荷物と花火3
♠ 二日目 午後十四時 C-2 最上伸也
『BOMBER』からの通信が途絶え、俺はゆっくりとPADから視線を下ろした。
「あの、どうだったんですか?」
「……桜井が危ない。もしかしたら今、敵と殺し合って――」
「――ッ」
俺は上を見上げた。傾斜があり、ごつごつとした岩肌が露出するこの場所――C―2エリアから北のB―2。斜面を登った先に、『A』の設置地点がある。
そして――俺は、このチームに唯一手渡された、発煙筒を所持していた。
C地点をスナイパーである俊介に任せる。スナイパーのけん制をしつつ、二人の男女が『B』に向かって行ったとあえて思わせるために、ワザと南と華岡みなみの二人をホワイトチームの前で素通りさせた。
しかし、それでは一方的に彼らが撃たれて死ぬのでは? と、俊介は懸念した。だが、相手のリーダーは、おそらく友則だ。友則ほど采配の優れた男であれば、彼の意向に全員従うだろう。
これは、俺のカンではあるが――おそらく、友則は平和的な解決を望んでいる。だとすれば、むやみにこちらを撃ってくることはないだろう、という。目論見だ――。
「当然Bに視線は集まるから――。その間を縫って、俺たちはAにこれを届ける」
「そして、私たちが脱出し、勝利ですね」
「ああ。それが、誰も血を流さない、唯一の方法だ。でも、これを投げ込んだ後は、耐えなければならない。それが終わった先に――」
終わった先に、本当に誰もが助かるという未来が待っているのか?
「敗者は……本当に助かるのか? 俺たちのやっていることは、本当に『救い』なのか?」
左手で握りしめた発煙筒。思えば、これを握ったのは人生で二回目だった。
一回目は、車が脱輪した、一年ほど前の出来事だった。夜中だったから誰も通行していなかったが――その時助けてくれたのも、確か友則だった。
「……俺は、桜井を助けに行くよ」
「……私はどうすれば、」
「正体さん。キミに、これを」
俺は、発煙筒を正体裕奈の前に差し出した。しかし、彼女は首を横に振って、
「一人にしないで」
と。逆に裕奈の手は、俺の服の裾を握って来た。
こんな状況下に置かれてはいたが、裕奈が、他でもない俺に縋りたいという考えが、とても愛らしく思えた……。
「い、行こう」
「は、はい……、あ、」
と、俺は裕奈の手を握って、東の方角へと振り返った。その瞬間――
『ダァン!!』
音を立て、真後ろから重たい音が響く……。A地点から、だろうか。そこから何かが放たれ、それは上空を通過した。そして、「まずい、あそこには――」理解する。A地点にはすでに狙撃手がいて、それは灯台の上にいる、俊介を狙ったんだと。
その直後、PADからは『ピーピーピーピー』と、継続的に四つの高音が鳴った。一地区の閉鎖が始まったのだ。……場所は、C―5エリアだ。つまり、設置地点『B』滝エリアの東。
PADには、侵入禁止エリアに入った南と、敵の誰かがマップの上に表示され、黄色の点が二つ表示された。
♠ 二日目 午後十五時 C―5エリア 桜井南
まずい……これは非常に厄介だ。
神の悪戯か――それとも、この現場を見守る、悪意ある主催者の判断か。
どちらにしても、僕たちはここで、潰しあわなければならない。敵にその気はなくとも……。ぼくと『彼』は、この場にいる全員の持つPADに『映って』しまったのだから。
「音を立てずに引いたとしても、位置がバレてるから、やはり後ろからズドンだ」
と、ぼくはショットガンをもう一度強く握って、木の端からゆっくりと顔を覗き込もうとした。しかし、
「――ッ」
ダン! ダン! ダン ダン! ダン!
五発の銃声。咄嗟に顔を戻すと、目の前の木々に複数弾丸が当たった。何かに当たって砕けた弾丸ではなく、凄まじい量の弾をばらまいている。つまりぼくもアイツも、ショットガンを所持している。
もう一度PADを確認する。銃弾はボックスマガジン。つまり……AKシリーズと一緒のリロードだ。これらから察するに――あのショットガンは、アレで間違いない。
続けて、こちらも顔を出して、銃口を向ける。12ゲージのショットガンの弾は、この距離からでも十分にヒットするだろう。
と、ぼくは素早くアイアンサイト越しに、敵の姿を捉える――が、
「……ッ」
空中に投下されたのは、果物のような何か。それが足元に転がって――ッ!! 僕は咄嗟に落ちた方向とは正反対に跳ね、茂みの中にダイブした。
次いで、熱。爆風。最後に音がィイイイン、と耳鳴りがして、背中に痛みが走った。
「が……は、」
ぼくはすぐさま仰向けになり、血反吐を吐いた。鉛のように頭が重くなって何度も頭を横に振った。
「あ、ぐ……くぅ、」
顔に付いた蜘蛛の巣を拭って、立ち上がる。茂みから垣間見えたが、彼も衝撃におびえ、頭を押さえていた。
「くそが、くそ……」
口の中は、鉄と土の味でいっぱいになる。いや、味覚はすでに失われており、これが本来の下の感覚なのか、という錯覚か。
一歩間違えれば、失明していた。そう考えると身体中がゾクゾクして、生きていることに感激する。しかし、感涙まではいかない。それはあいつをぶっ殺してからだと、ぼくは自分に言い聞かせた。
「……ッたく」
大きな爆発の後、ぼくの先ほどいた場所には小さなクレートができていた。それを確認し、ぼくはそこから南西にあった木の真後ろに、身を潜める。
もう一度頭を覗かせ、引き金を引いた。ゲームなんかじゃない、本物の銃の威力は半端じゃなかった。
「ぁがあああああぁ!!」
散弾は広がり、およそ50メートル先の大男の足に命中した。
「ぎゃあああああぁ!! ひぃいいいいい!!!」
足を抑える大男。見た目は大人のように見えたが、ガキが転んでひざを擦り剥き、足を抑えているようにも見えた。
「……あなたは、どうしてここに来たんですか」
ぼくは、思わず彼に問うた。
「金が、必要だから? ここにいる人たちは多分……自分たちの人生に何らかのエラーが生じ、ここで殺し合いをしなくてはならなくなった人たちですから。あなたはなぜ。どうしてこんな島で、武器を手に戦うんですか?」
「あぅ…………オレは、に、荷物に……荷物になりたくなくて、」
「荷物、か」
ぼくは、大木に背を預ける。僕たちの情報は、PADに常に表示されている。一刻もはやくここから抜け出さなくてはならなかったが、足は震えて動かない。
「ぼくの話も聞いてくれますか」
ぼくは、突然の自分語りを始めた。出たよ、オタク特有の自分語り。クラスメイトに気持ち悪がられたぼくの、最低な人生を。