翼が欲しいか? 2
しばらく歩き続けると、僕らはようやく遺跡のあるCエリアへと到着した。
ずっと木々の合間を縫って進んで、道なき道を歩いてきた。幸いにも、自動で自分がどこにいるかを表示してくれる、PADのマップがあったので、迷うことなく目的地へとたどり着いた。
「ここが遺跡、か」
しかし、僕から見えるその『遺跡』は、すでに倒壊し、瓦礫の山と化していた。誰かが何らかの目的で石材を積み――おそらくこの地に住む王の安らかな永眠を祀ったもの、というのが僕の見解だ。
王の墓、という割には古墳のような大きさはとてもない。およそ十二坪ほどの広さだったが、縦に積んでいた石の壁が、地震によって横倒れしたかのようにも見えるし、
「元からこの形状だった」
かのようにも見える。僕は石の壁に触れて、ゆっくりと周囲をぐるりと見渡した。
この先に、影像がいる……。赤点は、目と鼻の先であった。
「……と」
それ以上先に行こうとしたが、僕は静止した。遺跡の端から覗いて、ここから北西の方角を見上げた。およそ200メートル先に、灯台が見える。
「どうしたの?」
「……」
「ねえ!」
日和が僕の服の裾を掴んで来た。シッ! 彼女の乾燥した唇に、人差し指を当てる。びっくりして、「ひゃ」と短く声を上げた。
「な、なにすんのよ!」
「あの灯台――昨日僕たちが行ったときは、展望台に誰もいなかった」
「え……? 見えるの?」
「いや。人影は解らない。でも、」
もう一度僕が顔を覗かせると、灯台の展望台からは、太陽の光を反射し、何かが輝いている。
「……狙撃者か――」
その光の正体は、おそらくスコープのレンズだろう。
僕たちは、遺跡の中央『H』の周囲に集まった。幸い、この中であれば、灯台からは石壁が盾になって、スナイパーからは見えない。しかし、貫通力に長けた狙撃の弾であれば、もしかしたら石の壁でも貫通するのでは、と。不安に駆られる。
「敵の誰かがこっちを狙っているっていうこと!?」
来夢は、ようやく重たいバッグパックを地面に下ろし、汗で濡れた額をシャツの裾で拭った。
「間違いない。……このタイミングでここを監視しているということは、もしかしたら中央のエリア、Bに移動して、発煙筒の設置を図っているかもしれない」
「え……? なんで? ブラックチームはBよりも、Cの方が距離的に近いじゃん」
日和は、再びマップを確認する。それに、高低差もある。Cは一直線で進むことができるが、Bはいくつもの段差を越えなければならない。それは、A地点で一日中監視をしていた相賀の予想だった。
「Cは囮だよ。灯台から見張っているんだぞ、という意思表示だ。見ての通り、かなりの木々の量だ。それに、風音も強い」
こそこそと隠れ、発煙筒を音もたてずに設置するなら、この風音と緑の量があればBまで向かうには容易だ。
「“交戦せずに勝利する”のが可能なのが、ブラックチームの最大のメリットだ」
僕は「しかし」と言葉を続けた。
「基本的に、防衛側であるホワイトチームの方が有利に作られているんだ、この島は……。ここまで来るのに、そこまで時間は掛からなかったでしょ? ってことは、島の形状からして、北から南へと掛けて、緩やかな斜面が存在している。しかも、下り坂だ」
「でも、どうしてそこまでブラックチームに不利な設計にしたんだろう。オレだったら、西と東からスタートさせるな……」
「いや、そうでもないんじゃない?」
日和は、マップの最南端を指さした。そこは、E―4エリア……すなわち、僕の友人である伸也のいる、ブラックチームのアジトであった。その周囲から、遺跡、滝にかけてはすべて緑色で覆いつくされている。抽象的ではあるが、
「やっぱり、これが森林地帯なんだと思う」
それだけではなく――それは、僕たちの拠点の近く、B―5エリアまで、穂先を伸ばしている。
「さっきも言ったけど。ブラックチームにとって、距離は問題ではなく、地形や自然と言った要素が強み何だと思う」
だが、
「この島の構成上、滝があるということは――その滝を介してどこかに水を出さなきゃいけない。ブラックチームの拠点の傍に下流があって、そこから海に通じていると僕は判断している」
つまり、
「この島は二分割のようで、四分割されている。北と南だけじゃない、東と西の間に通る、上流、中流、下流」
上流より下流の方が川の流れは広く、逆に上流は、狭いが流れが速い。
「面白いでしょ……この島。めちゃくちゃな設計をしているようで、かなり巧妙に作られている。しかも、あたかも自然のように見せかけてね」
僕の言葉に、二人は息を呑んだ。
「ど、どっちにしても、俊介が救われるなら、それでいい。でも、……あたしのことも救ってほしい。誰も殺さなくていいなら、それで」
