第32話 この遺跡は“普通”じゃない!
お待たせしました。
「とうとうやってきたぞ……」
リナリルさんは感慨深げに呟いた。
形の良い顎を上げる。
いつもは物憂げな表情も、今日だけは凜々しく引き締まっていた。
ギラリと輝いた紫色の瞳に映っていたのは、深奥の森にひっそりとたたずむ遺跡の入口だ。
木の根や無数の苔に覆われていて、かなり古い。
一見洞窟のように見えるけど、岩肌に掘られた痕跡は、自然のものじゃなかった。
間違いなく人のものだ。
【地形走査】で調べても、結果は「????」だった。相当古いようだ。
「いよいよね。リナリル」
声をかけたのは、マリルーだ。
王様には敬称を付けなければならないのだけど、リナリルさんが拒んでいた。
リナリルさんの中では、まだ自分は王様ではないらしい。
王は、お兄さまこそなるべきだ……。
口癖のように言っていた。
そして今日、そのお兄さんを助ける時がやってきた。
目の前にある遺跡は、そのフォルデュナンテさんが失踪した遺跡だ。
後ろにはぼくたち『鯨の髭』他にも、バナシェラ王国の兵士や学者がいる。
念願叶い、ついに遺跡調査とフォルデュナンテさんの捜索が始まるのだ。
リナリルさんは振り返る。
自分についてきてくれた人に、深々と頭を下げた。
「みんな、わたしについてきてくれてありがとう。感謝する」
「今さら、水くさいことを言ってんじゃないわよ」
「そうだ。俺たちはリナリルがお兄さんを助けるために今まで頑張ってきたのは知っている」
「はうぅ……。微力ですが、お手伝いさせてください」
『鯨の髭』のみんなが声を揃えて、激励すれば……。
バナシェラ王国の臣下たちは、直立した。
「我々も王と同じ考えです」
「救い出しましょう、フォルデュナンテ様を」
「そして、バナシェラ王国をさらに発展させるのです」
おおおおおおおお!
拳を掲げる。
家臣達は声を張り上げ、女王を激励した。
リナリルさんはうんと頷く。
やがてぼくの方を向いた。
「ついてきてくれるか、エイスくん」
「もちろん! ぼくはリナリルさんの騎士ですから!」
こうして遺跡の調査が始まった。
◆◇◆◇◆
遺跡の構造は実に単純だった。
5層構造に分かれ道のない1本道。
階ごとに、1~2部屋の小部屋があるぐらいで、特にこれと言ったものはない。
ほとんどもぬけの殻といった様子だ。
でも、随分昔に人が住んでいたようだ。
水を引っ張った後があるし、通風口らしき穴も空いていた。
またリナリルさんの推測通り、時間の流れがこの遺跡の中だけ随分遅い。
1日仕事すると、外では1週間が過ぎていた。
リナリルさんが時間がかかると考えたのは、こういうことだったのだ。
けれど、最大の謎は、どこにも人が隠れる空間がないこと。
隠された部屋があるんじゃないかと、総出で調べてみたけど、どこにもなかった。
遺跡の調査を始める前、ぼくはリナリルさんにいわれて、エルフの学者さんたちに、知る限りの古代語の読み方を教えた。
かなり苦戦していたけど、なんとかみんな覚えることができた。
中には、難しい【霊子文字】を読める人もいる。
人員は間違いなく最精鋭だ。
それでも、扉1つ見つからない。
そうして体感時間で25日が過ぎた。
外では半期が過ぎている。
内と外の時間のギャップ。
遅々として進まない調査に、みんなも疲弊していった。
「ねぇ、エドウィン……。リナリルさんのお兄さん生きてると思う?」
「どうだろうな……。これほどの人員と時間を割いていないんだ。そろそろ最悪のケースを考えるべきかもな」
「はうぅ……。でも、リナリルさんが可哀想です」
最初こそ息巻いていた『鯨の髭』の仲間たちも、すっかり意気消沈していた。
ぼくとリナリルさんは、それでも捜索を諦めなかった。
だが、人が隠れる空間どころか、文字や仕掛けの類いも発見出来なかった。
「少し休もう、エイスくん」
「ぼくは大丈夫ですよ。リナリルさんは休んでてください」
「……そうか。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおう」
リナリルさんは遺跡の石床に腰を付ける。
水筒の蓋を自ら抜くと、喉に流し込んだ。
やがて軽くため息を吐く。
「エイスくんは、お兄さまが生きていると思うか?」
「生きていますよ」
「……何故、そう言い切れる?」
「え? だって、リナリルさんがそう信じているから」
「そ、それは……」
「違うんですか?」
