荷物と花火 1
♠ 二日目 午後十四時 C―5エリア 来海来夢
信号をキャッチしました。『BACKPACK』起動準備OK。
重たい鞄を背負わされたオレは、銃声とともに『C』とは反対の方向に駆けていた。
細い腕を掴み、一目散に茂みの中へと入って行く……。
「――! ――……!!」
鋭い銃声が何発も、小さい島中へと響き渡る。一発は、僕の足元スレスレに当たって、弾丸が地面を抉った。
「!! ――!! っと……ちょっと!!」
ようやく、犬のようにうるさい女の声が左耳のそばで鳴って、オレは思わず後ろを振り返った。
手汗でぬめった――確か、名前は日和だったか――彼女の腕はすんなりと抜けた。
思えば、オレは女の腕なんか握ったことはない。しかし、どこか柔らかかった。脂肪の柔らかさではなく、女特有の――優しい柔らかさだ。
「……ご、ごめん」
オレは、PADのマップを確認する。C―5エリアは、水辺の近くということもあってか、立派に育った木々が多かった。だが、完全に川沿いの付近へと行くと、道は開け、岩肌が覗いてくる。
「川、か……」
日和は、オレと視線を合わせないように、水音の鳴る方に歩を進めた。
彼女が歩くたびに、豊かに実った尻が、弾むように動く。それに見とれているオレは、股間に血が集まっていくのを感じた。
そうだ。こいつは、彼氏がいたよな。と。だが、今は二人きり。
オレは周囲を見渡す。この島に来てから、鳥一匹も見てはいない。いるのは、やたらと胴の長い虫や、蛾、それに、地面を這うミミズくらいだ。
「……ねえ、あんた。あんたはその、」
「ッ」
日和の真後ろに立ち、思いきり彼女の細い身体を抱きしめた。肥えた身体の重心を前に倒すと、いとも簡単に少女を押し倒すことに成功し、短い悲鳴が何度も森の奥へとこだまする。
「おい、やめ、やめろ! 離せ!!」
「うるさい、わ、悪いようにはしない、から!」
オレは、日和の胸を無理やり掴んだ。握力は48。「痛い!」もう一度悲鳴を上げるので、反対の腕は彼女のひび割れた唇を覆ってしまう。
食べごろの二十台前半という若さの女は、オレの腹を膝で蹴るが、効かない。
「黙れよ!!」
興奮により血の集うもう一人のオレを、彼女のパンツに押し当てる。背徳感よりも、快楽と高潮感を求める自分がいる。頼む、今のオレの姿を見ないでくれ。そう願いながら、オレは乳房と、女の唇を交互に揉んだ。
「ふ、うぇ、ゆ、るさな、い! あんた、なん、か、撃たれれ、ば、いい!」
必死に抵抗するが、およそ倍の体重を持つオレの身体には逆らえず、その分涙を流して体重を軽くしてくれたようだ。
「ふ……ぐ、ふぅ……」
にちゃああああああぁ。
オレは、悦びの笑みを浮かべる。
そうだ、オレは――オレは、オレは、オレは、
「お前みたいな荷物は、あたしたちのチームにいらない!!」
……。…………。
お前も、か。オレを、荷物扱いして――!!
♠ 二日目 午後十四時 C―5エリア 桜井南
信号をキャッチしました。『BOMBER』起動準備OK。
ぼくと華岡みなみは、女性の悲鳴を聞き、ようやく敵が『B』地点――すなわち滝の近くに存在すると、悟った。
「……どうしますか? 引き返します?」
「いえ、なんだか様子が変じゃない? 女性は自分と裕奈ちゃん、そしてホワイトチームの日和さんだけのはず。裕奈ちゃんたちは、『A』に向かって行ったはず……」
だとすれば、この悲鳴の正体はなに? と……。そう思った刹那であった。
茂みの奥から、
「死ね!」
血相を変えて北西へと駆けていく、少女の姿があった。それだけではない。「バウ!」という、獣の声がした。茂みの中で何かが動いて、それは少女の後を追跡する――。
「な、なんだ」
思わずぼくは銃を構えるが、間髪入れずに、「待って!」という華岡の忠告によって、銃口を下に下ろす。
どちらにしても、ぼくの持つ狩猟用ショットガン、『R―870』であそこまで弾を飛ばすのは難しい。
「今のって、やっぱり俊介さんの彼女さん、ですよね」
およそ60メートル先で勢いよく駆けて行った彼女は、おそらく扶桑日和本人で間違いないだろう。
「ええ。髪の毛はすごくボサついてたけど、間違いなさそうね。ずいぶん慌ててどうしたのかしら」
彼女が森の奥に消えて行った後――静寂の後に、風が木の間を通り過ぎて行った。
「……華岡さんは、彼女を追えますか?」
そう訊くと、華岡はおもむろに頷いて、PADの『CHASER』アイコンをタップする。
そうすると、PADの画面はカメラモードとなり――そして、地面の上に点々と現れた『何か』が表示される。
――足跡だ――
華岡の持つ特殊能力。それは、足跡をPADのカメラに表示させ、追跡する能力だった。難点と言えば、そう、足跡は敵はおろか、味方、ひいては自分の足すらも感知してしまうということだ。
