主従の掟 2
♠ 二日目 午後十七時 B―4 扶桑日和
あたしは、華岡みなみと名乗った女に手を引っ張られながら、B―4エリアから南へと向かって行った。
あたしたちの真後ろを、『BEYOND』が付いてくる。舌を出し、尻尾を振っていた。その姿は――死んだはずの『ビヨンド』にそっくりだ。
「それで、助かったの……? ビヨンドは」
「……助からなかった。というか、もうその時点で死んでるって、ハッキリ解ったし」
二人の間に、沈黙が走る。話題を変えようと、華岡みなみは、ふーん、と頷いた。
「ビヨンド、って名前。なかなか犬に付けるなんて珍しいじゃない? 世界的にも有名なシンガーソングライターの方だったら、それを借用して愛犬に付けるなんて人もいるだろうけど」
「あたしも……。最初はそっちにしようと思ってた。でもお父さんがダメだって。だからしょうがなく――」
名残を惜しむように、一番下を『ド』に変えた。それで、ビヨンドか。
「ビヨンドってどういう意味かはしってる? 日和さん」
「“超える”とか……“向かう”とか。そういう意味だって、辞書に載ってた」
華岡みなみは、あたしの顔を振り返った。休憩もせずに付いて来るビヨンドを一瞥すると、
「力強い名前ね」
一番最初に浮かんだ感想だろう。と、あたしはそう解釈した。
「……話を戻していい? 日和さん。それで、晴れて俊介くんとは親しい仲に?」
「親しい、というか……。恋人なんだから、それ以上と言うか」
いいわね。華岡みなみはため息を吐く。
「自分も生きて帰って来れたら、ちゃんとした恋愛をしたいわね」
と、その時だった。三時間に一度、PADのマップ内容は更新され、どこかのマスの一つが封鎖される。それを知らせる、高い音が響く。あたしのと、華岡みなみのも。
あたしたちは立ち止まって、ゆっくりとPADのマップを見て、新たに×の付いた箇所を確認した。
「……ッこ、ここは――ッ!!?」
♠ 二日目 午後十八時 D―4 緑ヶ丘影像
「――なるほどな」
封鎖されたのは、D―5エリア……つまり、設置地点『C』のある遺跡エリアだ。ここに入ると、必ずPADが反応して、居場所を特定される――だとしたら、
「ブラックチームはC地点に、発煙筒を設置できない」
俺は左の奥に広がる木々を見つめた。ここから数百メートル歩けば、C地点である。
「不利、有利の問題じゃないよね、これは」
暴徒盾を背負った男、友則は腕を組んだ。
「万が一、Cに誰か来ようものならここから追撃しようとしたけど。これで僕たちは心置きなくBを守れる」
「だが、どうする。先ほどのジャミング攻撃に対しての回答は」
その数分前に、おそらく敵リーダーである最上伸也によって、俺たちのPADの操作は一時的に封じられた。それを利用すれば、俺たちのマップは役に立たず、その間に封鎖領域Cに入り、設置を行うかもしれない。
甘いね、と。自信満々なのは、友則だ。
「発煙筒設置から、ヘリがヘリポートまで向かうまで、三十分はある。僕たちのPADが止まったのはたったの十分だよ。その間に僕たちがCに入って攻撃すれば、敵は終わりだ」
「だが、『E・M・P』を連続で使い、合計三十分間俺たちのPADを止めた場合はどうする。秘密裏に脱出することも可能だ」
「ふむ……」
と、友則はバッグパックを背負っていた来夢ほどの太さの木を見つけ、腰を下ろす。盾を地面に下ろすと、スコップが土を抉るような音がした。
「キミは、ずいぶんと揚げ足を取るのが好きなようだね」
「?」
「ウマと調教師の夫婦の話は知っているかい?」
友則は得意気に語った。雨に打たれないように、俺も彼の隣に寄り添うように座る。こうして人間と、同じ肩の高さで話すのは、久しいと思った。
「すべての人を納得させるのは難しい、というコトワザみたいなもんだよ。夫婦はウマを飼っているが、二人がウマに乗れば、ウマが重そうで可哀そうだと第三者が言う。夫だけが乗ると、降りて歩く妻が大変だと、夫が責められる。反対も同じ」
「だったら両方とも降りて歩けばいい」
「解らないかい? そうすれば、ウマを飼っているのに、なんで乗らないんだとバカにされるんだ」
何が言いたい。俺は突撃銃、M4のマガジンリリースボタンを押して、ボックスマガジンを外す。ハメ込む。それを、手癖のように繰り返した。
「だからね、何か名案を思い付いても、必ずそれに対して批判は来るよ。……キミも、そうだっただろう? 死刑囚と呼ばれるようになったのは、おそらくそれが一番大きい」
「……」
「まあ、そこに繋げるワケじゃないけどさ。僕の案も、少しは支持してよ。物事を否定から入って良いことは、この世で一つしかないってことを」
それはなんだ。ガチ、と音を立て、ボックスマガジンをもう一度ハメ込んだ。
「好みじゃない女の子にコクられたときに「いや、僕にはすでに決めた人がいるんだ」って断るのさ。それだけは、きっと間違いじゃない」
吹き出すのを堪え、俺は不器用に笑んだ。
「まだ交渉の余地があるとでも思っているのか?」
「これでも僕は、伸也とはずっと友達だった。だから、少しくらい話は聞いてくれると思う」
この作戦で行こう。付いてきてくれるね? 友則は立ち上がって、西の方角を指さした。




