荷物と花火 7
♠ 二日目 午後十七時 E―6 三浦俊介
雨風は強く、視線の先で焼かれていた木々へのスプリンクラーにも思えた。
燃え広がっていた殺害現場はしばらくして鎮火し、どす黒い煙が天に向かっている。
「……おい、最上。それ以上C―5に近づくと、マップに表示されるぞ」
と。『E・M・P』の男へとボイスチャットを発信する。
E・M・P:『……大丈夫、ちょっと待ってて』
ほどなくして、もう一度警告音が表示される。この島のゲーム参加者全員に――。
「お、おい」
赤色の点は黄色の点に変わって、封鎖領域の『C―5』に表示されてしまう。はずだったが、何も変化は起こらず、伸也は『C―5』へと足を踏み入れた。
♠ 二日目 午後十七時 C―5 最上伸也
俺はつい先ほど、PADに備わった力『E・M・P』を起動した。
これが俺の知っているEMP――『電磁パルス(Electromagnetic pulse)』の略称であれば、おそらくこれを起動している間……すなわちPADに表示される、『10:00』のカウントがゼロになるその間だけ、敵チームのいずれかの電子機器は使えなくなっているはずだ。
「今が、『09:38』だから、この表記なら十分は耐えられる」
それが、例えば先ほど俺たちのPADに侵略してきた、『G線上のアリアが鳴り、パネルをひっくり返さないと再びPADが使用できない能力』にのみ有効なのか――あるいは、それ以外。つまり、敵チームのPADも電子機器扱いとされ、それらの制御が不能になるのか。
それを確かめるためにも、俺はこのC―5を利用した。
「この仮説が正しければ」
そう、これによって敵チームは、俺がC―5に侵入したことすらも気づかない。
「……と。それは俺の目で確かめる方が早いよな」
歩を進め、五分。その場所に、『彼ら』はいる。
周囲は高熱により焼け、小さな火種がいくつも散らばっていた。
「……」
靴に当たったのは、プロペラの破損したドローンだった。そこから少しずつ視線を上げると、一人は横倒れ、そしてもう一人は木の根に背を預け、両者ともに死んでいた。真っ黒に焦げた皮膚。人間の皮が焼けるにおいは、昨日食べた肉をすべて吐き出しそうになるほど臭く、ツンと鼻孔を突いた。
「……ごめんな」
謝る。横倒れていた太っちょ男のPADを確認するが、何も映っていない。PADは外すとシャットダウンする、つまりPADは脈を測っており、死亡すると使えなくなるのだ。
「それなら、PADを取って……」男の腕に装着された、PADに手を伸ばした。目を伏せて、ぬるりとした感触に歯を軋ませた。
爆風によってPADはグローブから外れ、端末の反対側を俺の右手首に当てた。二分消費したが、PADは起動した――。そして、二つの瞳が俺のことを睨んでいる、そんな影像が画面に映された。
その下には、『E・M・P』の文字。つまり、俺の仮説は正しかった。これを使用している間、敵チームはPADも使えなくなるが――
「最初で一回、そして今回で一回。つまり、」
つまり。
「あと一回使ったら、俺のEMPは使えない」
死ぬほど後悔している。PADは、いわばこの島を安全に行き交うためのコンパス。これを封じることができる俺のこの『E・M・P』は、唯一味方を守ることができる、攻撃側の身でありながら防御の力なのだ。
「あと一回。慎重に使おう」
空になったスモークグレネードを蹴り、カランと音を立て、その飛んだ先には、死んだ男の遺留品があった。
「あ……」
そういえば、このゲームが開始される直前――この男だけは大きなバッグパックを背負わされていたな。と、記憶の巻き尺を少し戻す。
膝を折り、バッグパックの中を漁る。空だった。が、その周囲にはいろんなアイテムが落ちていた。まるでフルーツの展覧会のようにそれらを吟味し、いくつかを腕に抱えた。サバイバルナイフを手に取って、それは脇に挟む。
「と、これも役に立ちそうだ」
それは、バッグパックに付いていたカラビナだった。それを奪うように取ると、ズボンのベルトにカラビナを装着し、それにぶら下げるように、フラググレネードのピンの輪をくぐらせた。
「サバイバルゲーマーや軍事オタクが見たら怒られるだろうな」俺は南の死体に視線を下ろす。
彼は、少しも息をしていなかった。きっとここに来る間にも――いろんな辛い思いをして来たのだろう。だからこの戦場に、足を運ぶしかなかったのだ。
「……安らかに」
南の胸の上に、来る途中で取った花を添えて、腰を上げる。ゆっくりと南西の方角を向き、再び歩き始めた。