しかし、ぼんやりと浮かんだ黄色の足跡に対し、自身の足跡はピンク。間違えることはないだろう。
「……そのまま『B』には入らず、C―3エリアから回り込んだほうがいいと思います」
「解ったわ」
ぼくはPADを起動し、
「あの……聞こえますか、最上さん。その……今、どこにいらっしゃいますか」
背負っていた小型の機器に手を触れた。それは、四つのプロペラが付いた、ドローンだった。
E・M・P:『俺は今、D―2を抜けて、C―2に入ったばかりだ。……妙な、ドームがある。が、中に入ることはできない』
「ドーム、ですか……。その話は、おみやげとして後で聞きます。今、援護に来れますか?」
ドローンには小型のカメラと、赤い配線が取り付けられた、『おもり』のようなものが付いている。それは、
「今から『BOMBER』ドローンを起動させます」
爆弾である。
それを比較的安定した地面に置き、ぼくは数メートル後ろに下がった。そびえ立つ大木を視認したので、それの真後ろに、ぼくは隠れた。
「華岡さん。後はお願いします」
彼女は短く頷いて、中腰になった。木々を縫いながら、ゆっくりと歩を進める。そして、マップ上の赤い点が移動するのを視認すると、ようやくC―2エリアのうちの一人がこちらの方へと近づいてきた。およそ、2キロはある。一時間は掛かると予想し、ぼくは『BOMBER』のアイコンをタップする。
「できるだけ、『B』に近づこう……」
牽制もしながら。
PADには、簡単な操縦ボタンが表示された。上昇、降下。左右前後。そして旋回である。そして中央にはドローンに取り付けられたカメラの光景が映し出されていた。正面と真下の、45度までであれば、自由にカメラの操作ができる。
「そのまま……」
およそ高度15メートル、目標地点たる60メートル先。風で飛ばされないように、木の葉の近くで停滞させたいが……。葉がプロペラに絡まるのを考慮すると、これ以上の接近はできないだろう。
「……あと、二分か」
PADに表示された電子時計は『14:58』を表示していた。三時間おきに、どこかのエリアが封鎖される。すでに北東と南西、その他もろもろ、その中に入るのは不可能となっている。が、事実上、これらは完全にフェンスが現れて入れないというワケじゃない。その中に間違って侵入すると、必ず入った者にデメリットがある。
「いた」
と。カメラを真下に向ける。そこには、なぜか半裸の大男が息を切らしながら、左手の甲を抑えていた。
「察するに、」
大男は、おそらく敵チームに回った、あのバッグパックを背負わされた男だろうか。確か、名前は解らないが、彼はゆっくりと半身を起こし、バッグパックの封を開けた――。
「……ッ」
その中には、ありとあらゆる危険物が詰め込まれている。CODやBFなんかのFPSゲームで出てくる、投擲武器ばかりだ。それらを草むらの上で広げ――吟味する。
手に取ったのは、いわゆる『フラッシュバン』と呼ばれる、殺傷力こそないが、相手の視力を奪うものだ。
それを――
「え?」
カメラは真上をとらえており、男はぼくのいる、大木の方向へと投げる。
カラン、と音を立てて、僕の足元には筒状のスタングレネードが投下された――!
「――ッ!」
激しい光に、ぼくはあっと声をあげて目を擦る。間一髪で目を閉じたが、あまりの眩しさにしばらく視界がバカになった。
(あいつ、ぼくのいる方向が解って――)
――ィン……
それに、なぜか耳鳴りがする。何分この状況が続いたか解らない――その間に距離を詰めてきたかもしれない、と。ぼくは何度も瞬きをしながら、PADを確認した。
「……ッ動いて、」
ない。ただ、覗き込むように彼は身を傾けて、こちらの様子を確認した。
「お、おい……」
男は口を開いた。
「そ、そ、そこに……いるのか?」
ぼくは思わず口元に手を当て、姿勢を低くする。幸い、このあたりは草が生い茂っており、伏せて移動すればなんとか見つからずに移動できそうだ。
逆に、彼は図体が大きい。逃げ果せるなら今がチャンス――だが。
(あいつを仕留めなければ、きっと先ほど負った女の後を追う――そうしたら、華岡さんが危ない――!)
ぼくは、唇を噛み締めた。
「…………ああ」
短く返事をする。PADのカメラを確認すると、ずいぶんと臆病なのか、大男はびくんと肩を震わせた。
「ぼくは、南。桜井南です」
「……ッえ、っと……。あの……」
「あなたの名前は?」
「…………来海、来夢」
「なるほど。来海さん、残念ながらぼくたちは……殺しあわなくちゃいけないみたいですね」
死線――。
それをかいくぐった者にだけ、一億という大金は支払われる。