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「つかさ、」


ライターでくわえたタバコに火をつけたマスターは、

それを軽く吸うと、ふーっと勢いよく吐き出した。


「アンタがそんなんだからじゃねぇの?」

「は?」


そんなんて何がなんだってんだ。

と、頭で考えたらマスターが

ポケットから携帯灰皿を出して器用に灰を中に落とす。


「アンタって流されやすいのな」

「なっ……」

「お友だち急に死んだと思ったら

愛の告白文見ちゃって同情してるだけだろ」

「んだとっ?!

……うわっち?!」


言われように頭にきた男は勢いよく立ち上がったが、



「つぅーーっ……」


カウンターについた手がカップにあたり、

そこからこぼれたカフェオレが手にひっかかった。


その様子に見向きもしないマスターだったが、


「ほらっ……」

「わっ」


どこから出したのかおしぼりを男向かってに放り投げた。


それを上手く手にして男は思った事を口にした。


「どうして最初におしぼり出してく「ありがとうございます。は?」


言葉を遮るように礼を求めるマスターに男は

「誰のせいだ」と、呟いて棒読みで礼を言った。


「彼女さんが怒る気失せるのも解るわ」

「……っ」

「お友だちが黙り続けたのもな」

「何が……解るってんだよ」


悔しそうに唇を噛んでおしぼりを握りしめる男に

マスター軽く溜息をついて、

カウンターから出ると、


「え……」

「よいしょ」


男の横に腰を下ろした。



「食べないの?」

「は?」

「ケーキ、実は好きじゃないとか?」


カウンターに肘を置き、

顎に掌を宛がうマスターの表情は無表情で、




「いえ……好きです」


なんとなく読めない奴だと男は顔をしかめながら

ケーキを一切れ手に取った。


口に近づけると、ケーキ特有の甘く、

そしてバターの芳醇な香りがふわっと鼻に触れた。


男は不思議な感じがした。


さっきのカフェオレもそうだったが、

このマスターの用意したものは

すーっと気分を落ち着かせてくれる。


自然と口が開いてしまう。


体というよりは、

心が今手にしているものを欲しているようで、


どこかで縋ってしまいたいような気分にさせられる。


男はケーキを口に運ぶと

半分ほど含んで歯先でかじった。


「……」

「……」

「……あの」

「あ?」

「おいしい、です」

「あっそ、」


そりゃよかった

と、呟く言葉はどこまでも優しい響きがした。


きっと顔も笑っているような気がしたが、

男はマスターの方を見ずに残りをパクッと口に放った。


「彼女、料理が好きで」

「ふーん」

「俺が来ること事前にわかってたら、

お菓子とか、作ってくれてて」

「あー。だから知ってんのな」

「名前わからなくてケーキはケーキだろっていうと、

呆れながらも笑ってくれてました」

「いい子じゃん」

「はい」


そう呟き、

男は指先についたパウンドケーキの汚れをおしぼりで軽く拭いた。


「あの」

「ん?」

「俺は……」


流されやすいんでしょうか。



「……さぁな」

「時々、自分でも……

自分の気持ちが解らなくなるんです」

「……」

「アイツが俺を好きだったって事も

彼女が俺を好きだったって事も

俺が二人を好きだって事も全部事実で。

でも、どちらかってのは……俺には」

「不器用なんじゃねぇの?」

「……サイアクそれ」

「まぁアンタがどう取るか知ったこっちゃないけど……さッ」


マスターは両手を高く上げ軽く伸びをすると

深く息を吸って、大量の煙を吐き出した。


「そんなアンタだからお友だちは黙ってたし

彼女さんは何も文句言わなかったんじゃない?」

「それさっきも言ったじゃないですか……」

「さっきからムカつくなアンタ」

「すいません。

俺いつもこんなんじゃないですけど」

「損な性格」

「よく言われます」

「なら直せよ。

自分のこと棚上げすんなボケ」

「いっつも客にこんなんなんですかマスターさんは」

「どうだろ。

愛想はよくないとは言われるね」

「人のこと言えねぇーじゃん」

「だからいえんだよ」

「は?」


訝しげにマスターを見上げると、

やはり相変わらずの無表情で、


「アンタが不器用だから、

どうしていいか解らないぐらい悩んだから

彼女さん、文句言わずに引いたんじゃねぇの?」

「え……」

「人間いざって時はスパッと決めれたら楽だけどさ、

それは時と場合によるっしょ」

「それは……」

「アンタはそれでいんじゃねぇの?」

「……」


険しい表情がどんどん崩れて、


「そのまんまで」


何だかこみ上げてくるものがそこにはあった。


「後は後悔しない程度に上手くやりな」

「……あの」

「さって、朝の仕込みでもすっかなー」


食べ終わったら声かけな。

と、立ち上がりながら言うと、

マスターはまたカウンターへと戻っていった。


その後姿を呆けて見ていたが、


「……」


男はすぐに目の前にあるカップに目線を落とした。


もう湯気の立っていない冷え切ったカフェオレ。


それは自然と自分の気分とリンクした。


カップを手に取ると、それを口へ運ぶ。


思ったとおり冷え切っていたが、





「……やっぱ美味しいや」


男は目頭を手で押さえながら、

もう一切れのケーキも口にした。






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