一話『幼馴染の顔がふにゃける』
短編の少し前からです。
一話と二話は丁寧にやってます。
俺には芹澤マキという幼馴染がいる。クールで勉学運動ともに完璧。まず名前を聞くだけで、学校の人間は美少女という単語を思い浮かべる。
人を寄せ付けない雰囲気を放ち、告白した人間は百パー断られる。その所以から氷の女王と呼ばれたりもしていた。
誰にも心を開かない絶対の女王、それが十年以上離れていた幼馴染だ。
「……」
「……なんか睨んで来るんだけど」
「お前なんかやったんじゃねえの」
「さ、さぁ」
俺は芹澤マキによく睨まれていた。
しかし、これは今に始まったことではない。
実は俺とマキは幼馴染だ。父親が証券関係の仕事で失敗して一文無しになり、隣り合わせだったけど引っ越しを余儀なくされ、疎遠になってしまった。
偶然にも高校が一緒になって、一年の頃は違うクラスだったから会話もなく過ごしたけど、二年で同じクラスになり席がほぼ隣になった。
「まぁ、女王は男嫌いって噂だしな。お前だけじゃねえから安心しろ」
「そ、そうか。ならいいんだけど」
本当にそうかもしれない。毎日、朝昼と睨んで来るのは気のせいだよな。
あっ……もしかして、俺と幼馴染ってこと知られるのが嫌なのか!?
でも俺の思い込みかもしれないから聞くしかないけど。
「なんて声掛けたらいいんだ」
分からん……マキは俺のこと嫌いなのか?
*
放課後、俺は日直である程度の仕事を終えて帰る所だった。
「帰るか」
教室を出て階段に差し掛かるタイミングで人影とぶつかる。
その時、咄嗟に手を伸ばした。
「「っ!?」」
相手はマキで、その背後には階段がある。
このまま転び落ちたらマキに怪我を負わせてしまう。
咄嗟の判断で、俺はマキを抱き階段にある手すりに手を伸ばした。
「あっぶね!」
一瞬だけ冷や汗掻いた。マキを怪我させるなんて絶対に嫌だから。
良かった、転ばずに済んだ。ナイス俺、よくやったぞ。
「大丈夫か、芹澤」
「え、ええ。ごめんなさい、私の不注意だった」
「俺も悪いから気にすんな」
「あの……できればその、離して……欲しいかも、しれないのだけど、離さなくても……別にいいけど……その」
しっかりと腰に手を回し、自分の方に抱き寄せていたことに気付いた。
柑橘系の香りが心地よくて気付かなかった! でもなんだろう、抱き心地に違和感がない。全然拒絶もされなかったし。
「す、すまん」
「ん……」
手放すと名残惜しそうな顔をされた。
ぎこちなく、気になっていたことを聞いてみようと口を開いた。
「久しぶり、だな」
「そうね」
数回だけ話したとは言っても簡単なもので、こうしてちゃんと話すのは十年ぶりであった。
だから俺は勇気を出して、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「……あのさ、もしかして芹澤は俺と幼馴染ってことクラスに知られたくないのか?」
「どうしてそう思うの?」
「だって、いつも睨んで来るからさ」
「睨んでるってどこが?」
「え?」
「ほ、微笑んでいたつもりだけど……」
あれが!? と思わず口から漏らしていた。すぐさま口を閉ざしても遅い。マキは肩を震わせている。
お、怒ったかこれ。
「睨んでるって思ってたの……? だから、話しかけてこなかった?」
「い、いや別に話しかけなかったのはそれが理由じゃないんだ」
「何が理由なの?」
声が震えているマキに、続ける言葉を悩んだ。
そうだよ、俺みたいな平凡で地味な人間が学校一の美少女に対して話しかけたことに怒ってるんだ。
きっとそうだ。
「芹澤が、俺のこと嫌いなんだろうなーって」
実際、マキにはそう言った類の噂がある。野球部、テニス部、サッカー部の部長たちがこぞって告白しても惨敗。男を寄せ付けない風格もあって男子は嫌いなのだろうという噂だ。
「芹澤じゃない」
「……苗字変わった?」
「名前で呼んで」
俺は馬鹿だ、苗字変わってたら気付くだろ。
そういえば子どもの頃はマキって呼んでいた。数年ぶりとは言え、今のはいくら何でもよそよそしかった。
「マキ……」
「……ん。あと、嫌いな訳じゃないから」
「嫌いじゃない?」
「ええ、嫌いじゃない」
「そ、それなら良かった」
意外だった。どうやら幼馴染であることが嫌という話ではなさそうだ。
ほっと胸をなでおろすと、何処かションボリとしているマキが居た。
「体調でも悪いのか?」
「いえ……その、私不器用なんだなって」
「気にすんなよ。俺も妹に天然とか、鈍感ってよく怒られるから」
「……そう」
実際マキはかなり不器用だと思う。だって、睨んでたのを微笑んでいたとか……まぁ、そこも可愛らしいのだけど。
「待てよ。つまり、今まで睨んでたのって俺に微笑んでたってことか?」
「そうよ……へっ!?」
一瞬にして頬を朱に染めて、すぐにマキの様子がおかしくなる。そして裏声で続けた。
「別に見惚れてたとかじゃなくて、教科書いいなーって眺めてたの!」
「お前も同じの持ってるだろ……」
「そうだけどっ! だから、そうじゃなくて、ううっ……!!」
マキって、子どもの頃よりも不器用さが増してないか。
確かに、昔よりも勉強や運動は完璧になっている。でも、なんつうか、性格が難儀になってる。
誰だよ、こんな風にマキを変えた奴、許せねえよ。
「意地悪……」
なんで……?
目尻に涙を貯めて上目遣いをされてしまう。時折、ボロッと見せる弱さはどうにも変わっていないらしい。これがマキの可愛い所の一つだ。
「まぁマキが俺のこと嫌ってないならいいんだ」
「ナオトは、私のこと嫌じゃない?」
「嫌いだったら話しかけないだろ、出来れば前みたいな関係になれたらいいなとは思う」
友達以上で、親友みたいな関係だった。
なんでも話せていたし、秘密も全部共有していた。
でもそれは子どもの頃の話で、今はお互いに違う場所に立っている。俺は平凡な高校生として、マキはみんなの憧れだ。
「じゃ、じゃあ……もっと話しかけてもいい?」
「お、おう」
「ふへっ」
あ……ん? 今顔が一瞬ふにゃって歪まなかったか?
気のせい……か。だって今は凛とした顔立ちだし。
「私帰るから」
「悪いな、引き留めて」
「いい。じゃ、また明日」
そう言って、マキは背を向けた。マキの周囲には橙色の暖かいオーラが見えた。
【――お願い――】
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