1周年記念小説
ある朝、事件が起こった。
その朝はいつも通りの平和な景色だった。小鳥はさえずり、柔らかな朝日が町を照らす。
「……うぅ、」
和人は朝の早い時間に起きた。まだ時刻は5時半くらいだろう。
朧気な意識をだんだん覚醒に近づけ、隣の千華を見る。
「えっ……?」
和人はそこで違和感に気づく。驚きのあまり、ガバッと起きてしまう。
「なんで俺の体がそこにあるんだ……?」
和人の隣では和人の体がすやすやと眠りこけていた。
「えっ、どういうことだ!?なんで俺が俺の体を見て……ってなんか俺の声、高 ……」
最初は自分の体をなぜか自分が見ていることに困惑していた。まるで三人称視点のように。
だが、困惑の対象はそこから自分の声に移動していた。
「それに、よくよく見たら寝巻きは女性ものだしなんか胸膨らんでるし……」
和人はそこまで言ったところで視界の端にうつる茶色の髪を捉えた。
「これってもしかして……」
和人はある1つの可能性が頭に浮かんだので、その確認のために慌てて自分のスマホのカメラを起動する。
「やっぱり……俺、千華になってる……」
和人は自分が千華になっていることに気づき、顔を青くする。
「なんで千華になってるんだよ!?昨日まではちゃんと俺だったのに!えっ、これどうすれば戻るの!?」
「んぅー……朝からうるさいわよあんた。どうしたの?」
和人が今のありえない状況に困惑していると千華(和人の体)が起きる。
「なんで私が目の前にいるの?ってか声低……」
千華が自分の異変に気づき始める。
だんだん意識がはっきりしてきたのか、千華の顔が少しずつ固まっていく。
「えっ、えぇ!?なんで私が和人になってるの!?これ夢……じゃないのね。」
手鏡を見て、さらには自分の頬をつねった千華は、現実を受け入れた様子で沈んでいた。
「なんでこんなことになってるのかしら……昨日までは普通だったのに。」
「俺もわからない。なんでなんだろうな?」
「あんたにも覚えはないのね。」
千華はため息をつく。
「とりあえず着替えましょうか。」
「だな。」
和人は仕方ないといった様子でボタンに手をかける。
「ちょっと待ちなさい、あんたに私の体を見せるわけにはいかないわ。あんたは目を瞑ってなさい。」
「あぁ、そうなのか。それじゃお願いするな。」
和人は目をつぶって千華のされるがままになっていた。
「……なんか変な気分になるんだけど。こうして目をつぶって千華に脱がされるのは。」
「私も薄々気づいてたから言わないでくれる?実感したくない。」
ごそごそと和人の着替えを担当している千華は、そんなことを言いながらもテキパキと和人に制服を着せていく。
その顔は早く終わらせたい一心であった。
「よし、終わったわよ。」
「おぉ……なんか変な感じだな。下の方スースーするし。」
「しょうがないでしょスカートなんだし。そんなに不満言うならタイツはく?」
「そうだね、そうしたいな。」
「それなら少し待ちなさい、タイツ出すから。」
そう言うと、千華はタンスからタイツを取り出す。
「じゃっ、目つぶりなさい。」
「あっうん、わかった。」
和人は再び目をつぶる。
「まずは右足あげなさい。……次は左……はい、終わったわよ。」
「ありがとう千華。」
和人は笑顔でお礼を言う。今は千華の体なため、とても可愛い笑顔であった。
「……あんた私の体であんまり笑顔にならないでくれる?なんか違和感がすごい。」
「?、そうか?千華ってわりと笑顔になってないか?」
「いやなってないでしょ。そんなことより私の着替えやってよ。」
「んっ」と腕を広げて着替えを要求してくる千華。
「えっ!?」
「えっ!?じゃないわよ。私あんたの裸とか見たくないし、目つぶってるから着替えさせてよ。」
「そっか、わかった。」
和人は快く了承すると千華を着替えさせる。
上とズボンを脱がせる。そこから制服を着せていく。
