第5話 “普通”の全力がわからない
プロローグから4話までサブタイ変更、一部改稿しました!
「エイスくん、冒険者になるつもりはないか?」
リナリルさんは唐突にいってきた。
1枚の紙を見せる。
そこには『冒険者認定試験』という文字が書かれていた。
冒険者は魔獣を倒したり、ダンジョンに潜って宝を発見したりする職業だ。
1番メリットは、街の出入りが自由になること。
一般人は、許可がないと出ることはできない。
街の外は魔獣がいて、危険だからだ。
薬草採取の時も、ぼくたちはギルドを通して国に許可を取っている。
だが、冒険者はそうした煩わしい手続きがない。
ステータスカードを持っているだけで、城門をくぐることが出来るのだ。
必然、仕事の幅も広がる。
依頼料もアップするというわけだ。
良いことずくめだけど、心配なことはある。
冒険者となったからには、外に出て魔獣と戦わなければならない。
果たして、ぼくみたいな村人が、やっていけるかどうか少し不安だった。
「ぼくに出来るでしょうか?」
「君なら出来るさ。あのソードライガーを追い払った君なら十分だろ」
うーん。でも、“猫”を追い払うのと、魔獣と戦うのとは違うと思うんだけど。
煮え切らないぼくの頭に、リナリルさんはそっと手を置いた。
「自信を持て、エイスくん。君なら出来る」
かぁ、と顔が赤くなる。
同時に心も熱くなった。
リナリルさんがぼくを認めてくれる。
断る理由はなかった。
◆◇◆◇◆
冒険者認定試験の日がやってきた。
ぼく以外にもたくさんの人が来ている。
皆、ぼくと同じ“普通”の人たちばかりだ。
中には、鉄の塊を着たり、手に鋭い鉄の塊を持った人がいた。
ああいう人をギルドでも、街中でも見かけるけど、なんであんなものを着たり、手に持ったりしているんだろう。
もしかしたら、鍛えているのかな。
試験の直前まで、自分をいじめ抜くなんてすごいなあ。
円形に杭をうち、そこにロープを張った簡単な会場には、リナリルさんの姿もあった。
どうやら、今回の試験は彼女が仕切るらしい。
物憂げな表情で指揮をしている。
いつも通り凜々しかった。
よし! リナリルさんの前で、良いところを見せるぞ!!
「よーし。集合!」
会場の真ん中に、一際大きな身体の人が立っていた。
鬣みたいな茶色の髪。
鼻は長く、垂れ目で、口には薄らと笑みを浮かべていた。
きっと冒険者なんだろう。
日に焼けた肌のあちこちには、古傷が残っていた。
「俺の名前はパイル・パッカー。Bランクの冒険者だ。つまり、お前らの先輩――おっと、まだお前らは冒険者ではなかったな。まあ、あれだ。この認定試験に合格すれば、お前らの先輩になるわけだ」
やっぱり……。
でも、弱い冒険者なのかな。
そんなに強くないように見えるけど。
「今日の試験は実戦だ。魔獣を倒す力量がなければ、冒険者なんてやってられない。剣を使って、一太刀俺に入れることができたら、合格。たとえ負けても、善戦したら、合格とする。ようは根性を見せれば、合格ってことだ。シンプルだろう」
つまり、あの人に勝てばいいのか。
意外と簡単な試験かもしれない。
いや……待てよ。
そう考えるのは早いんじゃないか。
ぼくが気づいていないだけで、実力を隠し持っているのかもしれない。
はっ……。
もしかしたら、他の人もそうなんじゃないのか。
“普通”の人だと思ったら、実はとんでもない実力者だった。
その可能性はあるかもしれない。
ごくり……。
この試験、難しいかも。
気を引き締めなくちゃ。
番号を呼ばれ、次々とパイルさんと戦う。
ほとんどの受験者が、パイルさんに一太刀入れるどころか、掠りもしていなかった。
見た目は素人相手の凡戦だけど、きっとあの戦いの中には、ぼくではわからない駆け引きが行われていたに違いない。
ぼくは真剣にみんなの動きを盗もうとしていた。
そうこうしている間に、ぼくの番がやってきた。
円形の会場で、ぼくとパイルさんだけになる。
「お前……? 素手でやる気か?」
あ。そうだ。
ぼく、武器を持っていなかった。
愛用の短剣は村に置いたまんまだし。
どうしうようかな。
「俺は構わないけどよ。ないなら貸し出すこともできるぞ」
すると、袋を差し出す。
中には、周りの人がもっているような尖った鉄の塊が置いてあった。
え? これって武器なの?
