第33話 別荘なんて“普通”じゃない!
ぼくと同じ亜麻色の髪。
ぼくの赤い瞳とは対をなすような蒼穹の瞳。
その他にこれといって、特徴はない。
精々手に持っている鍬ぐらいなものだった。
垢抜けない、とっぽい顔は、ぼくが英雄村を出た時、そのままだった。
間違いない。
目の前にいるのは――どこからどう見ても、“普通”の村人。
けれど、それが、ぼくの兄さんだった。
「え、エイスくんのお兄さん。――って、君! 兄なんていたのか」
いや、ぼくだって人の子だ。
木の股から生まれてきたわけじゃない。
両親だっているし、兄弟の1人ぐらいいてもおかしくない。
「ご紹介します、リナリルさん。この人の名前は、スライダル・フィガロ。ぼくのお兄さんで」
「は、初めまして……」
「初めまして。エイスの兄です。いやー、べっぴんなエルフのお姉さんだ。エイスをどうぞよろしくお願いします。こいつ、竜退治も、鍬を磨ぐのも下手くそですけど、一生懸命に仕事するんで。どうぞ助けてやってください」
スライダル兄さんは、リナリルさんの手を握る。
すると、ペコペコと頭を下げた。
「あ、あの……。何か勘違いしてませんか。彼は私の協力者というだけで」
「あはははは……。なるほど。運命の協力者ということですかな」
「う、運命の協力者!!」
に、兄さん、何をいってるの!!
「なんだ、エイス。嫁っこを紹介するために連れてきたんじゃないのか」
「――――ッ!!」
「突然、村ぁ飛び出したと思ったら、こんなべっぴんのお嫁さんを連れてきてぇ。そうか。今、流行の婚活ちゅうもんするために、村さ出てったんだな、お前」
よ、嫁っこ!
お嫁さん!!
婚活!!
リナリルさんがぼくのお嫁さん……。
いや、それはとても嬉しいけど……。
いやいや、待て待て。落ち着け、ぼく!!
飛躍しすぎだ。
スライダル兄さんが勘違いしているだけなんだ。
「ち、違うよ! リナリルさんは、そんなんじゃないんだ。リナリルさんのいうとおり、ぼくは遺跡発掘の協力をしてるだけで。リナリルさんとは何もないんだ!」
ぴくっ!
あれ?
今、なんかリナリルさんのこめかみが、ぴくりと動いたような。
気のせいかな。
すると、スライダル兄さんはがっくりと肩を落とした。
「なーんだ、違うのかー。いや、これは失敬。リナリル殿」
「い、いえ……」
「それより、なんで兄さんがこんなところに!」
「うん? 別段おかしいことでもなんでもないぞ。だって、ここは英雄村の保養地だからな」
「ほ、保養地!!」
スライダル兄さんは、自分の背後を指し示した。
そこには色とりどりの花が咲き乱れていた。
遠くの方には、綺麗な湖、大きな山まである。
「な、なんだ、あの場所は? 見たことないのだが……。少なくとも、バナシェラ王国には」
驚くリナリルさんに、ぼくはこほんと咳を払って説明した。
「たぶん、空間を部分的に無理矢理広げているんだと思います」
「空間を部分的に広げるだと!!」
なんと恐ろしいことをするんだ――とばかりに、リナリルさんは叫ぶ。
ぼくは、きょとんとしながら、答えた。
「え? 結構、簡単ですよ」
「簡単じゃない!!」
おかしいなあ。
空間魔法の中でも割と簡単な魔法なんだけどなあ。
ぼくは説明を続ける。
「その空間内に、山とか湖とか移動させたんですよ」
「つくづく君たち英雄村の人間は、デタラメだな」
リナリルさんは頭を抱えた。
その横でぼくとスライダル兄さんは、顔を見合わせる。
奇しくも同時に口を開いた。
「「え? 割と“普通”だと思いますけど……」」
普通じゃない!!
リナリルさんは叫ぶ。
怒られてしまった。
村ではよくやってたんだけど。
空間内では、また独立した時間の流れになるから、そこでよく兄さんに稽古を付けてもらったものだ。
「いやー、てっきり別荘からやってきたから、俺はお前が嫁さんを連れてバカンスを楽しんでるのかと……」
べ、べべべ別荘ってもしかして、あの遺跡のこと!?
別荘の割りには汚いっていうか。
人の気配もなかったし、調度品とか家具とかもなかったんだけど。
「そりゃそうだろ。たぶん、2000年ぐらいは使われてなかったからな」
に、2000年!!
それって、もはや別荘って言えないでしょ。
「昔は家具とか置いてあったんだけどなあ。たぶん、盗まれたんだな」
1人納得する。
でも、今思えば、別荘と聞いて納得できる節もある。
間仕切りされた部屋と、シンプルな構造。
生活するための設備は整っていたし、水を通っていた。
さすがに別荘とは思わなかったけど、確かに住居のように見える。
「なんだ、お前。馬鹿にしてるだろ。あれでも、俺たちのご先祖様が、魔王を倒した後で、疲れた身体を癒やしたちゅう由緒正しき場所なんだぞ」
へー。魔王をワンパンで倒したっていうご先祖様が……。
なんか想像がつかないな。
――って、そういうことを聞きたいわけじゃないんだ!
「兄さん、実は遺跡――じゃなかった。英雄村の別荘をぼくたちが調べていたのは、人を探していたからなんだ」
「人? ああ、もしかしてエルフの男性かい?」
「知ってるの?」
「知ってるも何も……。今、保護されて、俺んちのベッドで寝てるぞ」
え?
えええええええええええええええええええ!!!???
俺の隣で寝てる――みたいな?




