第46話 ぼくを指差すなんて“普通”じゃない
魔族に変身した『鯨の髭』の仲間たち。
魔王に変身したぼく。
そしてスピアブライド。
5人は魔王城の中を練り歩く。
両脇には魔族たちが鋭く目を光らせていた。
なんか変な気分だな。
落ち着かないというか。
いつ変身が見破られるか。
ぼくは気が気でなかった。
まだぼくはいいんだけど、バレた時マリルーたちが大変だ。
変身が見破られたら、とっとと脱出しよう。
ドキドキしながら、奥へと進む。
だが、ぼく以上にドキドキしている者たちがいた。
何を隠そう魔族たちだ。
ぼくは耳がいい。
耳を澄ませば、国境向こうの鼠の鳴き声すら捉えることができる。
だから、ぼくにはうるさいほど聞こえていた。
魔族たちの拍動だ。
「おお! あれが……」
「あれが魔王様か……」
「初めて見たよ」
「な、なんというプレッシャーだ!」
「神々しい……いや、なんと禍々しい」
「なんまんだぶなんまんだぶ」
恐れおののくもの。
膝を折り、拝謁するもの。
何か呪文のようなものを唱えるもの。
その反応はなかなかに様々だ。
ただちょっと気になったのは、どの魔族もまるで魔王の姿を知らない、ということだった。
ぼくは前を歩くスピアブライドに、こっそり尋ねる。
「ねぇ、スピアブライド。ここにいる魔族って、魔王の姿を見たことないの?」
「はい。魔王様はとても慎重なお方なのです。決して、我ら眷属の前にお出ましになりません。かくいう妾も、魔王様の姿を見たことがないのです」
「え? じゃあ、この姿って?」
「単なる妾のイメージですわ」
え? えええええええええええええ??
スピアブライドのイメージなの?
「大丈夫なの?」
「大丈夫ですわ。誰も見たことないのですから」
確かに……。
むしろ崇められているぐらいだからな。
だけど、今まで姿を現さなかった魔王が、いきなり外に出て、おかしいと思わないのだろうか。
「魔王様が我らの前に出てくるとは……」
「これも我らの士気を上げるためであろう」
「さすが魔王様だ」
「魔王様、万歳!」
膝を折ったかと思えば、今度は万歳三唱を始めた。
スピアブライドに言われ、ぼくは再び【風砲】を放つ。
その凄まじい突風を受けて、魔族たちのテンションは最高潮に達した。
あちこちで吠声が上がる。
先ほどまで、水を打ったように静かだった魔王城が、巨大な銅鑼のように騒々しくなった。
…………。魔族ってポジティブだなあ。
ぼくは思わず肩を竦めた。
そんなぼくを見て、スピアブライドがにこりと笑う。
「お似合いですわよ、ご主人様。魔王様より、魔王様らしいというか」
「なんか素直に喜べないんだけど」
「もしかして、ご主人様は本当に魔王だったのではないでしょうか」
そんなことあるわけないだろ。
そもそもぼくは、“普通”の村人だ。
耳が痛くなるほど、やかましい吠声を聞きながら、ぼくたちは進む。
すると――。
『おろかものぉぉぉおおおぉぉぉおぉぉぉおおぉぉおおぉ!!』
その声は雷のように落ちてきた。
ぼくたちは思わず耳を塞ぐ。
それでもクラクラした。
グランドキングの吠声といい勝負だ。
ぼくたちは上を見上げる。
吹き抜けになっている空間の1番上。
そこには、巨大な顔が浮かんでいた。
まるで黒い炎のように燃えさかっている。
おおっ……。
魔族たちは声を漏らす。
スピアブライドですら、その炎に魅了されているようだった。
何かぐっと肩を押さえられているような感覚を感じる。
これがプレッシャーというヤツだろうか。
だとしたら、あれはもしや……。
「魔王……」
ぼくは呟く。
すると、魔王は口を開いた。
『愚か者どもめ。偽物に踊らされおって……』
その指摘に、魔族たちは戸惑う。
魔王城の中は、うるさいからどよめきという程度に、音量が下がった。
お互いの顔を見合わせる。
「え? 偽物?」
「魔王様が?」
「いや、でも……。しかし――」
「ああ。信じられない」
『愚か者!!』
また叱咤の声が轟く。
ぼくたちは、また耳を塞ぐことになった。
『我と偽物……。どちらが本物であるか一目瞭然であろう。ええい! めんどくさい!! 我とそやつ、どちらがふさわしいか、指を差すがよい』
魔王は魔族たちに二者択一を迫る。
魔族たちはまたお互いの顔を見合わせた
迷うことなく、指を差す。
その方向はすべて……。
ぼくの方に向けられていた。
え? いや、あの……。
ぼく、本当に偽物なんですけど。
なんでぼくの方を指差すの。
ぼく、村人なんですけど!!
“普通”じゃないんですけど!!
新作『上級貴族様に虐げられたので、魔族の副官に転生し復讐することにしました』が、
ひとまず一区切りいたしました。
もし良かったら、読みに来て下さい。
リンクは下欄になります!




