4話 ー出会いー
新学期が始まり、新しいクラスになってから早数週間。
5月を迎えようとしている今日この頃、クラスに馴染めない奴が出てくるかと思えばそうでもない。
実はこの水無星学園は、小中高とエスカレーター式に上がっていく学び舎で、個人的に島外の学校へ入学する希望をしない限り、慧神島の大概の人間はこの学園で過ごすことになる。
勝手知ったるなんとやらで、既に10年近く通い続けている学園。
知らない事も殆どないし、同級生はみーんな幼馴染。
まぁ、リッちゃんの様に途中から水無星学園に入学してくる連中も少なくはないが、島の雰囲気と言うか人柄と言うか、大抵の奴らはしっかり学園に溶け込めている様だ。
最も、全くない訳ではなく、極一部一時期にイジメや仲間外れがあることもあるみたいだが。
少なくとも、現在の学園内ではそんな噂は聞いたことがなかった。
実に平和な学園だ。
そんな平和な学園では、今日も今日とて授業が行われていた。
「……では、この問題を……桜庭、答えてみろ」
「…… はい?」
い、いかん、ボーッとしていて何も話聞いてなかった!
今は…… 歴史の時間かっ!
「聞こえなかったのか?」
「…… サーセン」
「ふむ、ではこの特別問題に正解する事が出来たならお咎め無しとする。ゆくぞ……」
歴史の先生である島原先生は、大らかなで器の広い先生と言う事で有名なのだが、忘れ物や居眠りと言った失敗にはこの様に容赦なく突っ込まれる。
生徒に挽回のチャンスを与えてくれるいい先生なのだが…いかんせん、その問題はマニアックすぎて答えられる生徒は少ない。
「問題。1183年に起こった源氏と平家の戦いを何と言うか? また、源氏軍で活躍していた人物名も答えよ!」
オレは……
1. 源頼朝が活躍した『富士川の戦い』
2. 源義仲が活躍した『倶利伽羅峠の戦い』
3. 源義経が活躍した『一の谷の戦い』
4. 源範朝が活躍した『壇ノ浦の戦い』
「源義仲が活躍した『倶利伽羅峠の戦い』です」
「…… 正解。源義仲…… 別名『木曽義仲』が山の地の利を完璧に活かして勝利した戦だ。先程の態度は見なかった事にしよう…… 座りなさい」
おぉ〜っ、とクラスのあちこちから疎らな拍手が聞こえる。
「…… ちょっと、いつの間に勉強したのよ?」
「…… 舐めんな、こんな時の為にあらゆるジャンルの豆知識をストックしてんだよ」
「…… その力を普段の勉強で使いなさいよ、バカっ」
隣の席に座っているナギがヒソヒソ話しかけて来たので、テキトーに遇らっておく。
ホント、無駄な豆知識ばかり増えていきやがるぜ、オレの頭ん中はよ。
キーンコーン、カーンコーン……
と、授業を聞いているフリ(あくまでもフリ)をしていると、あっという間に午前中の授業が終わった。
「…… じゃあ授業はここまで。午後からは職員会議がある為、午後の授業はない。寄り道もいいが、表向きは速やかに下校しているアピールをしろよ?」
はーい、とクラス全員で良い返事をした後、島原先生は満足げに教室を後にした。
さて、昼からは完全にフリー。
予定がある訳でも、何がしたい訳でもない。
普段授業を受けていると、帰ってゲームしてぇ…とか、テレビ見てぇ…とかいっつも思うのに、いざ帰っていいよと言われると、途端になにも思いつかなくなる。
「…………」
ナギもオレと同じようで、いつもよりカバンに教科書を詰めるスピードがなんとなく遅く見える。
「おい、あのさ……」
ピーンポーン。
ナギにこれからの予定をどうするか話そうとした時、園内のスピーカーから放送が入った。
『…… あーあー、諸君ら、今日も学園生活を謳歌しておるかね?』
突然入った園内放送に誰もが一瞬動きを止めたが、その声を聞いた途端、またか、とみんなそれぞれの行動を再開した。
声の主は……。
『みんなの生徒会長、春夏秋冬廻流様だ』
傍若無人、唯我独尊、みんなのバーサーカー、メグ先輩だった。
この人、まーた職権乱用して放送してるな?
