荷物と花火 4
♠ 二日目 午後十五時 D―5 露下友則
盾を構えながら前進する僕は、ようやく影像の隠れる岩陰へとたどり着く。
灯台もすでに目と鼻の先だ。展望台に人影があるのは、僕の視力でも解った。
「来たよ、影像」
緑ヶ丘影像。彼だけは、何故かジャージではなく、一人だけパーカーを着ている。僕たちのチームの象徴たる白色のパーカーだが、まるで、白骨の覗く死神のようにも見えた。
「……おせえよ」
「ごめんごめん。でも、相手がシロートでよかった。最初の一発以外は全部外してくれたし」
きっと今頃、悔しがっているだろうね。と、僕も岩陰に腰かけた。
「い、今の、なに?」
ドン、と小さく音がした。おそらく、北西の方角である。つまり、BまたはAからだ。
「……」
殺しあっている……。のか。もし、ここでブラックチームの誰かを射殺すれば、敵は僕らに殺意があると見なし、反撃するだろう。
そして影像は、容赦なくホワイトチームの人に銃を向ける。
「……チッ。まだ誰も殺しちゃいねーよ」
「でも、キミは発砲した……。それは僕たちのチームが敵に殺意があるということを、彼らに伝えてしまっている」
だから撃たれたんだ。敵の狙撃手に。
「俺は俺で、好きにやらせろ」
炸裂音がもう一度。また、北西からである。
「誰も死なせたくはない、と。僕がキミを説得するには時間が足りなさすぎるな」
それを阻止するためにも、友人で、ブラックチームの中で唯一話が通じるであろう、伸也と相談がしたかった。
「……しかし、伸也はいない。きっと、彼らはAにいる」
「交渉なんて、本当にできると思っているのか」
「……へ?」
しかし、影像は口元を歪ませて、笑っていた。
「机上で対話の交渉など、ただの口約束に過ぎん。交渉の中でもっとも人間が口を割り、そして心理的に自らの考えを吐露させずにいられなくする手段。それは何だと思う」
一秒やろう。一。
教祖は、両手をひらひらさせて、からかった。
「その交渉とは、武力による交渉。つまり、『脅し』だ」
僕の口は、ゆっくりと開いていった。やっぱりこいつには、何を言っても通じない、と……喉が渇く。
「もう一つは性交渉だな」
影像はPADをゆっくりとスタンドして、見やすいように角度をつけた。
そして、『VISION』の字をタップし、「Have a Good Day」そうつぶやいた。
♠ 二日目 午後十五時 B―2 福嶋相賀
けん制の一発。遠く遠くに建っていた、ここからではまるでミニチュアにも見える灯台に向け。
THERMALスコープで確認するが、人の温度を検出するに至ることすらできないほど、灯台の主とは離れている。つまり、糸よりも小さな針の穴に、紐を通すようなものだ。
それに、弾丸の自重と空気抵抗によって、どうしても数キロと離れた場所には着弾しない。
「こちら福嶋。ここから見える灯台っぽい施設に一発ぶちこんでおいたで。これはあくまでもけん制や」
故に、
「音だけのまやかしや。それを理解した上で、影像はんをたのんまっせ」
COCOON:『ありがとう。何もないよりはましだけど、くれぐれも僕たちには当てないでね』
「ああ」
小さく返事をすると、スナイパーの弾を装填する。右側面に付いているコッキングレバーを引くと、空の薬莢が飛び出してきた。これは、排莢と装填を同時に行う仕組みである。
連射性に欠けるが、威力、命中率、そして有効距離は申し分ない。が、さすがに自分のいるA地点から、灯台までの狙撃は不可だ。
どんなに腕のいいスナイパーでも、狙撃できる距離は限られている。シロート同然のワイでは、おそらく一キロが限界だ。せいぜいPAD上で表示されている一ブロック分だ。
COCOON:『と、いうことは、僕たちがいるこの島は、5×6キロの戦場ってこと?』
「おそらくは、な」
