1話 ーいつも通りの朝ー
時に諸君らは魔法使いの存在を信じるだろうか?
恐らく大概の人間は信じていないだろう。
より正確に言うならば、信じている、或いは何処かにいるかもしれないと思ってはいるが、確かな確証がないからいないのだろう…そう考えているのではないか?
しかし、魔法は確かに存在する。
何故ならオレが魔法使いだからだ。
勿論実際に魔法を使うことが出来る。
ただ、残念なのはオレを含めた魔法使いの大半は、絵本や漫画に出てくる様なすごい魔法を使えるわけではないと言う点。
ファンタジーの世界ならば、魔法で極太ビームを放ったり、何かを召喚したり、無数の剣を作り出して戦ったり、手から和菓子を出す様な魔法、又は魔術を使い周囲を驚かせている。
でも、本来魔法と言うのは些細なモノ。
例えば、寝坊助の誰かさんを待っていたため、すっかり冷めてしまったコーヒーが入ったティーカップ。
こいつに一人前の魔法使いが出来ることと言えば、コーヒーをちょっと熱めくらいまでの温度にしたり、ティーカップを1cm程度、宙に浮かせるくらいしか出来ない。
…… まぁ、一般人からすればそれだけで凄いのだが、別に魔法を使ってやる必要はない。
コーヒーを何も無い場所から物質をポンと出す物理的概念を超越した魔法なんて、最高峰の魔法使いにだって難しいだろう。
いや、できる奴はいる事にはいるが、それは極々限られた一流中の一流の魔法使いだけ。
しかもそいつらにできるのも、手の平に乗る程度の大きさの物を出すのが精一杯だろう。
さて、そんな中オレが使える魔法はたったの三つ。
一つは『願いを叶える魔法』
凄いだろ?
だがお察しの通り実は凄くない。
正確には『自分の願いを叶えようとする前向きな心を、少しだけ後押しする』魔法を物に掛けることが出来る。
しかも手の平で包める程度の小さな物限定。
ややこしい説明になってしまったが、要するにキーホルダーやアクセサリーなんかに『お守り』とか『パワーグッズ』の様な効果を付与する事が出来るわけだ。
まぁ、仮にそれを持っていたとしても、所持者も気づかないだろうが。
周りを見てみろ。
「このお守りを買ったおかげでぇ……」なんて言う奴いねぇだろ?
…… えっ、いるって?
もしそいつの友達なら今すぐ目を覚まさせてやれ、絶対騙されてるぞ。
とまぁ、気休め程度の微弱な魔法だ。
二つ目は…… これはいいや。
必死こいて練習した割に失敗してるからノーカン。
オレが使える魔法は二つ。
二つ目は、『予知夢』
夢の中で未来を見る魔法だ。
羨ましいか?
全く役に立たんぞ?
まず、寝たからといって必ず予知夢を見られる訳ではない。
普通の夢も見るし、なんなら何も見ない日もある。
いや、寧ろ見ない日の方が多い。
忘れた頃にふと見る…… そんな感じだ。
次に、予知夢を見られたと仮定して…… いつ、どこで、なぜそんな展開になっているのか全くわからない。
数年後の話か死ぬ直前の話か…… 或いは起きてすぐの出来事かもしれん。
最後に………誰の未来かさえわからない。
自分の未来じゃない可能性もあるのだ。
遠くの国に住む奴の未来か、はたまた自分の友達の未来かさえわからない。
はーつっかえ。
以上、オレの冴えない魔法ラインナップでしたとさ。
冷めたコーヒーをグッと煽る。
心が冷えてしまったせいか、コーヒーがちょっと温かく感じた。
……しかし遅い。
コーヒーをもう一杯入れた後、自分の部屋の隣にあるドアの前に立つ。
ドアにはネームプレートが掛けられている。
NAGISAの部屋
勝手に入るべからず
オレは寝坊助を叩き起こすべく、ドアをぶち抜く勢いで叩いた。
「おいいつまで寝てんだ!さっさと起きてメシ食いやがれ!」
しかし返事がない、ただの屍の様に寝てるアホのようだ。
ドンドンドンと連続で叩いてみる。
だが返事どころか物音一つしない。
太○の達人風に、小粋に一曲演奏してみる。
ドン♪(殴)ドドドン♪(殴殴殴)ガッ!(蹴)
ドドガガドドガッ!(殴殴蹴蹴殴殴蹴)
…何やってんだオレ。
入るぞ、と一言言ってドアを開ける。
目の前に広がる部屋は綺麗に片付いていた。
それでいて、所々にぬいぐるみやらアクセサリーやらが飾られおり、如何にも女の子らしい部屋だった。
が、ベッドの片隅をみると、無残に転がっている目覚まし時計が。
それも両手の指では足りないくらいの。
恐らく寝る前に全部セットしているはずだから、コイツら全員今朝止められたのだろう。
ある意味流石としか言いようがない。
オレは鳴き声を潰された戦士たちに囲まれている、ベッドの上に膨れ上がった毛布を力の限り引っぺがした。
そこには……
「…すぅ……すぅ……」
可愛い女の子がスヤスヤと眠っていた。
腰まである艶やかな茶髪。
ツンと上を向いた鼻に長いまつ毛。
普段はキリッとした吊り目は今はトロンと溶けたように下がっている。
一言で言えば、美人、可愛いと言う他ない。
多少身内贔屓もあるかもしれないけど。
しかし残念かな。
こんな美少女でも寝ている時に涎を垂らすモノなのだ。
枕にシミできてるし。
加えて胸も極めて残念。
知らない連中が見たら百年の恋も氷河期を迎えてしまうに違いない。
そんな彼女はオレがゴミを見るような目で見下しているとは知らず、毛布を剥がれて尚気持ち良さそうな寝息を立てている。
「朝だぞ。起きれぃ」
身体を揺らしても起きない。
仕方がないので蹴り起こす事にした。
あぁ、こんな事したくないなぁ、美少女を蹴るなんてしたくないなぁ。(ゲシゲシ)
「…んっ……んんぅ…」
おっ、覚醒し始めたか?