全然斬れそうにないんだけど。
エンチャントも全くかかってないし。
ミスリルでもなければ、オリハルコンでもないし。
単なる鉄の塊だよね。
まるで玩具だ。
これなら、錆びた包丁を使った方がよっぽど使えると思うんだけど。
あ……。そうか。
これは模擬試合だった。
本物の武器を使ったら怪我をしちゃうよね。
だから、みんな玩具を持ってきているんだ。
じゃあ、ぼくも玩具を選ばなくちゃ。
うっかり拳で人を殺すわけにはいかない。
ぼくは1本のロングソード(の玩具)を選んだ。
「若いな。名前は?」
「エイス・フィガロです。よろしくお願いします」
「ほう……。やる気だけはありそうだ。今回の受験者は覇気がねぇ。どっかの仕切り役のせいかねぇ」
パイルさんは振り返る。
そこにはリナリルさんがいた。
どうやら、2人は知り合いらしい。
「黙れ、パイル。試験に集中しろ。素人だと甘く見たら、痛い目をみるぞ」
「はっ! 俺はBランクの冒険者だぜ。素人相手に万が一もねぇよ。それよりも、これが終わったら、一杯どうだ?」
「お前が、足腰立つ状態なら考えてやらんわけでもない」
「はは……。そりゃ楽しみにしてるぜ。さーて、まどろっこしい試験なんて、とっとと終わらせるか……」
どういう関係なのかは、外から見てる分にはわからない。
でも、ぼくにはリナリルさんが困っているように見えた。
すると、その彼女と目が合う。
「エイスくん、全力でやっていいぞ」
勇気をもらったような気がした。
再びぼくの身体が熱くなる。
応えたい! 全力でリナリルさんの期待に応えて上げたい!
パイルさんはぼくに向き直る。
何故か、ぼくの目を見て、ヒッと悲鳴を上げた。
「な、なんだよ、お前。怒ってるのか? もしかして――」
「あの……。そろそろ始めませんか?」
「は、はは……。そうだな。とっとと終わらせちまおう」
パイルさんは剣を構えた。
試験で構えたのはこの時が初めてだ。
ぼくも構える。
ロングソードを最上段に掲げた。
魔力を込めると、空に暗雲が垂れ込め始める。
すると、空気が渦巻いた。
周囲につむじ風が巻き起こり、ぼくのロングソードに纏わり付く。
たちまち巨大な竜巻が暗転した空へと駆け上がっていった。
「ちょ! 君君君君君君ぃ! 何をしてるんだよ!?」
「別に何も……。ただ全力で振るだけです!」
「待て待て! なんだ。そのエンチャントは! まるで最上級魔法……。街ごと消し飛ばすつもりか!!」
試験会場は混乱していた。
打っていた杭が風で吹き飛ぶ。
受験者も、ギルドの関係者も慌てて屋内へと逃げ込んだ。
残っていたのはぼくとパイルさん、そしてリナリルさんだけだった。
「これぐらい“普通”ですよ」
「ぎゃあああ!! そんな“普通”があってたまるか!」
「いきます!」
風を纏ったロングソードを、全力で振り下ろした。
「待てぇぇぇぇぇええ!! 俺の負けだ!! ひぃ! ひぃいいいいい!!」
パイルさんは絶叫する。
剣を振る前にぺたんと尻餅をついた。
瞬間――。
キィン!!
甲高い音が響いた。
渦巻いていた大気が四散する。
すると、空気を切り裂き、何かが落ちてきた。
尻餅をついたパイルさんの前に突き刺さる。
地面に刺さっていたのは、ロングソードの刀身だ。
「あー。ダメだったか?」
ぼくの振りに刀身が持たなかったのだろう。
ミスリルでもなければ、オリハルコンでもないしね。
衝撃を吸収するため、風属性のエンチャントをかけたけど、強化が強くかかりすぎて、結局負荷がかかってしまったらしい。
属性限界も考慮するべきだったな。
失敗失敗。
まだまだ未熟だ。
「すいません。もう1度……」
ぼくは声をかけるも、何故かパイルさんは気絶していた。
パックリと開いた股が濡れている。
くさい!
お漏らししたのか、この人
唯一残っていたリナリルさんの方を向く。
「あの……。この場合、試験は?」
「あ? ああ……。合格だ。おめでとう、エイスくん。君は冒険者だ」
「やっっっっったぁぁぁぁぁあああ!!」
ぼくは飛び上がって喜ぶ。
リナリルさんの元へ行き、その手を握った。
「リナリルさんのおかげです」
「べ、別に私は……。あと、手が痛い!」
「あわあわあわあわ……。す、すいません」
勢いだったとはいえ、リナリルさんの手を触ってしまった。
リナリルさんは、こほんと咳を払う。
ぼくをそっと見ながら、こういった。
「さ、さっきのはなかなか格好良かったぞ」
「…………あ。ありがとうございます!」
うおおおおおおお!
リナリルさんに誉められた。
よーし! 冒険者業、頑張るぞぉぉぉおおお!!
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