第8話 王都の訓練は“普通”じゃない
「なんでも聞いてくれていいからね、エイスくん」
そういったのは、冒険者パーティー『鯨の髭』のリーダー役マリルー・コーレルさんだ。
肩の辺りまで伸ばしたワインレッドの髪に、青空を思わせるような青眼。
身体は細く、浮かべた笑みがとても子供っぽくて、失礼だけど、ちょっと男の子みたいな感じの人だった。
職業は【魔導士】なのだけど、前衛で戦うこともあることから、ライトアーマーを付けている。
説明されて、初めて知ったけど、あの鉄の塊は鎧なのだそうだ。
そうか。
この辺りの人は、エンチャントなしで鎧を着て、身体を鍛えているのか。
偉いなあ。ぼくもやってみようかな。
ちなみに『鯨の髭』というパーティーネームは、マリルーさんの実家の定食屋の名前から取ったらしい。
「結構、適当でしょ。えへへへ」
「付けた本人が言うなよ」
振り返ったのは、前を歩く大きな盾を背負った小熊族の青年だ。
名前はエトヴィン・ヴォーリッツさん。
『鯨の髭』の盾騎士で、前衛でパーティーを守る役目を担っている。
一部白に変色している灰色の短髪に、優しいオレンジ色の瞳。
背丈こそぼくとそう変わらないけど、とても絞り込まれた身体をしていた。
手と足先、耳の一部が毛深い以外は、獣人らしい特徴はなく、少し鼻の頭が赤いのが、ちょっと可愛いと思ってしまった。
「いいじゃない。みんなで決めたんでしょ?」
「俺は反対したぞ」
「そうだっけ?」
「覚えてないのかよ、お前! あの時、散々……」
「はうぅ……。ふ、2人とも喧嘩はやめて。え、エイス君の前……」
獣道のど真ん中で喧嘩を始めた2人の間に入ったのは、『鯨の髭』の最後の1人だった。
ふわふわとした金髪、やや儚げというかぼんやりとした水色の瞳。
身体はとても小さく、まるでお人形さんみたいだ。
けれど、胸はとっても大きく、ゆったりとした銀色の羽衣を纏っているせいか、歩くと足音と一緒に、ちょっと刺激的な衣擦れの音が聞こえてくる。
彼女の名前はロザリム・カンベールさん。
子供みたいな容姿なんだけど、『鯨の髭』最年長。
エルフらしく、金髪の横からは特徴的なとんがり耳が出ている。
職業は治癒師兼補助役だ。
「はうぅ……。け、怪我とかしたら、ろろ、ロザリムにいってね」
「はい。ありがとうございます!」
「いいね。エイス君は元気があってよろしい! 私の新人訓練の時を思い出すなあ」
「マリルー、ガチガチだったもんな」
「うっさいわよ、エトヴィン。あんただって、ろくに働いてなかったじゃない」
「俺は盾騎士だからいいんだよ。パーティーを守れれば」
「2人とも仲がいいんですね」
「「どこがよ(だ)!」」
突っ込むタイミングまで完璧だ。
いいなあ。ぼくもこんなパーティーに入りたいな。
「エイス君、うちに興味ある!? 大歓迎よ! うちは絶賛人材募集中だから。なんせ魔導士の私が前衛で戦わなければならないほど、逼迫しててね……」
「そういいながら、人が止めるのも聞かず、突っ込むのはどこのどいつだ?」
「今日はいちいち突っかかるわね」
「お前がはしゃぎ過ぎなんだよ」
「はうぅ……。ふ、2人とも……。もう――」
ふにゅう、と声を上げて、ロザリムさんが頭を抱える。
2人の口論は続いた。
けれど、聞いていて気持ちがいい。
やっぱり仲がいいんだと思う。
ぼくもいつかこんな風に、わだかまりなく言い合える仲間が出来るのかなあ。
今回のぼくのクエストは、先輩のパーティーに混じってダンジョンの探索を行うことだ。
パーティーの適性と、先輩の冒険者からダンジョンでの注意点を学ぶ。
ダンジョンとは、先史時代から残る遺跡だ。
その形状は様々で、洞窟からお城、森全体が特殊な空間になっていることもある。
ぼくたちがやってきたのは、王都の近くにある洞窟型のダンジョンだ。
初心者用らしく、棲み付いているのも低レベルな魔獣だけらしい。
「ダンジョンは初めてよね、エイスくん」
「当たり前だろ、そんなの」
「私は結構、町の近くにあった小さなダンジョンで遊んでたわよ」
「昔っから危なかっしいんだな、マリルーは」
「子供が冒険するのは、世の常よ。ね――」
「ええ……。ぼくも村の近くのダンジョンにいってました」
村の近くにヘルズ・ダンジョンという遺跡があって、そこで採れる鉱石を取りにいったなあ。
「ほら! 私と一緒じゃない。――ね? エイス君のダンジョンってどんなところだった?」
「ぼくの村の近くのダンジョンは、地下1万階ぐらいあって、ぼくは2021階がやっとでした。1000階ぐらいから、空気が薄くなってきて、潜るのが大変なんですよ」
「…………」
「…………」
「…………」
あれ? なんかぼく、おかしなこといったかな。
エトヴィンさんやマリルーさんは愚かロザリムさんまで目を丸くしていた。
すると、プッとマリルーさんは突然吹き出した。
「あはははは……。エイス君、なかなか面白い冗談をいうわね。いい! そういうの緊迫した場面では、重要よ」
