ギルドマスター
「シャティ田舎に帰るか? 」
俺は宿屋の同室にいるシャティに声をかける。
もちろん幸運モードは終了しているのでそういう関係ではない。
シャティは俺に背を向けてピタリと櫛で髪を梳かすのを止め「いいえ」 とだけ答えた。
ブルーオーガの報奨金と魔石の価格はluck keyのおかげか、とても大きく農民の一 家族
が2年間暮らせるぐらい金額だった。
2人で山分けしてもシャティの家族は一年暮らせるだろう。
「なぜ? 」
「私が戻りたくないからです。私を奴隷に売ろうとする父、私を置いて王都を去る時の情けない顔の父…… 母と姉には思いがありますが、父が居る家にはもう…… 」
シャティは櫛を持ちながら両手で顔を覆い肩を震わせた。
本当にどうしようもない世界だな。
可哀想と思ってしまうともう終わりで、それからだろうか俺はシャティを始末するという考えは消え去っていた。
「さあ、今日はギルド長との面談だ。あまり泣くと…… 」
「はい、うさぎ獣人さんみたいに目が赤くなりますもんね…… えへへ」
封建制の下での農民は心が強いようでシャティは息を何度も飲み込み泣くのを堪えながら笑顔を作った。
過酷な環境に生きると、気持ちの持ち直しが早いな。農業が不作なら死ぬか奴隷、良くて冒険者か盗賊になるしかない。
必死に死ぬ気で働き、ダメならどうするかと危機感を持って春夏秋冬を過ごす…… 姥捨山、口減しといった日本にもあった感覚にプラスして少し森にでも入ると魔物がいる世界……
異世界の農民はハードだな……
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ジロリ…… という言葉が一番似合うだろうか
昼前という曖昧な時間指定を前日にされたので泣き止んだシャティの目の赤さが治るまでゆっくりとしてからギルドに来た…… が……
「やたら怒っているな」
「ええ、なんでしょうか? 」
シャティと小声で話す。
ギルド長の部屋は長い、もしかして廊下か? と勘違いする程だ。
そこに裁判で抗弁をする演台が中央に置かれ、奥にギルドマスターであろう男が座りこちらを睨みつけている。
どういう事だ?
と疑問顔でいるとギルドマスタールームに雇われて働いているという老人が小声で俺に現在の状況を知らせた。
王都のギルドマスタールームが長いのは冒険者に対する簡易裁判を行う為で、ギルドマスターとの距離があるのは不逞な者がいた場合に必要な距離がコレという。
…… なるほど、ギルドマスターの座る椅子に立てかけている装飾品と思っていた馬鹿でかい槍はこの長い部屋にはうってつけだな。
魔法やらスキルやらを使われて連続で突かれたら左右上下に逃げ場無く並みの剣士ならば命は無い……
「それで? なんで睨まれているの? 」
「それが…… ギルドマスター様はブルーオーガをお2人が倒したと信じておられないのです。」
老人は腰を痛そうにポンポンと軽く叩き、すまなそうに笑い、暴慢な態度を取られた理由を知って口を曲げる俺とシャンティを薄目で見て顎をかいて腕を組む。
…… なんかおかしいぞ。
部屋付きの人間なら今、得た情報をその場での長考する必要は無いだろう?
〈キーサーチ〉
この部屋にギルドマスターはいるか?
▷ゲルハル→ 1メートル [ギルドマスター]
△ルルル→ 8メートル先 [ギルド職員]
◇ゲルハルがギルドマスター
…… うっわ、コイツがギルドマスターかよ。
「…… なにをした? 」
ザワッと鳥肌が立つ。
隣にいた男が大熊かライオンに変幻したのかと思うぐらいに存在感が変わる。
このギルドマスター、キーサーチ使用の微量な魔力変動を感じやがったか!?
目の開きや体の動きは無い…… が! 俺になにかの影を伸ばしてくる!
————!、 おいおい———足元からの攻撃か!
「————————っ、 」
声を出して〈キーサーチ〉と言いそうになりながらシャティの腕を取り男から距離をとり140センチ程の小柄なギルドマスター[ゲルハル]を睨みながら驚愕で渇いてしまった喉からやっと
「なぜ? 」—————という言葉を絞り出した。
「だから、ブルーオーガを倒したと信じらんからじゃよ! それに魔法をこちらに先に使ったのは其方じゃ! ほっほ! 」
ゲルハルがペタリとジャンプをしてからそのまま距離をとり床に座ると影はいよいよ見間違いではない程に濃く実体として浮き上がる
〈キーサーチ〉
luck keyモード!! 俺に運を50プラス! ゲルハルの運をマイナス40に!
