プロローグ
俺の人生は終わっている。
今の人生を変えようとも、自分の手では解決できない位置に存在するんだと、諦めていた。
少年の頃に見た夢の欠片は、すべて食いつぶされたのだ。そうじゃなかったら、二十五を越えてまでコンビニバイトなんてするもんか。そんなことを考えながら、まるで右からやってきたパーツのネジを締めるかのように、単純な作業が再開される。
レジスターに表示された金額を読み上げ、そして、それ相応の対価を客が支払う。ただ、それを見届ける毎日だ。
何が、将来の夢だ……。俺は今頃、パイロットになって空を自由に飛んでいたはずなのに。
「おい、ちゃんとやれよ、ボーっとしてんな!」
いや、スポーツカーに乗って、サーキットを走っていた、だったか。
「すみませんでした」
「すみませんって謝るくらいだったら、最初からしっかりやれよ、クズ!」
爺さんはサングラスを掛けていた。ブラウンカラーのレンズ越しにも解るほど、厳しい視線を送ってきた。
殴ってやろうかとも思ったが、こんな老害の成れの果てのためにわざわざ人生を棒に振るのも尺だったので「すみませんでした」もう一度深く頭を下げ、謝罪する。
「お前みたいな出来損ないは、この世には必要ないんだよ」
ビニール袋をひっつかんで、去り際に余計な一言を加える。俺がいなかったら、今頃買い物だって満足にできないんだぞ。
「災難だったな、伸也」
名前を呼ばれ、客とを隔てるには少々薄すぎるレジを挟んだ先。金髪の青年が、微笑を浮かべていた。
「みっともない所を見られちまったな……、トモ」
弁当も何も入ってないカゴを見下ろすと、旧友はため息を吐いた。
高校生からのクラスメイトだった露下友則である。
ピアス孔の複数空いた耳。首元には、タトゥーが彫られていた。『No pain』。アゲインという文字が気に入らないため、彼は苦痛だけを味わう人生を謳歌している。否、『苦痛を得てして何かを得る』というニュアンスではなく『苦痛もなければ、何もない』と、そんな意味合いだったかもしれない。
「タバコ頼むわ」
友則が指さしたのは、銀色のパッケージに『7』の数字が刻まれた、有名な銘柄である。日本人の舌に合わせて作られたタバコで、彼はそれの4ミリを吸うのが好きだった。
「10でいいのか?」
黒色の4ミリではなく、銀の10ミリを選んだ。
「何かあっったの?」
俺は気兼ねなく尋ね、小さな箱にスキャナーを当てた。
「言わずもがな。また失敗しちまったんだよ……」
就職に、だろう。友則は大学を卒業してから六年ほど経つが、安定した職には就けていない。
それは、彼の見た目にも理由があった。金色の髪は当然面接の際には黒く染める。だが、不愛想な友則の表情は面接官を威圧する。それが、人格まで否定されたようで、胸糞悪かった。
「そうか。次こそは上手くいくといいな」
「…………お互い様」
友則はそれだけ言い残すと、小さなタバコのケースを胸ポケットにしまって、さっさと店を出てしまった。
「どうして、こうなったんだろうなぁ」
俺は肩を竦めた。
あいつはよく、自分はまだ繭で、羽ばたくその時を待ち続けている蝶の息子なんだと言っていた。反対に俺は、人生は終わっており、立て直すチャンスは存在しないと言う。
春がやってきて、夏に思いきり羽ばたいて――否、その瞬間すらも感じないまま、秋がやってきて、冬に朽ちる。
夜勤が終わって朝になる。その帰り道、俺は車を運転するのが嫌いだった。
いつもの朝を迎え、電車に揺られ、職場と向かう。朝は、一般的な社会人や、学生にとっては希望の芽生える一日なのだ。だが、俺にとっての朝は、『終了』を意味し、やがて帰宅後就寝し、世界を『シャットダウン』させる。
それは意図して終わらせるわけではなく、そうなるしか、しようがない。そんな苦痛の渦に枕を濡らしながら、されど心の中では僅かながらに変化を望んでいる。
総じて、やっぱり俺はクズなんだな、と。実感せざるをえない。
そうだな。もし変われるなら、超能力がほしい。大事な人を救えて、悪を制裁するような、そんな超能力をね。