「洗練はされてなかったがな」
マリルーさんは、バンバンとぼくの背中を叩く一方、エトヴィンさんは薄く笑い、肩を竦めた。
横でロザリムさんまで、くつくつと肩を震わせている。
そんなにおかしいことかな。
いや、多分マリルーさんにとっては、2021階なんて大したことないんだろう。
だから、ぼくが降りなさすぎて笑っているに違いない。
そうこうしているうちに、ぼくは魔獣に出会った。
この前出会ったスライムというヤツだ。
「よーし! エイス君! いっちょかましたれぇ!」
「スライムぐらいなら、1人で倒せるだろう」
「はうぅ……。け、怪我したら。かか、回復させますから」
エールを送る。
ぼくはスラリと剣を抜いた。
スライムは相変わらず、ネチネチと動く。
うーん。やっぱり苦手だな。
あの見た目がどうも……。
そして、その日ぼくの訓練は始まった。
◆◇◆◇◆
「よーし。到着!」
しばらく歩き、ダンジョンの最深部に辿り着いた。
マリルーさんはピューと走り出すと、1段上がった場所に昇る。
元々祭壇だったようだけど、今は何もない。
「これでエイス君のクエストは達成だよ。お疲れさま」
「一時はどうなるかと思ったが、やれやれ。まさかエイス君が、スライムを苦手としているとはな。そんなに立派な剣をもっているのに」
「す、すみません」
結局、スライムに一太刀も入れることは出来なかった。
ダメなんだよなあ、あの見た目が。
生理的に受け付けないというか。
それにしても、やっぱりマリルーさんたちはすごい。
あんな怖いスライムをお菓子感覚で、倒してしまった。
やっぱり冒険者って凄いんだ。
「最初は怖いと思うよ。要は慣れよ、慣れ」
「慣れすぎるのも、問題だけどな」
マリルーさんを戒めるように、エトヴィンさんはため息を吐く。
「ダンジョンはこれで終わりですか?」
「そうよ。あっ? もしかして歯ごたえがなかったとか思ってるんでしょ? 残念ながら、ここのダンジョンってほぼ一方通行な上、面白いギミックとかないのよね」
「面白いとかいうな。さっきもいったが、他のダンジョンでは侵入者用の罠とかもあるからな。さっき教えたとおり、場所や地点についてはよく注視するんだぞ」
終始、いろんな事を教えてくれたエトヴィンさんが、念を押す。
パーティーの前衛を守るだけあって、ダンジョンに敷設された罠には敏感らしい。
「は、はい。でも、その……まだ奥があるみたいなので」
「「「へ?」」」
『鯨の髭』の3人は声を揃えた。
仲良く周りを見渡す。
「どこにも通路なんてないぞ」
「はうぅ……。ゆ、幽霊でも見えてるの……?」
「ちょっと! ロザリム! 怖いこといわないでよ!」
おかしいなあ。
エトヴィンさんの忠告通り、よく見ただけなんだけどな。
ぼくに映っていたのは、壁に光る文字だった。
古代ヤーラム語だ。
幸いなことに、これぐらいならぼくでも読める。
その中には、この先に通路があることが書かれていた。
実は、祭壇の前に書かれているのだけど、みんななんで気付かないのかな。
はっ!!
そうか。
これは訓練なんだ。
ぼくがそれに気付けるか、テストしているんだろう。
危ない危ない。
このまま失格になるところだった。
古代ヤーラム語は、別名【霊子文字】といって、眼力強化系のスキルかエンチャントをかけないと、解読不可能な先史時代の文字だ。
おそらく先ほど、ぼくに念を押したのも、「気を付けて見ろ」っていうエトヴィンさんなりのヒントだったかもしれない。
ぼくは早速、文字に書かれている通りの手順で、祭壇の横にある突起を押した。
ごごごごごごごご……。
祭壇がずれると、薄暗い地下へと続く階段が現れる。
「やった! 地下への階段を見つけたぞ!」
「え? ちょっとなにこれ?」
「まだ調べられていないフロアがあったのか!」
「何を言っているんですか? エトヴィンさんのアドバイスのおかです。よく見て、発見することができました」
「お、おう……。す、凄いな、エイス君」
あれれ? エトヴィンさん、どうしたんだろう?
なんか顔色が悪いんだけど。
お腹でも痛いのかな?
ロザリムさんが目を泳がせ、尋ねた。
「はうぅ……。どどど、どうする? ふ、2人とも……」
「行っちゃおうよ! あたしたちが初めて見つけたのかも知れないし。凄いわ、エイス君。大発見よ!」
ぼくの手を取り、マリルーさんはぴょんぴょんと飛び跳ねた。
初めて? 大発見?
あれ? なんのことかな。
あ――そうか。
この試験を抜けたのは、ぼくが初めてってことか。
だから、マリルーさんはこんなに喜んでくれているんだ。
でも、冒険者の訓練って気軽にみんないってたけど、まさかこんな心理的なトラップをしかけてくるなんて。
やはり王都の訓練は“普通”じゃないな。
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