第51話 英雄なんて普通じゃない!
突然、崩れ始めた魔王城を、人類軍は目にしていた。
おお、とフォルデュナンテは声を上げる。
主君を守ろうと兵士たちが集まったが、飛び出した瓦礫は結界に当たって、弾かれた。
かろうじて難を逃れる。
だが、彼らの心に往来したのは、魔王城の中に入っていったエイスたちの安否だ。
崩れゆく魔王城を見ながら、リナリルは胸に置いた拳を握りしめた。
目を瞑り、その無事を祈る。
震える肩に、フォルデュナンテはそっと手を置いた。
「エイスたちなら大丈夫だ」
リナリルは頷く。
やや赤くなった目をぐりぐりと拭った。
濛々と煙が結界内を覆う。
何が起こっているか完全にわからなくなってしまった。
「一体、中で何が起こっているのだ?」
リナリルは首を伸ばす。
魔王を倒したのか。
それならば、何故城が崩れているのか。
それとも失敗したことによって、今の事態が引き起こされたのか。
様々な疑問が交錯する。
その答えは、リナリルたちにとって最悪な形で、視界に広がった。
突如、煙の中から現れたのは翼だった。
蝙蝠の翼――というよりは、もはや竜のそれに近い。
ぐっと結界を内から押し込む。
ぐにゃりと曲がると、硝子が割れたような音を出して、結界が破壊された。
魔法騎僧兵500人をもってしても、打ち壊せなかった結界がだ。
すると、ばっと大きな翼が広がる。
煙と共に、空を隠し、辺りを闇に落とした。
再び「おおっ」というどよめきが、人類軍に走る。
やがて煙が晴れてくると、その全貌が見えてきた。
それを目撃した瞬間、人類軍は凍り付く。
どすん、と腹にまで響く音を轟かせて、それは着地した。
大きく、そして鋭い牙を生やした口を目いっぱい開ける。
『ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
地の果てにいても聞こえてきそうな吠声を上げた。
空気どころか、体内の血液ですら震えている気がする。
耳を塞いでいても、肌を伝って鼓膜を直撃した。
もはや立っていられず、人類軍のほとんどが崩れ落ちる。
それでも、リナリルとフォルデュナンテは顔を上げた。
そして呟く。
「竜、だ……」
そう。
それは竜だ。
世界一大きいといわれるダークドラゴンを遥かに超える。
一回り、二回りどころではない。
空すら掴みそうなほど、大きな竜だった。
「あれは……。まさかエンシェントドラゴン……」
それは異世界レバースヘッドに伝わる古の竜族だった。
世界を7日以上も焼き、一面の荒野にした恐ろしい竜だ。
だが、生き残った人間たちによって、地の底に封印されたと、伝承では伝わっていた。
「なぜ、ここにエンシェントドラゴンが……」
リナリルは額に汗を掻きながら、戦慄する。
すると、さらに恐怖に震えるような宣言が行われた。
「我は魔王……。この世界を破壊するものなり」
その声は世界の裏側まで届いた。
リナリルはすとんと尻餅をつく。
「魔王……。あれが魔王だと……」
魔王は言葉を続けた。
「我は英雄を倒すため、このエンシェントドラゴンと融合した。ふはははは……。凄まじいぞ、この力。もう何も怖くないぞ。英雄も、英雄村の人間どもも!」
ぐっはっはっはっはっは……。
魔王の笑い声が響く。
その声を聞きながら、リナリルは思う。
(勝てない……。勝てるわけがない)
相手は伝説の竜。
それと魔王が融合したのだ。
そんな超生物に勝てるものなど、ここにはいない。
たとえ、それがエイス・フィガロであろうとも……。
彼はこれまで“普通”を覆してきた。
そして、どんなに非常識な化け物の前でも、勇敢に振る舞ってきた。
それこそ勇者……。
いや、英雄の姿なのだろう。
でも、今回はダメだ。
勝てるわけがない。
あの竜は英雄村が生まれる前に出現した伝説の竜なのだ。
そもそもエイスはここにはいない。
人類の希望が……。
いや、たとえここにいたとしても……。
「諦めちゃダメだよ、リナリル」
声が聞こえた。
リナリルは顔を上げる。
立っていたのは、『鯨の髭』のパーティーメンバーだった。
マリルー、エトヴィン、ロザリム。
さらにスピアブライドという魔族もいる。
どうやら無事だったらしい。
だが、いない。
彼がいない……。
「エイスくんは?」
リナリルはすがるような声を上げて、尋ねた。
「リナリルさんもわかってるんだろ?」
「はうぅ……。エイスくんは」
「ご主人様なら、あそこですわ」
皆が、竜の方を指差す。
巨大なエンシェントドラゴンに対して、本当に豆粒のような小さな人影が、上昇していくのがわかった。
「エイス君、無理だ……」
リナリルは髪を振り乱しながら、声を絞り出す。
「無理じゃない」
「無理でも、アイツは戦うさ」
「はうぅ……。だって、エイスくんは」
「ご主人様は……」
英雄なのだから……。
古来より未知の領域に向かい、功績を立てるものを勇者と呼んだ。
だが、英雄は違う。
誰かが困った時。
もう何も打つ手がなく、絶望するしかなく……。
ただ下を向くことしか許されない状況の中で、それは現れる。
戦士でもなければ、魔法使いでもない。
神官でもなければ、君主でもない。
まして村人でもない。
だが、現れるのはいつだって強い心を持った人間だ。
人を助けようと、最後まで諦めない心を持った者……。
それが英雄なのだ。
エイスはエンシェントドラゴンの鼻先に現れる。
それを認めた時、エンシェントドラゴンの中の魔王はびくりと震えた。
そして後に語られる『英雄』エイスは拳を振り上げる。
「昔、スライダル兄さんが言ってました」
戦いはデカくなった方が負けだって……!
エイスの豪快な拳打が、エンシェントドラゴンの鼻先を捕らえる。
その瞬間、伝説の竜は地の彼方まで吹き飛ばされた。
いくつもの山を越え、海を越え、世界を半周したところでようやく止まる。
そのエンシェントドラゴンに、大きな拳打の痕がくっきりと残っていたという。
明日でエピローグになります。
ここまでお読みいただきありがとうございましたm(_ _)m