▲運を術者に50ポイントプラスします
▲運をゲルハルから40ポイントマイナスにします
▲ゲルハルのluckを保存
俺の体が幸運の赤い炎が包み体に流れ込む。
「また…… 何かしよったか? 」
ジジイは座りを胡座に変えて下から恨めしく睨み両手を横に出して糸人形のように指を動かす。
影は偶然一歩、体を引いた俺を通り過ぎたジジイの攻撃? は、俺の後ろに誘導したシャンティを包んでタバコの煙のように通り過ぎて空気に消える。
「大丈夫か!? シャンティ! 」
「ええ、なんとモゴモゴモゴモゴ!! 」
…… シャンティに幸運を付与し忘れた。
シャンティは体にある影という影から黒い手がはえる
鼻の穴や口の中、眉毛や毛髪の隙間、服や胸の影から、そうトカゲのような小さな影の手が蠢きシャンティを包んで行く。
その小さな影の手が地面にある手と手で掴み合うと一気に丸まり具がシャンティの黒い饅頭になってしまった。
「いかんいかん」
圧倒的なジジイのパワーに唖然としてしまった。
「ほっほっほ! 色男! オマエも包んでやろう! 」
…… コイツは運をマイナスにしても異変が無いな…… それほど運を持っているのか?
〈luck key 〉
…… ゲルハルが死なない程度にluckをマイナスに出来るか?
▲———— 曖昧な質問→ 却下
「…… チッ! 」
「おや舌打ちかのぅ? 行儀が悪いのぅ」
ジジイはニヤリとしてバン! と床を叩く。
「なんだよこれは? 」
ジジイの叩いた床から影が部屋の壁や天井や床に広がる。文字通り、ギルドマスタールームはブラックボックスのように真っ黒になる。
…… ああ、これはいけない余裕をかますと死ぬな。
〈luck key〉
俺に残り幸運ポイント全部付与、この部屋の運をマイナス500だ!
▲術者に幸運を50ポイント加算→ 合計100ポイントの幸運を付与[残り48分で50ポイント減算]
▲ギルドマスタールームの運を500マイナス
▲ギルドマスタールームのluckを保存
ふん、大盤振る舞いだな高くつき過ぎだ。
イライラとしてジジイを睨み黒ごま団子のようになったシャンティに駆け寄る。
「ほっほっほ! 助けれんて助けれんて! …… え? 」
ジジイの笑顔が凍りつく。
何せ、俺がシャンティに近づいたら偶然に小規模な地震が起こり屋根にあった明り取り窓の木の策が割れ落ちた
偶然、その剥がれた屋根の窓から齎された灯りはシャンティを覆う影を照らした。
影は光に当ると蛇が這い逃げるように黒い手の結び目を解いていき薄れ消えて…… その場には鼻水と嘔吐の中で気絶するシャンティがいた。
…… 肺が上下しているな。 生きているならまぁいい。
偶然にあった布でシャンティを包んで、所謂お姫様抱っこをしてジジイに近づく…… 彼女をそのままにしておいたら俺の幸運から漏れる可能性があるからだ。
「なあゲルハルさんよ? 」
「…… ワシ、名前を言うたか? 」
「ふん、ギルドマスターさんよどう後始末してくれんだ? ああ"? 」
「ギルドマスターと名乗ってもおらんがのぅ…… さて始末のう…… 」
ジジイはチロと天井の明かり取り窓を見る。
「あと一手、何か出来るなら降参して、それなりの謝罪を渡すとしようかの? 」
謝罪を渡す…… ね。 金か名誉か知らんが必要なものではある。
俺は幸運を信じて何気に影が覆う壁に手を向ける。
ドゴーン!
いきなりの大きな音と共に大きな鳥型の魔物が壁を破り飛び込んできた。
全ての瓦礫や粉塵は俺を避けるように舞い散り、鳥型の魔物は俺の目の前で生き絶えた。
昼過ぎの暑い熱と太陽の光がギルドマスタールームに入り込む。
「これは…… オマエが? 」
「さぁね? 偶然かもしれないよ? 」
まぁ、幸運が重なっただけだから本当に偶然なんだけどな。
…… へぇ…… と珍しい動物を見るような目でジジイは俺を見てクックックと笑いながら両手を頭の高さまで上げて降参のジェスチャーをし戯ける。
明かりが入り分かったがギルドマスターに扮していた槍持ちの男もジジイの影にやられ気絶していたようだ。
仲間まで巻き込んだか…… ジジイはどうやら興味を持つと何をしでかすか分からん危険人物のようだな……
全く、面倒な日だ。
この面倒も幸運に変えてくれるんだろ? なあ?〈luck key〉さんよ?
もう一話投稿しようとしましたが時間がありませんでした
すみません……




