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005 春の雨と路地と大通り

2020/12/09 異世界の文字に関する部分を修正

 しばらく立ち竦んでいた。

 明るい。その上、雨が降っているらしい。いつの間に。

 もう夜が明けたのだろうか。なんの前触れもなく、唐突に。


 雨、暑気の掻き消えた周囲の気温も相まってまるで春雨のように思えるが、その音のない小雨が落ちる微かな感覚が腕を打つ。

 それに、ここは、どこだ?

 霧状の水滴によってぼやけるレンズ越しの視界から逃げるように再度振り向き、元々進んでいた方向に目をやれば、道である。ただし、極めて重厚な意匠の。


 生ぬるく澄んだ穏やかな光にけぶるように浮かび上がっているのは石造りの建物だ。どうやら地面も石らしい。いや、煉瓦だろうか。

 色相、明度、彩度の微妙に異なった美しいオレンジ色たちが、まるで谷底を流れる川のように滔々と、歪に、ところどころは規則正しく並びながら視界の奥へと続いている。

 どうやらここも路地のようなところであるらしいが、数秒前まで自分が進んでいた銭湯とコンビニに挟まれた現代日本らしい裏路地とは似ても似つかない。室外機やら電柱やら、放置されたままの錆び付いた自転車やらは跡形もなく消え、代わりに石を組み上げて作られた二、三階建ての建物群が出現している。

 ガラスの嵌め込まれた窓は分厚そうで、屋内はよく見えない。時代がかった作りは歴史のある銀行なんかが採用するものではありそうだったが、これはとてもそんな規模ではない。


 確かにあの、鳥を追った道は初めて通る路地ではあったのだが、まさか一歩進んだだけでここまで景観が変わることはないはずだ。

 両側にそびえる石壁の圧迫感が少し恐ろしかった。


 もう一度、体の向きを変える。

 どうも数メートル歩いたところで切り落とされるように路地が終わり、大通りらしき場所に出るのであろうことがうかがえた。

 陽光が雨に反射し、何十もの膜を作るその向こうに行き交う人々の影がちらほらと目に入るし、足音や話し声も微かに聞こえている。

 コンビニは、駐車場はどこだ。歩いてきた道はもはや確実に消失している。どういうことだろう?


 もう一度自問する。


 ここはどこだ……?


 夢だろうか。そうだとしたらどこからが夢なのだろう。

 もしかしてあのコンビニの横でまた転倒ーー石に躓いたとかの偶然のアクシデントに引っ掛かり、昏倒しているとか。

 それとも家を出た時点で既に夢だったのだろうか。そう言えば追いかけていた鳥も、一般的とは言い難い不思議な動きをしていた。それはまあ、私が詳しくないだけかもしれないが……


 夢ならば、そんなに警戒することはないかもしれない。そう思い、私は一度眼鏡を外し、Tシャツで雨粒を拭うと、もう一度それを掛け直した。当然のように、依然風景は見知らぬ場所のままだ。

 そろそろと足を踏み出す。

 コンクリート敷とは異なる歩き心地だ。スニーカーでなければ、或いは雨でなければこつこつと小気味良い音がするだろうが、実際には弾けるような細やかな水音が足を這い上がってくる。細い路地の終わりまで辿り着く。あっという間だった。眼鏡もそれ程濡れていない。Tシャツもジーンズも、同様だ。

 さて、路地から恐る恐る首を突き出す不審極まりない私は、目立ってしまうだろうか。夢の中で用心するのも馬鹿らしいが、あまりにはっきりとした感覚が私を慎重にさせていた。


 最初に、開けた視界に快晴が映った。

 さらさらと降る雨の向こうに、爽やかな日差し。きつねの嫁入りというやつだろうか、どうりで雨なのに暗さを感じなかったはずだ。

 次に目線を下にずらし、タイムスリップの夢なのだろうかと疑った。

 安易な推測だが、まるで中世のヨーロッパのようだと思ったのだ。中世がどういう時代区分を指しているのかさえ歴史を真面目に記憶していない私には不明確だが、要するに、シャーロック・ホームズが活躍していそうな街並みだったのである。


 路地がそうだったのであるから当然のことかもしれないが、大通りも石造りの建築物によってその両側を固められている。

 店のようなものもあり、ドアに取り付けられたベルの音が時折響く。中には看板が出ているところもある。手芸、用品店に、文具店……

 道の幅は、二人乗りの人力車が楽に数台横に並べるくらいである。そう、人力車。当たり前のように、人力車が走って、いや歩いている。とてものんびりとしたスピードで、観光地と言うよりはテーマパークのテンポ感だ。


 テーマパークという考えは、私を少し楽にさせた。夢の中で遊びに来ていると思えば、強い警戒など必要ないだろうか。

 もう少し身を乗り出して、次に目の前を通り過ぎてゆく人々を観察する。混みすぎもせず、かと言って寂れてもいない。通りの幅に対して程よく賑わうその場所に、色々な姿かたちの人間が歩いていた。


 例えば、結婚式ーー自分の式などというものはもちろん、この歳になって他人の式にも一度も出席したことがないので完全なイメージではあるのだが、そういった場面でしか目に出来なさそうな、長い裾に装飾の施されたドレスのようなワンピースを着た女性がいた。

 もっと軽やかで簡単な、短めの裾を翻して歩くものや、私立女子校の制服のようなクラシカルなスカートを揺らしているものもいる。民族風の巻きスカートやこれから狩猟に出かけるような勇ましいブーツのパンツ姿も目に入る。


 男性はこれよりはバリエーションが少ないようではあるが、古風なスーツに似たシルエットや極端な薄着のもの、ローブというのかまるで魔法使いのようなマント、なんと甲冑を着込んでいるものまでいる。いや…… 甲冑に関しては顔は見えていないわけで男性とは限らないか。

 とにかく「洋風」としてしかくくれない多様性である。自由度が高い。

 色や柄も落ち着いたものが多数派のようだが、奇抜なものも決して少なくはない。服飾、顔の造形それぞれで男女の別も今まで私が生きてきた街に比べるとはっきりとはしていないものが多い。いかにも上背のある男性が幾人も、たっぷりとした布のスカートを颯爽となびかせている。


 ただ…… 甲冑は一先ず棚に上げるとしても、これら服装の幅の広い種類だけなら大都会の繁華街では有り得るレベルなのかもしれない。しかし、決定的に見慣れない部分がある。


 多様性を抱えているのは服装だけではなかった。

 しばらく目で追ってみたが、間違いないように思える。


 飛び跳ねるように走って来て、私の眼前を通り過ぎて行ったあの少女の頭から生えているのは、あれは……


 兎の耳…… だよな……?

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