(なんか変な感じだな、自分の体を別の視点から見るのって。傷も結構あるな……俺ってこんな痛々しい体してたんだな。)
和人がぼんやり考えながら千華のベルトを締めていると、突如として襖が開く。
「おはよーなんか早く起きちゃった……って2人ともなにしてるの?」
葉月は部屋に入るなり頭にはてなマークを浮かべる。
次の瞬間、ハッとした様子で、
「もしかしてエッチな事しようとしてたの!?」
最悪な勘違いをぶつけてきた。
「いや、違うからな!ただ千華を着替えさせてただけだ!」
「なんで千華が自分の事を言ってるの?口調も違うし。」
「先にちゃんと話した方がよさそうね。いい、よく聞いて__」
困り顔の葉月に、千華がこの状況を説明する。
葉月は千華の説明を頷きながら聞いていた。
そして、聞き終わると、
「なるほど……今2人の中身は入れ替わってるんだね。にわかには信じられないけど。」
今起こっていることを確認する。
「俺らだって信じられないよ。朝起きたらこうなってたんだし。」
「まぁ、そうだろうね。」
葉月は苦笑して和人たちを見る。
「ひとまず戻るまではそれぞれになりきって生活した方がいいと思うよ。」
「そうね、家ではこんな感じでいいけど学校ではバレないように尽くさないと。」
「だな。さっ、朝ごはんの準備しよ。」
「切り替え早いわね。」
和人は朝ごはんの準備をしに台所へ向かう。
そして、そこから10数分も経つと美味しそうな匂いが台所を、居間を支配する。
ごはんがもう少しでできるところで元気のいい娘が勢いよく来る。
「和人くん、今日のごはんはなんですか!?……って今日は千華ちゃんが作ってるんですか?」
勢いよく登場してきた金髪娘、ティタニアは、千華の体(中身は和人)を見て首を傾げる。
「姉さん、朝から騒いじゃ駄目だよ。って先輩は今日風邪でもひいたんですか?」
遅れてきたアンヘルもまた、首を傾げる。その顔は和人を心配したものだった。
「朝からうるさいわよティタニア。おはようアンヘル。」
「えっ……和人くんの口調が変わってる!?どうしたんですか!?そんな女の子みたいな口調になって……どこか打ちましたか!!?」
ティタニアはパニクって和人の体(中身は千華)に掴みかかる。
「ちょっ、待ちなさい!ちゃんと理由話すから!」
ティタニアに体を揺らされ慌てる千華。
その数秒後、ようやくティタニアから解放された千華が朝起きてからの状況を話し始める。
「えっ!?2人が入れ替わってるんですか!?……確かにそう考えれば口調が変わったことにも納得しますね。」
「まだ治す方法がわかってないんですよね。かなり大変だと思うので私もできることは何でもしますよ。」
「ありがとう、アンヘル。」
「……言われてから気づいたんですけど、確かに2人の魂の色がそれぞれ逆になってますね。」
「そうだ、ティタニアの能力で俺たちのこと深く調べてくれないか?なにかわかるかもしれないし。」
「そうですね、それでは早速………」
ティタニアは目を凝らして和人と千華を見る。
「……駄目ですね、他の異常はみられないです。無理やりあげるとすると、文香さんが中身和人くんの方に抱きついてるぐらいですかね。」
「なんで抱きついてるんだよあの人は!」
和人は自分の母親の霊体に抱きつかれてる状態に思わずツッコム。
「大体いつも抱きついてますよ。本人いわく、子離れできないそうです。」
「……日記に書いてあった通りになってる。」
ティタニアからの言葉に和人はため息をつく。
「ひとまずはそのままで生活するしかないですね。私もサポートするので。」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。さっ、ごはんにしようか。」
和人は柔和に微笑むと、朝ごはんをテーブルに並べる。