リナリルさんは首を振った。
やがて立ち上がり、また捜索を始める。
「休んでなくていいんですか?」
「そんなことをしている場合ではないと思ってな」
「はあ……」
「エイスくん……」
「は、はい!」
「君は強いな」
リナリルさんはそう呟くと、黙々と作業に集中した。
◆◇◆◇◆
ぼくは一旦手を止めた。
やはり何もない。
文字も仕掛けも、軽く魔力を流し込んでも、何の反応もなかった。
まるで遺跡全体が眠っているようだ。
横ではリナリルさんが遺跡の壁を見つめ、難しそうな顔をしている。
かなり長い間、2人で作業しているので、話題も尽きてきた。
だから、ぼくは割と軽い気持ちで話を振ってみた。
「リナリルさんのお兄さんってどんな人ですか?」
「どんなって……。そうだな。どちらかといえば、アイディアマンだった。賢い人でな。豊富な知識によって、国が長年解決できなかった古代技術の一端を暴いたのだ」
リナリルさんのお兄さんはとても賢かった。
だから、先代の王も王妃も期待していたらしい。
停滞する国を、お兄さんなら救ってくれる。
そう考えていたようだ。
「そういえば、兄さまは相当なメモ魔だったな」
「メモ魔?」
「ああ。思いついたことを壁でも床でも書き殴ることがあった。国の大事な資料に書いたこともあって、司書官が恐ろしい剣幕で兄さまを叱っていたのを今でも覚えているよ」
なるほど。
そりゃあ大事な本に落書きしたら、誰でも怒るよね。
それが例え、王子様だろうとも……。
ん? 落書き?
「もしかして……」
「何か気づいたのか、エイスくん?」
「何もないなら、ぼくたちが書けばいいんです」
「わたしたちが書く?」
ぼくたちは勘違いしていた。
ダンジョンといえば、罠や隠し扉が定番だ。
そこにはギミックがあり、動かすための仕掛けがある。
人が住む場所であるなら、人が残した痕跡があるはずだ。
そう思いこんでいた……。
本当は違う。
そもそもこれはダンジョンなんかじゃない。
きっとこれは……。
ぼくは床に蹲る。
そこに文字を刻んだ。
「え、エイスくん。何を!」
ぼくはリナリルさんを無視しして作業を進める。
さらに壁、そして天井に文字を描いた。
ぼくの行動に目を丸めたのは、リナリルさんだけじゃない。
連れてきた研究者や学者さんたちも目を回していた。
やめるよう忠告を受ける。
だが、一歩遅かった。
ぼくの作業は終わる。
その瞬間、変化は起こった。
ぼくが床や壁、あるいは天井に刻んだ文字が光り始める。
魔力が膨れあがり、部屋を真っ白に染めた。
ごごごごごご……。
轟音が響く。
気が付いた時には、ぼくたちの目の前に道が開けていた。
暗く、向こうが見えない。
それでも通路であることは間違いないようだ。
「すごい……。一体どういうことだ、エイスくん」
リナリルさんが尋ねる。
ぼくは懐から1枚の紙を取り出した。
それを手の上で折り曲げ、小さな箱を作る。
「これ覚えてませんか、リナリルさん」
「確か君が学校で講義していた時に作った折り紙の『箱』だな。確かシャクマル語の――」
リナリルさんは息を飲んだ。
周りを見渡す。
そうか、と手を打った。
「そうです。この部屋は、折り紙の『箱』と同じなんです」
シャクマル語は立体言語。
言語を三次元化し、複数の魔法を同時起動するための言語だ。
ぼくはこの部屋を折り紙の『箱』に見立て、シャクマル語を書いた。
魔法の言語によって、ダンジョンの仕掛けを起動させたんだ。
「たぶん、お兄さんはここで偶然にもシャクマル語を書いて、隠し扉を起動させたんだと思います」
「なるほど。そういうことか……」
リナリルさんは頷く。
すると、ぼくの聴覚は足音を捉えた。
リナリルさんを守るように前に出る。
眼前にあったのは、隠された道だ。
近付いてくる。
魔獣ではない。
人の足音だ。
「まさか――」
再びリナリルさんは息を飲んだ。
隠し扉から現れようとしている人物。
心当たりは1つしかない。
やがて、その人は現れた。
現れたのは、金髪。
そしてリナリルさんと同じ紫色の瞳……。
――ではない!
現れたのは、男だ。
エルフでもなければ、金髪すらない。
どこか田舎じみた年上の男性だった。
肩には鍬なんかを背負っている。
若干土の匂いがする男性は、ぼくの方を見て、目を細めた。
「んだ? エイスじゃねぇか……」
「に、兄さん!!」
英雄村から遠く離れた東の地……。
ぼくは“普通”じゃない再会をしたんだ。