「……。どうだろうね」
総額一億円という金が掛かっている。そこが最大の懸念だ――。貴族による遊び、というのは解る。
論より証拠、昨日からずっと小型の飛行機が、島の上を右往左往としている。
「あくまで主催者は、僕たちの心理を試したいんだと思う。考えた中で生きて、それでも時間切れや、発煙筒の効果によって負けたチームの生き残りは――」
二人は、僕の言葉に真剣に耳を傾ける。通信中の相賀はどうだろう。彼は彼で、きっと思うところがあるはずだ。
「殺される」
「なん、で……?」
あくまで、これは勝者への口止めの金――。すなわち、
「もし勝者が金で手を打たなければ、この状況をモニタリングしている奴らが僕たちの映像を録画し、それによって警察に突き出す気だろうね。僕たちはすでに、銃刀法違反を犯しているんだから」
それもある。しかし、運営側にとってもっと厄介なのは、勝者側ではなく、敗者側だ。
「負けた側には『生きて帰って来れた』というメリットしかないだろう。つまり、負けた側から運営側へ告訴する可能性が高い、」
故に、
「用済みとなった敗者はその場で殺される。金を使わない、敗者への口封じだ」
と、僕はそこまで言って咳払いをした。青ざめた二人に現実を教え込むのはこの辺にしておこう。
「話を戻そう。一見、この中では『C』が彼らにとって最も有利だけど、それは敵――つまり僕たちのチームからしても、最も防衛しやすい場所と言える」
何故なら、
「何故ならブラックチームの数名は必ず『Cに来る』と解っているからさ。このマップを見れば誰だってそう考える。その裏を掻いて、彼らは反対に、設置地点『A』に向かうかもしれない……。だから、常に僕は、相賀には『A』を担当してもらって、もしもそちらに向かう人がいれば、報告してもらうようにしている」
計算済み、ではあるが――そう考えると、最も今、防御が手薄なのは、
VISION:『……こちら影像。敵は『B』地点へと向かっている』
「影像!? こちら友則。今、どこにいるの!?」
PADから、男の声が聞こえて、僕は緑ヶ丘影像への通信を許可した。
VISION:『『C』地点から、さらに百メートルほど離れた位置にいる。岩陰で待機しているが、スナイパーにすでに俺の姿は見られており、何発か撃たれている。援護が欲しい』
「解った。僕が向かうよ。それより、Bに向かったって!」
VISION:『二人組が、一時方向へと向かって行った。男と女の二名……。アサルトライフルとショットガンを持っている』
僕は、日和と来夢の顔を交互に見比べた。
VISION:『後ろから撃ってもいいか』
「ダメだ。もう少し待ってほしい、影像くん」
影像くん、と呼ばれるのに少し抵抗があったのか、PADのスピーカーから「チッ」と舌打ちが聞こえた。
「僕はこのまま、影像の回収に向かう。二人には『B』地点を頼みたいんだけど、いいかな」
「え……嫌だよ。こんな気持ち悪いデブと一緒だなんて――な、なにされるか解ったもんじゃないもん!」
日和は、ゴミを見るような視線を向け、来夢を指さす。彼は両手を小さく上げて「な、なにもしないよぉ!」と高い声で訴えた。
「とにかく、時間がない……。それに、『B』地点に行けば、キミの好きな俊介くんに会えるかもしれないよ」
「で、でも……」
「頼むから行ってくれ。ブラックチームの人たちは、すでに僕たちの仲間を撃っている。今、交渉をするのは難しい……。でも、扶桑さん。キミだったら、俊介くんと話し合って、そこから平和的な解決を目指すこともできるかもしれない」
そうすれば、たとえ金は手に入らないとしても……。
「帰ることができるかもしれない」
「じゃ、じゃあ、行ってくるよ」
来夢は腰を引かせながら、ゆっくりと立ち上がろうとした。
「そ、そうだ……。これ、何かあったときのために」
と、彼は重そうなバッグパックの中から、茶色の柄のナイフを一本取り出して、差し出してきた。それを僕は受け取ると、いつまでもこの場を離れようとしない日和に、
「いいから行って!」
大声で怒鳴る。背負っていた盾を身体の前に出し、身をゆっくりと持ちあげた。あまりの重たさに腕の骨が軋みそうになるが、さらなる衝撃が、僕の盾を襲う。
「ッ!」
ダン! という銃声が島中に響き渡り、盾の右端に、恐ろしいほどの衝撃が走る。そのまま盾の重量によって身体ごと真後ろに持っていかれそうになるが、「くッ……」体制を立て直し、右足に力を籠める。
左足、右足。覗き窓から地面の凹凸に靴が当たらぬよう、慎重に前に出た。
想像以上に、『C』から灯台への道は開けている……。何もないワケではないが、ばらばらの大きさの岩がいくつも落ちていた。