そして、ティタニアが目を輝かせながらも、みんなでいただきますをして食べ始める。
「いい、学校ではみんなの話にあわせてよ?たとえわからない話題でも適当な相づちをうってよね。」
「あぁ、わかってる。そっちも頼んだ。」
和人たちは今、学校に行くための電車に乗っていた。この時間帯は通勤や通学のために多くの人が乗っていたが、彼らはなんとか席を確保できたようだ。
「ハッ、誰にもの言ってるのわけ?言っとくけど私はあんたよりこういうの得意だから。」
和人の言葉に千華は自信満々に返す。いつも人前では仮面を被っているが故の自信だろう。
「千華は私たちがサポートできるから大丈夫だけど、和人は冬ちゃんだけで大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。」
葉月の心配する声に、冬は柔らかく反応する。
冬もまた、和人と千華の事情を知っている人物であった。
「私が和人と一緒にいればいいんだし。色々とやれることは多いと思うよ。」
「冬がいてくれてよかったよ。俺1人だと絶対ぼろ出るだろうし。」
「どんどん頼ってね和人。」
冬の頼もしさに和人は安心したように顔を綻ばせる。
やがて、学校に着いた面々はそれぞれの教室に入り、いつも通りの日常を過ごすことを強要される。
「おはよう三宅。」
2年A組に和人として入った千華は、隣人の三宅にあいさつする。
「あぁ、おはよう柊。」
三宅はいつものように勉強していた。
「そういえば柊、君がおすすめしていた参考書を使ってみたがなかなかよかったよ。他にもおすすめのがあったら教えてくれ。」
「そうか、それならよかったよ。また三宅に合いそうな参考書をみつけたら教えるよ。」
(なんで参考書の話題が出てくるのよ。私にはついていけないわ。)
千華は当たり障りのない返答をしつつも、頭の中では高校2年生の男子の話題とはかけ離れた内容にため息をついていた。
(まぁ、男子が見そうなアニメや漫画の話題よりはマシだけど。……それにしても和人の方は大丈夫かしら……?)
千華は授業の準備をしながら隣のクラスにいる和人を思う。
「おはよう、」
隣の2年B組では、千華として教室に入った和人がみんなにあいさつする。
「おはよう千華ちゃん。昨日は相談にのってくれてありがとう。」
すると、女子の1人が話しかけてくる。
「う、うん、大丈夫だよ。」
(相談ってなんの事!?いきなりわからない話題がきた!)
和人は内心ビクビクしていた。ここで不信感をもたれたらバレてしまうかもしれない……そんな感情が支配する。
「それでね、私、阿佐美くんに告白しようと思うんだけどどうかな?」
「えっとそうだね……」
(阿佐美って確かD組の野球部のやつだったな。この場合ってどう言えばいいんだろう……)
和人は深く考え込む。
それもそうだ、見ず知らずの人の恋愛にどう首をつっこめばいいのかわからないからだ。
和人がなにを言っていいのか悩んでいると、その女子生徒は不安げに口を開く。
「やっぱり駄目かな?私じゃ振られちゃうかな……?」
「いや、それは……」
和人が口ごもっていると不意に千華の言葉が頭に響いてくる。
(その答えはノーよ。その子なら阿佐美くんとも付き合えると思うから。あっ、ちなみにその子の名前は小野さんだから。
ほら、早く返答しなさい。)
「ううん、そんなことないと思うよ。小野さんなら阿佐美くんときっと付き合えるよ。だから頑張って。」
「千華ちゃんにそう言ってもらえると気持ちが楽になるよ。ありがとう、勇気でてきちゃった。」
小野は和人からの言葉に嬉しそうにしている。
(ありがとう千華。助かったよ。)
和人はホッとしながら心の中で千華にお礼を言うのであった。
和人たちは朝からヒヤヒヤしたが、その後は特に危ないこともなく昼休みへと突入する。
「疲れたな……」
和人はいつもお昼を食べる場所であるPSY部で撃沈していた。