『えー、知っての通り昼からは休みだ。なので、stellaの連中は至急生徒会室にこい。繰り返す、私の奴隷達はさっさと生徒会室にこい』
…… 放送終了。
オレとナギは目を合わせて、やれやれ、するとそそくさと生徒会室に向かう。
ってか奴隷って…… おのれ、覚えてろよメグ!
「…… さて、集まってもらったのは他でもない」
数分後、生徒会室にはオレ、ナギ、ユウ、トモ、ヒロ、リッちゃんの6人が整列しており、目の前の会長デスクには我らが会長メグ先輩が踏ん反り返って座っている。
まるで悪の親玉だ。
春夏秋冬廻流…… stella Ⅶ唯一の三年生にして、この水無星学園理事長の孫。
腰くらいまである黒く長い髪は美しく、妖艶な笑みからは怪しい雰囲気を醸し出している。
身長も女性にしては高く、挑発的なバストやヒップはグラビアアイドル顔負けのプロポーション。
成績は常に学年一位で全国模試でも一桁に食い込むことも珍しくなく、その上運動神経も抜群で生け花や茶道にも明るい。
更に両親は、食品・コンピュータ・開拓・宇宙開発等、様々な分野において大活躍している大企業『for Season(通称:FS)』の社長で、正に才色兼備、文武両道の完璧お嬢様である。
…… のだが、本人は極めて自由奔放な性格をしていて、行動言動どれを取ってもお嬢様とは程遠い。
高嶺の花、なんてイメージはなく、その気さくな態度と取っ付きやすさから万人に人気がある人だ。
「…… 暇だ。お前ら、なんか楽しいコト考えろ」
このオレ様気質を取り除けば、更にモテモテだろうに。
まぁ、オレ達を含め、周りの連中にこんな態度でもどこか憎めない…… と思わせられる魅力は大したモノなんだけど。
「アタシ達は部活もないから、昼から家の手伝いをするつもりだぞ!」
「ご、ゴメンねメグ先輩…… ウチは今から忙しくなる時間だがら……」
鷲峰姉妹はパスか。
彼女達の家は、居住エリア内の一画でカフェを経営している。
カフェ "ブルーバード"。
居住エリアにあるものの、港エリアやアミューズメントエリアに近い場所にあるので、来店人数は結構多い。
二人は部活が終わった後や休みの日は極力店を手伝っているのだ。
「僕もこれから用事がありましてね。今から出なければ明日までに帰ってこられないので」
リッちゃんはまた何処かに旅立つらしい。
今日は金曜日で明日は休みだってのに、態々休日に帰ってこようとしているのはある意味流石である。
「俺も俺も!今度こそ可愛いピンク髪のロリを堕とせるゲームを買うんだ!」
最早何も言うまい。
「何だよ何だよお前ら! 折角の休みだぞ、遊ぼうぜ!? 何だよお前ら!」
何だよと言われましても…… 。
この人、一番年上で一番何でもできる癖に一番子供なんだよなぁ…… 。
「…失礼します。生徒会長、職員会議が始まりますので速やかに出席してください!」
呆れ果てていると、生徒会役員の一人が入ってきた。
『自由な学園生活』をモットーにしている水無星学園は、生徒の意思を尊重し、個人の意見でも生徒会の許可があれば殆ど何でもできてしまう。
言うなればそれだけの権力を生徒会が持っているのだが、今回のように職員会議など学園側の集まりがある場合、生徒会長は出席して現状を把握しておかなければならないルールがあるのだ。
「うるせー引っ込んでろ! そう言うのは然るべき役職のヤツに任せときゃいいんだよっ!」
「いやだからこそ生徒会長であるメグ先輩にお声がけしてるんじゃないですか!いいから行きますよっ!」
嫌じゃ嫌じゃと泣きじゃくるメグの首根っこをひっ摑んだ役員は、そのままズルズルと引きずりながら生徒会室を後にした。
「……帰るか」
オレの一言に皆が頷き、それぞれ解散となった。
よく晴れた日は散歩に限る。
