」
肩を大きく揺らして言うセリフとは思えない。
これは無茶してるな。それくらい俺にだって分かるさ。
手を離すと、名残惜しそうにされた。
「私、やっぱり泳ぐの苦手」
「そうか? 確かにマキは完璧だと思うけど、俺にとっちゃこうして教えられるっていうのは嬉しいんだ」
「……私もナオトと一緒に何かできるのは嬉しい。もしかして、一生克服しない方がいい?」
「それは流石に。マキの願いを叶えるために今日来たし」
「そうね」
「オーライオーライ!」
他の客がボールで遊んでいたようで、こちらに背を向けてバンドさせる。俺も気付かず、唐突にマキが俺に抱き着く形になった。
「ご、ごめんなさい」
「だ、大丈夫」
女性の肌とは男とは違って柔らかく、温もりがあった。
突然のことで、マキが嫌がっていないか確認しようにも胸板に顔をうずめていた。
「うへへっ……うへ」
「ま、マキ?」
「ナオトの胸板~……はっ!」
「ど、どうしたんだ?」
凛とした表情に戻し、依然として立つ。
顔がトロンとしていた気がする。見たことのない表情だ。
「何でもない。何でもないわ」
「いやでも、なんか様子が」
「太陽の反射ね。水面に光が反射して幻覚が見えたのよ」
「そ、そうか」
マキがそう言うなら信じる。
てか、さっきのハグじゃん。マキの抱き心地、すげえしっくりきた。なんていうか、落ち着く。
……とりあえず、マキの様子が変だから休憩だ。
「ほら、休憩しようぜ」
「まだできるってば」
「頑固だな。足震えてるのくらい、気づくぞ」
マキはプールに入ってから、震えているのが伝わってきていた。本当は泳ぐのが怖いんだ。
だが、必死に気丈に振舞う姿が健気で言えなかった。
「き、気づいてたの」
「当たり前だ。俺はしっかり見てるからな」
「う、うん......ありがとう」