今現在、彼はソファで脱力していた。
「全然女子の話題についていけなかった。俺にはわからないことだらけで辛い。」
確かに危ない場面はなかったが、話題についていけたかと言われれば、ついていけないというのが本音だった。
「今ってフルーツジュースが人気なんだな。最近専門店とか出てきたぐらいだし。」
「あー確かに今は人気ね。フルーツをミキサーに入れて作るジュースなんだけど、結構SNSにも写真載ってるわよ。」
和人の言葉に、同じくその場にいた千華は反応する。
「へぇーそうなんだな。……今度一緒に行く?」
「まぁ……行ってあげてもいいわよ。」
「それなら早くこの状況をどうにかしないとな。早く千華とフルーツジュース飲みに行きたいし。」
上機嫌な和人に対して、千華は少し顔を赤くして照れた様子でいた。
普段なら微笑ましい様子だが、今は2人の中身が入れ替わってるので違和感がすごい。
「それにしてもどうすれば俺たち元の体に戻れるんだろうな。」
「さぁ?1回思いっきりぶつかってみる?」
「いや、戻れる保証ないからやめとく。」
「でしょうね。まぁ、私はこのまま和人の体でも悪くないけどね。今のところ苦労はないし。」
「なんか気楽になってないか千華?」
朝の慌てようから一転、なんだかいきなり気楽になり始めた千華。和人は少し困惑気味に彼女を見ていた。
「だってあんたの体なら告白されることもないし、女の血みどろの争いに巻き込まれることもないから楽なんだもん。」
「それが理由か。俺は戻りたいけどな、この体は不便だし。」
和人は困った様子で千華を見て話す。
「和人くん、千華ちゃん!ようやく見つけました。」
突然部室の扉が大きな音と共に開く。2人が振り返ると、息をきらしたティタニアがそこにはいた。
「どうしたんだティタニア、そんなに慌てて?」
「和人くん、ついに見つかったんですよ!2人を元に戻す方法が!」
ティタニアが頬を紅潮させ、興奮した様子で話すその内容に、2人は驚いた顔をする。
「まじか!?」
「はい、まじです!」
「すごいわね。それで、どうやるの?」
「ふっふっふっ……それはですね、私の術で治せるんです!」
ティタニアは自信満々に話す。
「いいですか?2人はそこで座って目をつぶってください。私が術をかけるので、それで治ります。」
「そんな簡単なことで治るんだな。」
「はい、それでも浮遊感とか感じると思うので気持ち悪くなったら言ってください。エチケット袋渡すので。」
ティタニアは2人に目をつぶるように促すと、術の準備を進める。
和人たちの周りになにかの触媒を配置し、透明な液体で魔法陣を描く。
「よしっ、……踊れ踊れ魂よ・其は真なる主の元へ飛びたて。」
ティタニアが落ち着いて呪文を唱えると、2人は同時に浮遊感を感じる。力が自然と抜けていき、方向感覚を失う。
やがて、得体のしれない気持ち悪さが和人を支配する。
(うっ……なんか吐きそう。)
なぜだかわからないが、和人は今、ジェットコースターに乗っている気分だった。右へ左へとぐわんぐわん動く。今は肉体がないのだろうが精神体の三半規管は死んでいた。
「……んっ、んぅぅ……戻ってる。」
目を開けて自分の体に戻ったことを実感した千華は、驚きながらも嬉しそうにしていた。
「うぇぇ……気持ち悪い。」
和人はめちゃくちゃに振り回されたせいで吐きそうになっていた。
「和人くん、エチケット袋どうぞ。」
「いや、大丈夫。トイレで吐いてくるから。」
和人は顔色を悪くしながらトイレへ直行する。
5分後、吐いてきたのか少しスッキリした様子の和人が部室に戻ってくる。
「結構やばかった。なんか俺のだけすっごい動いたんだけど。」
「あーこの術個人差がすごくてですね、和人くんみたいになる人もいれば千華ちゃんみたいになる人もいるんですよ。」
ティタニアが頬をポリポリとかく。
