第37話 竜種最強が“普通”じゃない
ぼくは久しぶりに英雄村の外に出る。
薄暗い森。
陽の光が入らず、まるでダンジョンのようだ。
ここの木々は、王都で生えているような樹木とは違う。
光を吸い取るようにして、光合成を行うため、年中暗いんだ。
【神雷】!
兄さんの声が響く。
掲げた手の平から、雷精を帯びた一条の光が放たれた。
突如現れたキングサイクロプスを薙ぎ払う。
その数は数百体。
すべてSランクだ。
まだぼくでもなんとか倒せるほどの魔物。
しかし兄さんは、害虫でも払うかのように森ごと焼き尽くしてしまった。
さすが兄さん、すごいや。
兄さんの魔法によって、森は真っ平らな平地になる。
陽の光が目映い。
ぼくは手で日差しを作った。
だけど、それは一瞬だ。
樹木が光を奪い取るように伸び上がっていく。
たちまち元の森に戻っていた。
すごい生命力だ。
マリルーたちが見たら、すっごく驚いただろう。
けれど、これがぼくたち英雄村の村人にとっては、“普通”のことなんだ。
「よし! 行くぞ」
「待って、兄さん」
「ん? なんだ、エイス。もしかして、もう『疲れた~』とかいうのか?」
「違うよ。そっちじゃない。こっちだよ」
ぼくは【地図走査】を見ながら、指を差した。
兄さんは慌てて方向転換する。
「くそぉ……。難儀だな、自分にわからないものがあるというのは」
「仕方ないよ。兄さんは強すぎるんだから」
「ふふふ……」
突然、スライダル兄さんは笑い出した。
え?
何がおかしいのだろうか。
なんか“普通”じゃない。
「なに?」
「いや、なんかさ。お前、ちょっと見ない間にでかくなったなって」
「まだ村を離れて半年ほどだよ」
「少なくとも英雄村にいた頃のお前は、俺に口答えをするようなヤツじゃなかった」
言われてみればそうかもしれない。
村から出ていって、ぼくは成長したのだろうか。
でも、あまり実感はない。
すると、空が嘶いた。
雷鳴だ。
先ほどは晴れていたはずなのに。
分厚い雲が空を覆うのを、木々の隙間から見えた。
急に空気が重くなる。
ぼくの肩にずしりとのしかかった。
靴裏が地面にめり込む。
おそらく重力雲だ。
この辺りの濃い魔力と、水蒸気、雷が合わさって出来る現象。
「大丈夫かな」
不安げな声を上げた。
ぼくは慣れているから問題ないけど、村に残してきたリナリルさんたちが心配だ。
長老が上手く対処しててくれたらいいんだけど。
すると、ポンと背中を押される。
「行くぞ、エイス」
「あ。うん……」
「ちょっと急ごう。何か嫌な予感がする」
兄さんの嫌な予感。
それはもう予感などではない。
100%当たる予言なんだ。
「兄さん、走ろう。ぼくが先導するから」
返答を待つ前に、ぼくは走り出す。
にやっと笑った兄さんの顔を、ぼくが見ることはなかった。
◆◇◆◇◆
ぼくは【地図走査】に指し示された場所に辿り着く。
随分と森の奥深くまで入ってきてしまった。
相変わらず重力雲が空を覆っている。
風が出てきた。
気を抜くと吹き飛ばされそうだ。
「あった! これだ!」
事典の中に書かれていた草と同じものを見つける。
採取しようとしたその時、空が嘶いた。
いや、違う。
空気が震えた。
森が怖がっているのがわかる。
何かから幹を守るように、葉が閉じていった。
少し空が見えるようになる。
だが、そこにあったのは、大きな2つの瞳だ。
あと牙と羽根と、巨大な体躯だった。
「があああああああああああぁぁぁぁぁぁああぁあぁあぁあぁあ!!」
空をノコギリで引っ掻いたような吠声が響き渡る。
スライダル兄さんは天上を望みながら、叫んだ。
「グランドキングだ!!」
それは竜種の中でも最強一種の名前だった。
「エイスはここでフェールト草を採取してろ」
「兄さんは……?」
「心配するな。軽く捻ってくるよ」
タン、と兄さんは飛んでいく。
一瞬にして森を抜ける。
【空中歩行】の魔法でグランドキングと向かい合った。
「大丈夫かな、兄さん」
兄さんは素手だ。
武器は持っていない。
防具も装備していなかった。
農作業で汚れた服に、首に布を巻いているだけ。
所謂、村人スタイルだ。
しかし、ぼくの心配は杞憂に終わる。
空中で地面を蹴るように飛び出すと、大竜に接敵した。
一瞬にして懐に潜り込む。
思いっきり拳を打ち付けた。
ごぉおおぉぉぉぉおおぉおぉおぉおぉおぉおぉおおおおんんん!!
鐘楼をそのままひっくり返したような音がした。
竜鱗は硬い。
その中でもグランドキングは、世界最硬金属であるアダマンタイトの次ぐらいに硬いと言われている。
けれど、スライダル兄さんは強い。
もしかしたら、世界一強いかもしれない。
その拳打は、竜の鱗を貫いていた。
グランドキングは嘶く。
悶絶するように身体をくっと丸めた。
しかし、兄さんの攻撃は情け容赦ない。
鉄球――いや、それ以上の威力の拳を連打する。
たちまちグランドキングは穴だらけになった。
「すごい!」
やはりスライダル兄さんは強い。
たまらずグランドキングは落下する。
大きな砂埃を上げて、森に激突した。
兄さんはぼくの側に降りてくる。
とどめを刺すため、魔法を唱えようとした。
すると、グランドキングは地面に倒れたままの状態で口を開けた。
ふわりと焦げ臭いに匂いが漂う。
煙だ。
その口内の奥には、紅蓮の炎が光っていた。
「しまった!!」
兄さんは慌てて防御魔法を張る。
瞬間、グランドキングの炎息が放たれた。
焼けただれた溶岩のようだ。
それが、森を焼き尽くす。
兄さんは無事だった。
防御魔法で耐えている。
けど――。
「まずい! フェールト草が……!!」
リナリルさんを助けるための薬草が、このままでは燃え尽きてしまう。
ダメだ!!
絶対それだけはダメだ。
ぼくは吠えた。
防御魔法を唱える。
草を守るように前に立った。
ぼくはグランドキングの炎息を受け止める。
あれ?
あれれ??
おかしい?
ぼく、グランドキングの炎息を防いでいる?
昔はあっという間に黒こげになって、村の人に助けてもらっていたのに。
不思議だ。
……いや、“普通”じゃない。
力が凄く沸いてくる。
今ならなんだってやれそうな気がした。
「はあああああああああああ!!!!」
裂帛の気合いを放つ。
ぼくは竜種最強のグランドキングの炎息を弾いていた。
それを竜に返す。
死にかけの竜はたちまち火だるまになった。
「ぎゃあああああああああああ!!」
悲鳴が上がる。
たまらず立ち上がり、悶えた。
まだ元気があったらしい。
ぼくは走る。
そして空高く舞い上がった。
まるで兄さんのように拳を掲げる。
グランドキングを捉えた。
その眉間に拳を見舞う。
「でやぁぁあぁああぁああぁあぁあぁぁぁああああああ!!」
ぼくの拳は竜を貫く。
その衝撃は硬いグランドキングの体躯を弾くのだった。