そろそろ本気で起こさないと、学園までマラソンする羽目になるのでさらに強く蹴る。
ついでに尻も蹴ってやろう。
フニフニ。
なんとも言えない柔らかい感触が足の甲に伝わる。
……うん、悪くない、悪くないゾォ…… っ!。
いっそのこと鷲掴みにしてやろうか。
冗談半分で、こちらに突き出された美尻に手を伸ばしかけた。
「…っか…んに…」
?
「いい加減にしなさいよ! 何時だと思ってんのよ!?」
「何時だと思ってるんですかねぇ!!」
転がっていた美少女はまだ半分寝ているのか、閉まりそうな目を必死に開きながら叫んだ。
「何時ってそりゃアンタ…… ってもう朝!? こんな時間じゃない!」
ボサボサの長い髪の毛を振り回す。
着ているパジャマもグシャグシャだ。
「バカやってないで早よメシ食って学園行くぞ、ナギ!」
着替えもするだろうし、まだ後ろでギャーギャー喚いている妖怪美少女モドキを無視してリビングへと戻った。
食卓で待つ事10分。
アイロンがけされた制服とスカートを完璧に着こなし、長い髪の毛は清楚感漂うポニーテールに束ねられている健康的な美少女が現れた。
東雲 凪咲…… 詐欺師である。
同い年のコイツとは、お互い家庭の事情により、この家で共に暮らし始めて早10年になる。
二人はすくすく成長し、今年で高校二年生になった。
幼い頃から一緒にいるので二人の時は互いに自分をさらけ出せる…… と言えば微笑ましいが、実際こいつを起こすたびにこの騒ぎに付き合わなければいけないのは、正直疲れる。
しかし慣れとは怖いモノで、たまーにコイツが早起きなんかしちゃったりすると、どこか物足りなく感じてしまう。
「ちょっと、なんでこんなギリギリまで起こしてくれなかったのよ。危うく走って登校なんて言う醜態晒すところだったじゃない!」
「だったらまた目覚まし時計を増やすんだな。何だお前の部屋は、時計屋さんかよ」
プンスコ怒るナギを横目に見ながら、トーストを齧る。
因みにナギと言うのはコイツの愛称。
が、どうも本人曰く、そう呼んで良い相手は選ぶらしく、男ではオレしか呼ぶことを許されていないとかなんとか…って話をクラスの女子連中に聞いた事があったっけ。
今日の朝食は、焼いたトーストと目玉焼きとウインナー。
正にザ・朝食って感じのメニュー。
はい、私が作りました。
因みに制服にアイロン掛けしたのも何を隠そうこの私。
もっと言えば、家事はほぼ全てオレがやっている。
「お前、仮にも女子なんだからさ、家事の一つでも覚えないかねぇ?」
「…… はぁーやだやだ、女子だからって家事をやるなんて古臭い常識に囚われた男って。前世はさぞ硬派な武士だったのでしょうねぇ」
進言すればこれである。
確かにその意見には一理あるが、かと言って何もしないのはどうかと思う。
……失敬、できないの間違いだったわ。
「…… 別にいいけど。でもどうしてくれる? お前を起こしていたおかげで、最初に用意していたメシは兎も角、二杯目のコーヒーすら冷めてるじゃねぇかよ」
「あぁはいはい、やればいいんでしょやればぁ」
ナギは細く綺麗な指をティーカップに向ける。
すると、その指が淡く光り、次の瞬間には程よい熱さのコーヒーになっていた。
真面目に紹介しよう。
東雲 凪咲……魔法使いである。
それもこの年で一人前の実力を持っている、将来有望な魔法使いだ。
「どうせなら愛情も込めてくれ」
「はぁっ!? ば、バカな事言ってんじゃないわよ!」
「罰ゲームだ。いいだろそのくらい」
「……はぁ、 どうしろっつーのよ」
何だかんだ言いながら実はコイツ、結構ノリがいいのだ。
だからこそ毎日手間が掛かるけど、楽しい毎日を過ごせている。
「メイドさんがやるヤツ。美味しくなれーって」
「本当にやるのぉ!? …… 仕方ないわね、いくわよ……」
対面側に座っていたナギがオレの隣の席に移動して、コーヒーに向かって愛想を振りまいた。
「美味しくなって♡ 美味しくなってぇ〜♡ …… なれよア゛ぁ゛ん゛!?」
脅しじゃねェかよ。
「どこの世界にコーヒーに脅迫まがいな事するメイドさんがいるってんだ?」
「何よ、不満なワケ?」
「いや、ある意味普通にやるよりも面白かったから内心大満足なんだが…… そろそろ時間がヤバイ」
「うがぁぁぁっ!」
ついには吠えてしまった。
いやぁ、コイツ弄るの楽しいわ。
朝食を口に目一杯詰め込み家を出る。
「ほら早く行くわよ、ハルっ!」
先に玄関で待っていたナギに急かされながら家の鍵を閉める。
ハル。
仲のいい連中はみんなはオレの事をそう呼ぶ。
オレは結構気に入っていた。
「へいへい、お待たせしました、お嬢さん」
何も変わらないいつもの朝。
こんな毎日が、ずっと続けばいいな………。
そんな事を思いながら、玄関の鍵を閉めたのだった。