「まぁでも助かったよティタニア、ありがとう。」
「いえいえ、私の力が役立ってよかったです。」
「結局なにが原因だったのかしらね。」
「えっ!?それは……」
ティタニアは急に挙動がおかしくなる。まるで聞かれたら不味いことを聞かれたように顔を青くして固まる。
その様子を見た2人は不思議そうに首を傾げる。
「怒らないでくださいね?その〜実は昨日の夜、ちょっと儀式を間違えましてですね。その儀式の内容が魂の循環に関するものだったので、おそらく……私のせいかと。」
脂汗をダラダラ流しながら説明するティタニアの視線の先には、プルプルと震える和人がいた。
「結局お前のせいかよ!」
「わぁぁ〜ごめんなさい!あとで雑用でもなんでもするので許してください!」
「てことは最初からわかった上であのリアクションをとってたの?」
「いやそれは違います!最初は関係ないと思ってました!」
「まじで最初はわかってなかったのね。」
「はい、そうなんですけど……あの儀式の注意で失敗すると生者の魂が入れ替わるって言われたのを思い出しまして。それでわかったんです。」
「そういうことだったのね。」
千華は呆れ顔でティタニアを睥睨する。ティタニアは「あわわ」と言いながら縮こまる。
「とりあえず、これから1人で儀式をやるの禁止な。やる時は誰か誘え。」
「はい……すみません。」
「あと今日の夜ごはんはおかわり1回までな。」
「そんな〜(泣)」
その時のティタニアの顔は捨てられた子犬のようで、見ていて罪悪感を刺激される。
「なんで食べ物関連の方がへこみ率高いんだよ。」
「だって夜ごはんをきちんと食べないとお腹空いてぐったりするんですもん。」
「それは朝でも昼でも言えることだろ。とにかく、二度とこんな事にならないように気を引き締めさせるのにも使えるから撤回はしないぞ。」
「うぅ〜ごはん〜(泣)」
「なんかあんたらのやりとりって犬と犬を躾けるご主人に思えてきたわ。」
「んっ、そうか?確かにティタニアは犬っぽいけど、そんな風に見えてたんだな。」
「私は犬じゃないですよ!」
ティタニアはさっきまでのへこみ具合から一転、犬発言に対して抗議するようにプンスカする。
「いや、でもかなり犬っぽいぞ。人懐っこいところとか浮き沈み激しいところとか、なんかそれっぽい。」
「むぅーそんなこと言って!許しませんよ!」
「ちょっ、なんで掴んでくるんだよ!……ポカポカしてくるせいか全然痛くないんだけど。」
「しょうがないですね、ならばこれでどうですか!」
そう言ってティタニアが取り出したのは、小型の警棒だった。
「なんでそんなの持ってんだよ!?」
「一応護身用です。大丈夫です、怪我しないように使うので。」
「そういう問題じゃないよね!?」
ティタニアの振るう警棒は鋭く、当たったら確実に痛いことはわかる。
「ちょっ、ほんとに怪我しないように使ってるんだよな!?」
「もちろんです。たとえ怪我したとしても私の術で治せるので問題ありません!」
「めちゃくちゃだな!」
2人が織りなすドタバタな騒動を、1歩離れたところから千華が見ていた。その顔はやれやれと言わんばかりの顔であった。
「あんたら、早くしないと昼休み終わるわよ。ごはん食べなさいよ。」
千華の呼びかけ虚しく、2人は全くそれを聞き入れていない。お互いに目の前の状況に没頭してそれどころではないらしい。
「まったく……しょうがないやつらね。私1人で食べよ。」
千華はため息混じりに弁当箱を開き、少し遅いお昼を食べ始める。
そして、途中で和人たちの方を見て思う。
(まぁ、こういうのも悪くないか。)
「楽しいし」っと、口元を緩ませながら、未だに危ない追いかけっこをしている2人の出す騒音をBGMとして聞き流していた。
柏崎学園PSY部、そこでは特殊な能力を持った学生たちが今日も楽しく平和に過ごしていた。