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座部が円形の脚の長い固定椅子。
足下には足置き場が設置されており、
足をぶら下げることなく楽に座れた。
男は正面を見やると
マスターが背を向けカチャカチャと忙しく動いていた。
「あの……」
「ん?」
「夜更けに、勝手に入ってすみません……」
「あ?」
振り返ると眉間に皺を寄せ、
睨む様に見るマスターに、
「あ、いや……」
男は思わずたじろいだ。
そんな男にマスターは首を傾げ、
「店に客入らなきゃ商売になんねぇだろ」
「は?」
「安心しな、今は営業時間」
「へ?」
きょとんとする男にマスターは
「初めてだからねぇ〜」と、語尾を長めに言った。
「何する?」
「へ?」
「飲食店で何もくわねぇつもり?」
「あ、」
それもそうだと思いつつも
営業時間て気を使ったんじゃ……と申し訳なく思ったが、
「……」
「っ!?」
早く言わないと
何かとてつもないことが起こるような恐怖にかられ、
「か、カフェオレで……」
男は上擦った声で注文した。
マスターはそれを聞くと自分の顎を
指先でトントンと軽く叩いた。
「あ、」
「え!?」
「何、さっきから」
「いや、なんでも……」
「アンタ急ぐの?」
「は?」
「生から炒っていい?」
ストックきれててさぁ。
と、ボヤくマスターに
男は「構いません」と、頷いた。
それからマスターは準備を始めた。
炒られていくコーヒー豆の香ばしい匂いは絶品で、
男はブラックにすればよかったと思ったが、
「……ムリだよな」
注文を変えるとまた睨まれそうで怖くて言えなかった。
フライパンから上げられた豆は横に移動し
何やら箱みたいなものに入れられた。
男は薄暗いので見えにくかったが、
ガリガリと店内に響きわたる音から豆を挽いているのだとすぐ解った。
その音が止むとマスターは白い小さな布を取り出し、
それを横に広げると大きな口を開ける。
そこへ挽かれたばかりの豆を中に入れた。
箱についた豆まで振るって綺麗に中に入れると、
それをどこの喫茶店でも見かけるコーヒーメーカーの天辺にセット。
あらかじめ水はセットされていたようで
スイッチが入るとゴポゴポと、音がしだした。
そして出来上がるのを待つ間
マスターは近くにあったのか雑誌を手にすると、
腰が下がり、その雑誌を開いて読み出した。
それを邪魔していいものかと気にはしたが、
「聞いていいですか?」
待つ間の手持ち無沙汰で思わず口が開いた。
すっと上がる顔に
また睨まれるのかと内心後悔したが、
「何?」
思いの外優しい声音に男は安堵し、また口を開いた。
「このお店の名前って……」
「『喫茶店。』だけど」
「な、何で……」
「何でって、分かり易いだろその方が」
至極当然と言わんばかりの表情に
男は思わず呆けてしまった。
「お兄さんさ、無事でよかったね」
「え?」
言われている意味が解らずに、
男はキョトンとしていると、
「ほら、近くに公園あるでしょ」
「え、あ、はい。
さっきそこに入ろうと……」
「うっわー」
マジよかったねぇ。
と、呟くマスターに男は首を傾げると、
「あそこね、たまに通り魔が出るんだって」
「え?」
「草むらに引きずりこまれて、
やられちゃうんだってよー」
「えっ……」
やられるって殺されるのだろうかと
男は内心ヒヤッとしが、
「女の子だけじゃなくて男も突っ込まれんだもんねぇ。
変なご時世になったもんだねぇ」
「……」
何故かもっと冷や汗がでた。
俺が、もしあの公園に入っていたら……、
「それでも、よかったかもな……」
「ふーん。物好きだねアンタ」
「え、あ、いや……」
男の発言には興味ないとばかりに、
マスターは軽く欠伸をした。