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006 ワニさん

2020/12/10 種族表現、言語の扱いに関する部分を修正

 そう、耳……

 よく見れば、兎だけではない。猫、熊? それに犬。他にもよく分からない長く垂れ下がった耳や牛柄の耳を生やしているものもいる。

 作り物ではなさそうだった。作り物であるならばそれはそれで未知の文化様式だと感嘆してしまうが、生来のものであるなら驚きもひとしおである。


 そもそも、髪の色も服装と同様、かなりのばらつきがある。

 黒、茶、金のような馴染みのある色に始まり、赤、銀などの日本では少数派の色。そしてピンク、緑、青…… 例えば青ひとつ取っても、はっとするような青から落ちついた深い青までさまざまだ。あるものは輝く花のように雨粒を反射させてきらきらときらめき、あるものは水底に沈む難破船の財宝のように鈍く光を吸い込んで揺らいでいる。

 髪の途中で色が変わっているのは元来そういう種族だからなのか、染めているからなのか。根元まで完璧に単一色なのは地毛であるからだろうか?


 なんの動物耳もついていない、自分と同じ、人間に見える種族だってもちろん沢山歩いているが、やはり頭上の耳を持っている人々も相当数目に入る。ちなみにそんな彼らには、人間と同じ形の耳も一緒についている。

 うーん。これは、どう考えればいいんだろう?

 それに…… 


 思いつつ、ゆっくりともう一度、全体を見回す。

 そこで、やっぱりそうだよなと再認識。服装だけを見ていた時はよく見えていなかったけれど、髪だの耳だの細かな部分に注目し始めるとやはり、気付かざるを得ない。


 明らかに耳とかいうレベルではなく人間っぽくない種族たちも十分沢山歩いている。


 カンガルーっぽい人。便宜上、人と呼ぶ。少し小ぶりな体躯だ。「とっとっ」と意外に静かな音で、規則的かつ特徴的な移動方法。赤いサリーのような服がお洒落である。

 レッサーパンダっぽい人。……多分レッサーパンダに似ていると思う。髪の上にもふもふの耳が見えているのではなく、もう完全にレッサーパンダそのものの顔に当然のようにレッサーパンダそのものの耳がついている。短めの足にジーンズのようなパンツ、ツートンカラーの毛に覆われた上半身を堂々と晒し、愛嬌のある顔に似合わずワイルドなスタイルだ。

 蛇っぽい人。ただ、大きな、蛇である。尾というのだろうか、しっぽに相当する部分をゴージャスな扇に巻き付け、器用に顔部分を扇ぎながら人力車に揺られて目の前を悠々と通り過ぎて行った。大きな首がゆっくりと動いて黒い目が街を見渡す。威厳がすごい。貴族だと言われても納得だ。


 とまあこんな具合に、よく見ればそういった未知の種族が当然のように行ったり来たりしているのである。

 知らない形の人たちも一度きちんと視界に入れれば、全体がすんなりとよく見える。攻撃的な様子はない。楽しげな大通りだ。


 うーん、なるほど。いよいよこれは夢だな。

 私がそうして、多少呆然としつつも消極的な理解を深めたその時だった。


「っ!」

「おっと」


 小さくはない衝撃によろめき、次いで頭の真横で声がして、思わず路地の中に後ずさった。

 もっともっとと体を伸ばし過ぎて、思っていたよりも大通りにはみ出してしまっていたらしい。誰かにぶつかってしまったようだ。


「申し訳ない。お怪我はありませんか?」


 深い声がする。

 多少掠れてはいるが、ゆったりとした落ちついた響きだ。


「いえ、こちらこそ……」


 慌てて体勢を立て直し、相手を見やった。


 ワニだ。


「…………周りを見ておらず、失礼しました。申し訳ありません。そちらこそお怪我は……」


 不自然な間は空いたが、このくらいは許して欲しい。どうにかこうにか、ほとんど無意識に丁寧な台詞が言えただけで褒められて良い。

 僅かに目を見開いたように見えた相手方は、それでもすぐに私の謝罪に応じてくれた。


「いやなに、お互いさまです。しかし私の方が種族的に頑丈です…… 本当にお怪我はありませんかな?」

「いえいえ大丈夫です、そこまで酷くぶつかった訳ではありませんから」


 若干傾いた眼鏡をさり気なくなおしながら笑顔を見せると、ようやくワニ…… 呼び捨てにするにはあまりにも紳士なワニさんは、朗らかに頷いた。


「なによりです。では……」


 そう言って艶々と光る黒いステッキを少し揺すり、悠然と歩き出すワニさん。同じく光沢を放つタキシード、深緑の蝶ネクタイが目の前を通過する。大きなしっぽの鱗が日差しを浴びて煉瓦の上に影を作り、ゆらゆらと遠ざかっていくのを私はじっと見つめていた。


 ワニさんは、どう見ても着ぐるみなんてものではなく、確実にワニ寄りの生き物であった。

 本人も、種族的に…… などと口にしていた以上、それはほぼ間違いないことだろう。あの迫力のある口に、こちらを見下ろす縦に大きく割れた瞳孔は、私の逃亡欲求を際限なく煽ってきてもおかしくなかった。しかし、そうはならなかった……

 徹頭徹尾極めて人道的であったし、一切の攻撃性を感じなかったからだ。


 それに。

 驚いたことに、言葉が通じた! さて通じたと言って良いのかはわからない、不思議な感覚であったが。

 ーーあの口や、何処にあるのかもわからなかった咽喉から、どうやって発声しているのかは分からなかったが、ワニさんは確かに私の知らない言語を喋っていたと思う。しかし、内容を理解することができたのだ。

 私は私で、いつも通りに日本語を喋ったのだが、ワニさんとは会話の共有が成功した。彼も私と同様の名状し難い感覚を覚えながらのやりとりであったのだろうか?


 私は日本語以外の言葉をろくに知らない。

 受験英語は受験が終わると共にほとんど脳裏から消えてなくなり、残っているのはメディアやエンタメ作品に出てくる超基本的な単語や文法だけ、大学の第二外国語、フランス語は今では四から先が数えられない体たらく。

 やはり私の夢だから、翻訳機能をもってストーリーが展開してゆくのだろうな。

 折角ヨーロッパに似た街並みなのだから、私の脳ももう少し気合を入れて、二つ目の言語を手足のように操る自分を演出してくれても良さそうなものである。


 そうか、しかし、ワニさんとお話をしたのか。

 手、ちょっと短めでステッキを持つシルエットが決まってた。夢にしても得がたい体験だった。


 まさにここは種族の坩堝。麗らかな、春に似た季節の一幕であった。

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