第43話 “ろーがい”なんて“普通”じゃない!
人類側はフォルデュナンテさんが先頭に立ち、ぼくたちはルードガス魔帝国の中心地――魔王城を包囲していた。
それから5日後。
未だに、ぼくたちは魔王城を攻略できていない。
破竹の勢いでここまで来たのだけど、ここに来て足止めを食らっていた。
「魔王城は敵の居城だ。そう易々とは攻めさせてくれないか」
ごくりと唾を呑んだのは、リナリルさんだった。
本来彼女は戦闘向きじゃない。
でも、お兄さんが心配でここまでやってきてしまった。
やっぱり仲がいいんだな、この兄妹は。
ぼくは感心した。
けれど、リナリルさんはこうもぼくに言った。
「他に理由がないわけではないがな」
それってどういうことだろうか。
理由がとても気になる。
魔王城の話に戻るけど、何故人類軍が苦戦しているかと言うと、魔王城には強力な結界が張ってあって、簡単に入れないようになっているからだ。
叩いても、魔法でも無理らしい。
まさに鉄壁だそうだ。
たくさんの魔法使いさんたちを使って、魔法を撃ってみたけどビクともしないらしい。
ぼくの後ろの方の天幕では、毎日軍議が開かれている。
しかし、この結界ってそんなに硬いのか。
見た目は結構脆そうなのになあ。
ぼくは結界に手を伸ばす。
「これ、少年。触るでない。危険だぞ!」
いきなり注意されてしまった。
振り返ると、随分お歳を召されたおじいさんが立っている。
それでも溌剌とし、重そうな鎧を着て、背筋もぴっしりと伸びていた。
確か魔法国家バンザールっていう国の司令官だったと思う。
名前はビジャルさん。
やたらと元気な人で、軍議ではいつも意見をし、時々怒鳴っていた。
ある国の人が「ろーがい」と言っていたのだけど、どういう意味なのだろうか。
「それは魔族の魔法技術だ。みだりに触るではない、少年」
顔を合わせてから随分と経つんだけど、未だにぼくを子ども扱いする。
ぼくを過剰に持ち上げたりする人が多い中で、ビジャルさんは唯一ぼくを心配してくれる人だった。
「すみません。なんだか、壊せそうな気がしたので」
「つまらん嘘を吐くな。我ら魔法騎僧兵500人で、一斉に魔法を撃ってもビクともしなかったのだぞ。お主1人でどうにかなるわけがない」
うーん。確かにビジャルさんの言うとおりかもな。
500人の魔法使いでも無理だったんだ。
ぼく1人では、どうにも出来ないかも……。
「お主が強いとは聞いておる。だが、驕るではない。心の弱さは、すなわち自分の弱さだ。己を見つめ直し、謙虚であれ、少年よ」
心の弱さは、自分の弱さだ。
いまいち理解できないけど、良い言葉っぽそうなので覚えておこう。
そう言えばビジャルさん、大丈夫なのかな。
軍議の途中だったんじゃ。
「軍議なんぞ糞食らえだ。明日、本国より魔法騎僧兵が300人、追加でやってくる。今度こそ、こんな結界など一ひねりしてくれるわ」
ぐっはっはっはっはっ!
大笑する。
元気な人だな。
なんかその笑い声を聞いてると、なんだか結界なんてどうでもよくなってきた。
ぼくはビジャルさんの警告を忘れて、軽く結界をパンとはたく
すると――。
パリィン!
結界が壊れてしまった。
うわ! イケね!
壊しちゃった。
やっぱり、大した結界じゃなさそうだ。
ダメだよ。
こんな薄い結界じゃ……。
仮にも城なんだから、不用心すぎるんじゃないかな。
ぼくは結界を張り直してあげる。
今までの結界よりも、うんと強いヤツだ。
これなら、グランドキングは無理でも、グレードエビルの猛攻ぐらいならしのげるだろう。
「お、おおおおおおおお主!」
「はい?」
ぼくは振り返ると、ビジャルさんが口を開けて固まっていた。
さっきまで血色が良かったのに、随分と顔が青白い。
何か病気になってしまったのだろうか。
「い、いいい今、結界に何をした?」
「えっと……。結界が壊れたので、修復したんですけど」
「し、修復ぅぅぅうう!! しかも、壊れたじゃと……」
「はい。思った通り、随分と脆いんですね」
「ば、馬鹿をいうな! 我ら魔法騎僧兵500人が束になっても、壊せなかったのだぞ!!」
それはさっき聞いたけど。
忘れちゃったのかな。
これがボケてるってことなのだろうか。
「はあ……。じゃあ、ここだけが弱かったんでしょうか」
「む……。確かに、そ、その可能性が高いな。よし、少年。わしは何も見なかった。少年もそのようにな……」
バッチリ見てたけど、ビジャルさんには見えてなかったのかな。
ビジャルさん、失礼だけど、結構なお歳だし。
視力が弱まっているのかもしれない。
あ。そうか。
『ろーがい』というのは、きっと『老眼』ことなんだ。
だから、みんなビジャルさんのことを『老眼』っていうんだな。
きっと、王都ではそういうのが、“普通”なんだろう。
軍議に参加している司令官の人たちは、ビジャルさんのことを心配していっているんだ。
「ろーがい、大変ですね」
「ん? ろーがい? んん?」
ビジャルさんは首を傾げる。
あれ? なんかぼく、おかしなことを言っただろうか。
「いや、見えてないっていうから」
「ああ、そうか。『老眼』のことか。う、うむ……。そうだな。我も最近年のせいか、目がのぅ……」
と言って、ビジャルさんは天幕の方へ引き返していった。
お年寄りは大変だな。
そういえば、英雄村の長老も言ってたっけ?
昔、10万分の1サイズの細菌を捕らえることができたけど、最近は5万分の1のサイズの細菌が見えないって……。
色々と大変なんだろうなあ……。
ここから一気に話を進めるはずが、ギャグ回を書いてしまった……。




