第44話 え? ぼくが魔王って“普通”じゃない!
ちょっと早めに更新しました。
「ご主人様ぁぁぁぁあああああああああああ!!」
遠くの方で声がする。
聞き覚えのある声だった。
ぼくは振り返る。
鈍色の長い髪に、褐色の肌。
紅蓮の瞳をした少女が走ってくる。
その姿は異様で、服を着ていないのも同じというぐらい、肌を露出させていた。
「スピアブライド!」
ぼくは驚きのあまり声を上げる。
それは、ぼくが以前捕まえた魔族の名前だ。
ルードガス魔帝国の四将。
今はそこに「元」が付く。
バナシェラ王国に王子として潜り込み、国を内から破壊しようとしていた彼女だったが、今は自分のテンプテーションを返され、ぼくの忠実な下僕になっていた。
探索の邪魔になると思い、レジアス王国に置いてきたのだが、ついに再会する時がやって来てしまった。
とぅ! という感じで、スピアブライドは跳躍する。
ぼくの方へ向かって、飛び込んできた。
「はぁぁぁぁあぁあぁあぁあんんんん! ご主人様、お会いしとうございましたわぁああああああ!! ――――痛ッ!」
その豊満な身体を見せつけるように、ぼくに襲いかかってくる。
だが、その元四将を撃ち落とした者がいた。
ロザリムだ。
大きな棍棒を振り上げ、スピアブライドを迎撃する。
軽々と持ち上げた棍棒には、魔族の血がべったりとついていた。
「あなたには、指一本たりとも触れさせません」
今にもその口から吹雪でも吹き出しそうだった。
まるでロザリムじゃないみたいや。
いつもの「はうぅ……」っていう言葉がないし。
「だ、大丈夫。ロザリム、なんだか“普通”じゃないんだけど」
「そんなことはありません、エイスくん。あ――はうぅ……」
ほら!
なんかおかしいよ。
それにさっきからスピアブライドを見る目が、美味しいデザート食べている時にゴキブリを見つけてしまったみたいな時と一緒だし。
思い出したように「はうぅ」って言ってるし。
やっぱり“普通”じゃない。
「何をするのだ、娘よ。妾を元四将と知っての狼藉か?」
「ごめんなさい。エイスくんに、蠅がたかったので、つい……」
「な! 今、妾を蠅というたかえ! きぃいいいい! このちぴっこエルフめ! 良かろう、その喧嘩買ったぞ!」
「あなたには負けません」
スピアブライドが爪を立てる。
一方ロザリムは、元四将を前にして1歩も引かなかった。
まるで戦士のように棍棒を振り上げる。
気がとんでなく上昇していた。
忘れてた。
この2人って犬猿の仲だっけ。
ともかく、今はまずい。
止めないと……。
「2人とも落ち着いて。喧嘩はよくないよ」
「ご主人様は黙っててください!」
「エイスは黙ってて!」
は、はうぅ……。
すごい迫力に思わずぼくは怯んでしまった。
ところで、なんでここにスピアブライドがいるかというと、リナリルさんの提案なのだ。
元々彼女は、きたるルードガス魔帝国との戦いのため、ぼくたち方へ寝返らせた。
今回、結界に手をこまねいていたぼくたちは、なんとかして魔王城に攻め込むため、スピアブライドに協力を仰いだのだ。
スピアブライドはぼくが困っていると聞き、こうして遠いレジアス帝国からすっ飛んできたというわけである。
「こらこら……。ロザリム、スピアブライドも。今から戦場に向かうのに、仲間割れしてるんじゃないわよ」
やってきたのは、マリルーだった。
2人を軽くこついて、諫める。
同性の言葉が聞いたのか。
ようやくロザリムも、スピアブライドも大人しくなった。
「「ふん!」」
2人は顔を背ける。
だが、仲の悪さだけはどうしようもないようだ。
◆◇◆◇◆
スピアブライドを交えて軍議に入った。
最初、魔族が協力者と聞いて、眉を顰める人も多かったけど、結局みんなフォルデュナンテさんに説得されて、同意する。
すると、作戦の発案者であるリナリルさんが、スピアブライドに尋ねた。
「スピアブライド、結界内に侵入したい。何か良案はないか?」
「あの結界を力尽くで突破するのは難しいですわね。何せあれは魔王様が作ったものですから」
あの結界って魔王が作ったのか。
その割りには随分と脆かったけどなあ。
ぼくがちょっとよろめいただけで潰れてしまったし。
魔王っていうんだから、もっと凄い結界を作らないと。
それとも、手を抜いたのかなあ。
「では、魔王城に入る手立てはないと」
「通常の方法ではね」
「それはつまり、通常ではない方法があるということかな、スピアブライド殿」
尋ねたのは、フォルデュナンテさんだ。
なんだか不思議な光景だと思った。
昔、スピアブライドはフォルデュナンテさんに変化し、バナシェラ王国を思いのままに操っていた。
今、その彼女がフォルデュナンテさんと会話して、王国――引いては世界のために力を貸そうとしている。
それもまた“普通”じゃないことだった。
すると、スピアブライドは「ふふ……」と微笑んだ。
「ええ……。その通りよ。ただし――」
「ただし?」
「ご主人様が協力してくれたらだけど……」
「ぼくを?」
一体何をされるんだろうか。
イヤな予感しかしない。
というか、ぼくを見つめるスピアブライドの視線が、もう普通じゃなかった。
やがてリナリルさんが決断する。
「わかった。エイスくん、悪いがスピアブライドに協力してやってくれ」
「あ、はい。リナリルさんがそういうなら……」
まあ、元々そのつもりだし。
ぼくにはスピアブライドが裏切った時の安全装置としての役目もあるしね。
何かおかしなことをすれば、消滅させればいいんだし。
「よろしくお願いします、ご主人様」
スピアブライドは蠱惑的に微笑む。
その彼女の顔を見ながら、ちょっと心配になるぼくだった。
◆◇◆◇◆
1時間後――。
「出来ましたわ」
皆の前に現れたのは、重そうな甲冑と黒いマントを羽織ったぼくだった。
黒い仮面を付けられ、視界が確保しにくい。
口元も覆っているから、息がしにくかった。
軍議の参加者は、一同唖然としている。
リナリルさんや『鯨の髭』の仲間達も、言葉も出ない様子だった。
そのリナリルさんが、スピアブライドに尋ねる。
「エイスくんに甲冑をつけて……。一体、これは?」
「これは、魔王様ですわ」
「「「「魔王ぉぉぉぉおおおおおお!!」」」」
皆が声を揃える。
ぼくも仮面の下で驚いていた。
ぼくが魔王!?
ちょ! どういうこと!?
驚くぼくたちを見て、スピアブライドはウィンクした。
「ご主人様には、魔王様になりすましていただきます」
魔王様になりすますだって?
え? ちょっとそれは“普通”じゃない!!
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