エピローグ そして、英雄は“普通”になる……。
本日が最終回になります。
ブックマーク、評価、ここまで読んでいただいた方。
本当にありがとうございました。
かくして世界征服を狙ったルードガス魔帝国の野望は潰えた。
今後、帝国は4つに分けられ、人類連合によって統治されることになる。
将来のために魔族を根絶やしにしろ、という人もいたらしいけど、それはあまりに残酷だと、フォルデュナンテさんは拒否した。
魔族を全員殺すことは、世界を人類のものにするということだ。
それでは、ルードガス魔帝国とやったことは一緒だと言って、各国を説き伏せてしまったらしい。
ぼくは感心した。
フォルデュナンテさんにだ。
魔族の被害を1番受けたのは、エルフの国バナシェラ王国だ。
その代表者が魔族を許すといっているんだ。
それがどれほど難しい決意だったか、村人のぼくにはわからなかった。
でも、それはとても凄いことなのだろう。
ひとまず魔族のまとめ役は、スピアブライドということになった。
初め彼女は固辞した。
まとめ役なんてやったら、ぼくと会えなくなるからである。
でも、ぼくはスピアブライドにお願いした。
彼女は人間というのを知っている。
きっとスピアブライドなら人間と魔族に架け橋になってくれると思ったからだ。
「ご主人様が、そこまで言うなら仕方ありませんね」
最後はスピアブライドは折れた。
その後、すっごく抱きつかれたけど……。
そんなこんなが色々あって、ぼくは今バナシェラ王国の大広間にいる。
周りには各国の偉い人がいた。
あの“ろーがい”ビジャルさんもいる。
ぼくの姿を見つけると、すっごく驚いた顔をしていた。
ようやくぼくが英雄村出身の村人だと知ったらしい。
ぼくは手と足を同時に出しながら、前に進んだ。
カチコチだ。
すっごく緊張していた。
いつまで歩くんだろうと思ったほど、赤絨毯の上を歩く。
止まれ、と促されて、ぼくは「はあ」と息を吐いた。
なんかすでに疲れていた。
横でくすりと笑った人がいた。
リナリルさんだ。
小さな王冠のようなティアラと、真っ白なドレスを纏っている。
まるで花嫁衣装みたいで、ぼくは思わず見とれてしまった。
ぼくと目が合う。
いつものジト目ではなく、ぱっちりと目が開き、軽くぼくに手を振った
当然だけど、王女様みたいだ。
「エイス・フィガロ」
突然、名前を呼ばれて、ぼくは前を向いた。
玉座にはフォルデュナンテさんが座っている。
ふっとぼくの方に微笑んだ。
何か見透かされているような気分になった。
ぼくは慌てて膝を折る。
「えっと……。謁見の名誉を賜り――――」
一応、大広間での作法を教えてくれたんだけど、緊張のあまり頭から飛んでしまった。
なんだっけ? と考えていると、フォルデュナンテさんは笑った。
「そう畏まらなくても良い、エイスくん。君は自然のままでいい。いや、君風にいうならば、“普通”のままでいい――といったところかな?」
「す、すいません」
「とにかく本当にありがとう。魔王を倒してくれて。君がいなければ、今頃人類はあの化け物に手を焼いていただろう」
「い、いえ……」
「ありがとう、英雄エイス」
「英雄……。ぼくが――」
「ああ。君はそう言われるにふさわしいことをやってのけた。少なくとも、君以外の全員がそう認めているよ」
ぼくは周りと見る。
リナリルさんも、ビジャルさんも、各国の偉い人、後ろの方で観覧している仲間たちも――皆、ぼくの方を向いて頷いていた。
「では、問おう。英雄エイスよ」
「は、はい」
「褒美は何がいい」
「何がいいって……」
「何でもいい。心に思ったことをいうんだ」
「心に思ったこと……」
ぼくは少し考えた。
褒美ってことは、つまり今ぼくが欲しいものって解釈でいいのかな……。
なんだろ……。
ぼくが欲しい。
お金……?