♠ 二日目 午後十五時 C―5エリア 桜井南
ぼくの人生は終わっていた。
ぼくはよく、人とぶつかってしまう。生まれつき視力が悪くて、だから眼鏡を掛けている。それでも人とぶつかってしまうんだ――それは、ぼくの意志ではない。趣味でもないよ。
歩いていると突然――すれ違うはずの人の肩に、自分の肩が当たる。
それは一種の病気だと思ってあきらめていた。
「おい、どこ見てんだよ」
ワザと肩をぶつける人の心理としては、異性への好意等による、ボディーランゲージという説もある。
一年前、ぼくは、ガラの悪い先輩と肩がぶつかってしまった……。その人は、僕の通っている学校でも結構有名な先輩で、真夜中にロケット花火をまったく面識のない家の中に放り込んだり、犯罪行為を繰り返し、警察の世話にもなったことがある。そんな人だ。
「おめえ……。身体ほっそいなぁ……。オレが鍛えてやるよ」
と。複数人の生徒に囲まれ、ぼくは体育倉庫に連れられた。
「な、なんですか……何するんですか! やめてください!!」
「あははは! すげえだろ。マサルん家、花火職人の家系なんだぜ。マサルはその三代目だ」
体育倉庫の床、壁、天井――一面に、花火や爆竹が張り巡らされていた。彼らが言うにここは『処刑場』だったらしく、気に入らない生徒はここで花火をぶっ放して、遊んでいた。
「こ、こ、これだけの量の花火に点火したら……火事になりますよ!」
「ならねえよ、だから倉庫なんだ」
それは、完全にぼくのことだけを、この狭い処刑場に閉じ込め――火が燃え移っても即座に消化できるように。奴らは消化器を用意していた。
観客は五名ほどで、一人はライターを手にしていた。
「じゃ、始めるぜ、今世紀最高の花火をなぁあああああぁ!!」
笑いながら、彼はライターで花火の導線に火を点ける。ぼくは倉庫の出口に向かって走るが、先輩たちは無慈悲にも戸を閉め、南京錠のロックを掛ける音がした。
シュウウウゥ! 激しい火花が散り、一つ、二つ、三つ――連鎖するように、火は燃え広がり、壁に、天井に――様々な色の花火が点火された。
「ぎゃあああああああぁ!!」
ぼくは叫んだ。火の粉は服にかかって、床一面に用意されたネズミ花火が勢いよく廻った。
あまりにも熱く、そして、『美しい』とも思えた。だが、感動するのは束の間だ。
「あつい、あつい、あついあついあついいいいいいいぃ!!」
思いきり戸を蹴破ろうとするが、360度から襲い掛かる熱量により、すぐに憔悴した。パン、パン、パン! 爆竹は一斉になり、耳がバカになりそうだった。
「うわああああああぁ!!! いやだぁああああああああああああああぁ!!!」
その後、先生が救出に入って来た、消化器を握りしめて突入し、屈強な体育教師の腕の中で、ぼくは気絶した。
一年後。だいぶ、顔の腫れは引いた――。だが、身体中の火傷はまだ残っている。
火傷を負ったままだったら――それだけだったらよかったのに。
『桜井南が体育倉庫内で火遊びをしたために、火災が生じた』
と……。そんな、根拠もないウワサが…………学校中に、流れていた。
「……………………ぼくの、せい?」
もしも、ぼくに人を避けられる力があったら。あんなことにはならなかったのかも知れない。
そんなことを考えながら、今日も生きていた。学校に登校すれば嘲笑の渦に苛まれ、家で寝ころべば、火傷の跡がうずく。
「最低な世界だよ、ここは」
そんな時だった。ぼくが「あの人」に出会ったのは。
その人は自らを『帆野村』と名乗って、言った。
「キミ、桜井南くんだよね? おいしい話があるんだけど、ちょっと聞いてくれないかな」
それは、悪魔との契約。
「一億。その金があれば……キミは彼らと、一連の事件を隠蔽した学校に、復讐できる」
大丈夫。悪魔は笑った。
「キミは必ず生き残り、帰ってきます」