他の連中と違って特に何もする事がないオレとナギは、星見エリアに向かいながらのんびり歩いていた。
会話は無い。
別に星見エリアに行こうと話し合った訳でも無いのに、昔からこうして自然に満零湖の方へ足を運んでいる。
森の中を吹き抜ける風はまだ少し冷たいが、その風が運んでくる緑の匂いと太陽に照らされてキラキラと輝く湖の景色を見ていると、気持ち暖かく感じた。
最後に行き着く先は、地元民でも滅多に立ち入らない、この島の最奥地にある高台だ。
整備されているわけでもなく、そこにあるのはボロボロになったベンチが二つと、満零湖に落ちないよう設置された申し訳程度の柵だけ。
オレはベンチに座り、ナギは柵に身を預けながらこの島と満零湖をジッと眺める。
これがオレ達のお決まりのポジション。
ただ時間が経つ。
それでも退屈だとは思わない。
とても居心地がいい場所だった。
「…… お前、ここの景色好きだな」
「だって綺麗じゃない」
「否定はしないけど、そう何度も見てると飽きねえか?」
「飽きないわね、不思議と」
気がつけば他愛もない会話を始めるのもいつもの事。
「…… ねぇ、もし願いが叶うならどうするー?」
風と日差しが気持ちいいのか、眠そうな声でナギは言った。
満零湖。
通称、星見の鏡と呼ばれている湖には、とある伝説があった。
元ネタは、この島に昔から伝わる物語『魔法使いと笑顔の魔法』と言う本があって、物語の最後に主人公である魔法使いが、この湖に"みんなを笑顔にする魔法"をかけた…って話に尾鰭がついて、今では"願いを叶える湖"とも呼ばれている。
そんなモノが目の前にあるせいか、コイツはここに来ると度々この話題を持ちかけてくるのだ。
「そうだな、じゃあ世界平和でも願っとくわ」
「絶対思ってないでしょ?」
「オレに出来る事なら自分でやるわ。だから何でも願えるんなら、オレの力じゃどうしようもない事をかなえて貰うってだけさ」
「だとしても、多少は自分に利益のある願いにしなさいよ」
「なら、差し当たりお前の寝坊癖が治るよう願っとくか…… 」
「ちょっと待って、今の持論で言うと、私の寝坊はアンタじゃどうしようもないレベルまで来てるって事になるけど!?」
「感のいいガキは嫌いだよ」
「…… おい」
軽口を叩き合う。
喧嘩じゃない、これもいつものじゃれ合いだ。
ふと、一際冷たい風が二人の間を抜ける。
そろそろ家に帰ろうか。
それを察してか、ナギも柵から離れた。
また二人で歩き出す。
今度は舗装されていない森の中を歩く。
この方が近道なのだ。
歩き続けて数十分。
もうすぐ家に着こうとしている時、汚い布を被ったゴミを発見した。
「…… 不法投棄?ヤなことする連中もいるものね」
ナギは呆れ顔だが、思っているだけで片付ける気は無いらしい。
オレも同じく、態々デカいゴミを片付ける気にはなれない。
……と思っていた。
ピクッ
「…… おい、今あの布動かなかったか?」
「風で揺れたんでしょ?」
いや風なんかなかった。
近づいてよく見てみると、布からはみ出た何かが微かに動いている。
それは…… 人の指によく似ていた。
「ってこれゴミじゃねぇぞ!? 人だ!」
「えっうそ!?」
慌てて布を引っぺがす。
その下にいたのは……長い金髪が印象的な小さな女の子だった。
「…………っ、わ…」
二人で愕然としていると、それの口が僅かに動き、オレ達にこう言ったのだ。
「わ、私は魔法使いです…… 何でも出来ます…… あ、貴方の願いを叶えさせて下さい……」
そう言い終わると、再び倒れてしまった。
「いや人のことより自分のことを…… って大丈夫か!おいっ!」
少女は眠ったまま動かない。
この出会いが、物語を大きく動かす事になる。
彼らの"夢"が始まった。