うん。あっても困らないけど、別にすぐに稼げるしなあ。
地位や名誉。
特にほしいとは思わない。
家もあるし、仲間もいる。
帰るべき村もある。
弱ったな……。
意外とぼくって、物欲がなかったらしい。
でも、フォルデュナンテさんは言ったな。
心に思ったことをいえって。
なくはないんだ。
でも、これって褒美なんだろうか。
「決まったかな?」
フォルデュナンテさんは再度尋ねる。
すると、ぼくは整えた頭を掻きながら、ありままを口にした。
“普通”でいたいです……。
ぼくの一言で場内がざわついた。
当然だよね。
正直、ぼくだって何故こんなことを思ったのかわからなかった。
だけど、ぼくは心に思ったことをただ口にするだけだ。
「英雄ではなく、“普通”の冒険者でありたい。“普通”に仲間と一緒に冒険をしたい。“普通”に家に住んで、“普通”の食事をして、“普通”に眠りたい。そして――――」
“普通”にあの人と……。
ぼくはリナリルさんの方を見る。
彼女はぼくの発言に驚いていた。
大きく瞼を持ち上げ、少し口を開いている。
呆れられちゃったかな。
けれど、それがぼくの偽ざる気持ちだった。
フォルデュナンテさんは微笑む。
「それが君の望みなんだね? いいのかな? 君が望めば、この玉座だって手にすることができるんだよ」
そういって、玉座を叩く。
冗談かと思ったけど、フォルデュナンテさんは本気らしい。
大臣にも伝わったらしく、とても慌てていた。
だが、決してフォルデュナンテさんは自分がいったことを撤回しようとはしなかった。
「玉座に座れば、君の思いのままだ。君が1番今ほしがっているもが手に入るかもしないよ」
フォルデュナンテさんは挑発する。
目線を動かし、リナリルさんの方を見た。
知っているのだ。
ぼくが本当にほしいものが……。
けれど、ぼくは首を振った。
「ぼくが欲しいものは、ぼく自身の力で手に入れたい。それはとても大切なものだから。褒美じゃなくて、誰かに与えられるものじゃないと思うから」
だから――――!!
ぼくは今一度、リナリルさんの方を見る。
いや、見るだけじゃダメだ。
憧れているだけじゃダメなんだ。
自分から踏み出さないと、自分がほしいものを掴むことはできない。
ぼくは決心する。
1歩、2歩とリナリルさんに歩み寄る。
そして手を差しだし、頭を下げた
「好きです! 付き合って下さい!!」
ぼくは叫んだ。
衆人環視の中で、堂々と宣言した。
おお! と場内がどよめく。
「きゃああああああ!」
「いった!!」
「はうぅ……」
仲間たちの興奮した声が聞こえた。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
長い沈黙だった。
永久に答えは返ってこないとすら思った。
だけど、リナリルさんは微笑んだ。
「全く……。君は出会った頃と何も変わらないな。相変わらず“普通”じゃない。もう少し考えてくれたまえ。人がいっぱいいるんだから。まあ、それもまた“普通”じゃない君らしいといえば、それまでなんだろうが……。いや、それよりも――」
私なんかを好きになるなんて。やはり君は“普通”じゃないな。
すると、リナリルさんはフォルデュナンテさんに振り返った。
「兄上……。私からもお願いします。私も“普通”にして下さい。バナシェラ王国王女ではなく、“普通”のギルドの受付嬢に戻ります。そして――」
エイス・フィガロと一緒に生きていきます。
ぼくは慌てて顔を上げた。
正直、一体何が起こったかわからなかった。
いや、わからなかったのは次の瞬間だった。
リナリルさんの顔がぼくに向かってくる。
そして柔らかな感触が、ぼくの唇に触れたのだ。
「「「「おおおおおおおおおおお!!」」」」
歓声が響く。
拍手が叩かれ、用意された楽器隊が祝福のファンファーレを鳴らす。
どこからかテープが投げ入れられ、花吹雪が舞った。
皆がぼくとリナリルさんを祝福していた。
すると、リナリルさんの顔が離れる。
頬を上気させていた。
一方、まだぼくは状況を掴めていない。
ぼんやりとした顔のぼくを見て、リナリルさんはくすりと笑った。
「エイスくん、私も君のことが好きだ。英雄でもなく、村人でもない。“普通”の君のことが……」
「リナリルさん」
その時のリナリルさんはとても美しかった。
そして愛おしかった。
今度は、ぼく自ら彼女を抱き寄せる。
再びキスをした。
それを見ながら、フォルデュナンテさんは笑う。
「エイスくん。君はやはり英雄だよ。だって――」
美女の口づけなんて英雄の役得以外、何者でもないじゃないか……。
こうしてぼくは“普通”の冒険者に戻った。
“普通”の仲間と、“普通”に冒険をし、“普通”に愛しい人と暮らした。
それは英雄といわれる人間の暮らしとはほど遠いかも知れない。
でも、ぼくは幸せだ。
英雄の血を受け継ぐぼくが“普通”に暮らしている。
ああ……。なんて“普通”じゃないんだろうか……。
ここまで書けたのは、ひとえに読者の皆様のおかげです。
改めて感謝申し上げます。
エイスのお話は終わりますが、
本日より新作『隣に住む教え子(美少女)にオレの胃袋が掴まれている件』を投稿しております。
下欄の方にリンクを貼りましたので、そちらの方も応援いただければ、幸いです。




