第31話 不景気なんて“普通”じゃない!
レジアス王国とも和解し、リナリルさんは故郷に帰っていった。
これで離ればなれになるかと思っていた矢先、ぼくたち『鯨の髭』は、バナシェラ王国に雇われ、リナリルさん付きの護衛任務に当たることになった。
つまり、王様の護衛だ。
とても恐れ多くて、初めは断ったのだけど、リナリルさんたってのお願いとあれば、断る訳にはいかなかった。
というわけで、ぼくたちはリナリルさんに同行し、再びバナシェラ王国にいる。
ちなみにスピアブライドはネストに置いてきた。
さすがにバナシェラ王国を無茶苦茶にした実行犯を、連れていく訳にはいかない。
妾を連れていなかいと死んでやる!
――ぐらいの勢いでせがまれたけど、最後は実力行使で解決した。
なんでぼくたちなんだろうと思ったのだけど、リナリルさんとしては、気の利いた仲間が側にいて欲しかったようだ。
故郷とはいえ、長い間離れていた。
知っている人間は、ほとんど魔族によって粛正されてしまった。
寂しさも感じていたのだろう。
よし! ぼくが支えないと……!
「お金がない!!」
リナリルさんは、ぼくたちを執務室に呼び出すなり、開口一番に言い放った。
「いや、私たちにいわれても……」
マリルーは肩を竦める。
エトヴィンも同調した。
「まったくだ。俺たちがほしいぐらいだ」
「はうぅ……。王様の方がお金持ちですぅ」
ぼく以外の『鯨の髭』メンバーから、反論を食らう。
リナリルさんは深いため息を吐いた。
「国庫が空なのだ。お前たちのネストに住んでいる魔族が、色々贅沢をしたらしくってな。お前たちの報酬だって、私のポケットマネーだぞ」
ええええっっ!! リナリルさんが、ぼくたちに給与を払っていたの!
さすがのぼくも驚いた。
まさかそれが“普通”なのかと思ったけど、マリルーに「そんなことあるわけないでしょ!」と怒られた。
「バナシェラ王国は元々経済的に豊かな国ではないからな。エルフ族は、知性こそ高いが、性格は内向きだ。周辺国とは同盟こそ結んできたが、経済活動は主に国内だけで回してきた。その限界が来てるのだろう」
しん、執務室が静まり返る。
皆、呆然としていた。
「うん? わたし、変なことを言ったか?」
「いや、その……」
「うん。感心したのだ」
「はうぅ……!」
「まるで王様みたいだ」
「一応、これでも王様なのだが!!」
リナリルさんはギロリと睨んだ。
まだ推挙したぼくたちを恨んでいるらしい。
「そもそもこれぐらいは常識の範疇だ。はあ……。弱ったよ。これでは兄上を助けに行くことも出来ない」
1度上げた腰を、再び執務室の椅子に収めた。
「で――。私たち何をすればいいの? お金ならもってないわよ」
「何か外の商人を呼び込む手だてはないものかと思ってな。特にエイスくん。君の常識外れな発想を期待しているのだが……」
リナリルさんが、ぼくを期待してくれている。
報いてあげたいけど、残念ながら何も思いつかない。
そういうケイザイカツドウ的なお話は、ちんぷんかんぷんだ。
まだ古代語の翻訳の仕事をしている方がいいだろう。
みんなで考えていると、『鯨の髭』の財務担当エトヴィンが、切り出した。
「問題はあの迷いの森だろう。あれがあるせいで、商人達が国にたどり着けないんじゃないか? まず物流を整備しないと、いくら商人を呼んでもこないぞ」
「一理あるな。といっても、あの森を整備するとなると、また莫大な費用が……」
リナリルさんは頭を抱える。
「とにかく現場にいって、現状を確認するのが肝心じゃないか」
エトヴィンの提案によって、ぼくたちは迷いの森へと向かった。
◆◇◆◇◆
迷いの森の外縁に辿り着く。
相変わらず、鬱蒼と木々が茂り、1歩踏み出せば、緑が襲ってくるような怖い場所だ。
バナシェラ王国とレジアス王国の国交が回復したのに、人っ子1人通らない。
ぼくたちが大暴れした関所も閑散としてて、衛士の人が欠伸をかみ殺していた。
「のどかねぇ……」
ずず……。
マリルーは持参したお茶を啜る。
バナシェラ王国の特産品で、茸茶というそうだ。
苦いけど、ほのかに甘みがあって、滞在中はいつも飲んでいた。
「本当に誰も来ないなあ」
これにはエトヴィンも呆れた。
やがてとうとうリナリルさんの額に、青筋が浮かぶ。
「どうなっておるのだ、これは! いいだろう。エイスくん、この森を燃やしてくれ」
え? えええええええ???
「君なら出来るだろう。遠慮はするな!!」
リナリルさんの目が血走っていた。
明らかに“普通”じゃない。
「ちょっと、リナリル。落ち着きなさいよ」
「そうだぞ。この森は王都の城壁を兼ねているんだろ?」
「はうぅ……。一杯敵が来ちゃいますぅ!」
みんなにリナリルさんは押さえつけられてしまった。
ふう。良かった。
さすがに自然を焼くのは、ちょっと心が痛い。
まあ、やろうと思えば一瞬だけど……。
「よっこらしょ……」
突然、声が側から聞こえた。
マリルーたちは驚いて、思わず後退する。
現れたのは、モグラ族という獣人だ。
太陽の光を遮るためにパッと日傘を開く。
背中に背嚢を背負っているところを見ると、行商人らしい。
「おや……。みなさん、お揃いで。どうされましたか?」
商人はきさくに挨拶する。
ぼくたちはまだ呆然としていた。
きっと変な人たちだと思っただろう。
「もし、行商人とお見受けするが……」
リナリルさんは思い切って話しかけてみた。
「一体、どこから現れたんですか?」
「現れたって、あれ――」
モグラ族は指を差した。
そこにあったのは大きな穴だった。
「この穴が森の外まで続いてましてな。いやー。助かりましたわ。迷いの森にはいつも迷っていてね。1日はかかりましたよ。でも、この穴だったら、半日もかからずに王都にたどり着けるんです」
行商人はにこやかに答える。
あれ?
何か既視感がある。
ぼく、この穴どっかで見たことあるんだけど……。
「あああああああああああああああ!!」
大声を上げたのは、マリルーだ。
「これ……。エイスが呼び出した幻獣が掘った穴だわ」
「そうか! 王都に潜入するために掘った穴か!」
「はうぅ……!」
そうだ。
ぼくたちがリナリルさんを王都に連れて行く時に掘った穴だ。
まだ塞がらずに残っていたのか。
すると、モグラ族は飛び出た鼻をヒクヒクと動かした。
「良い匂いですな、お茶ですか?」
マリルーが持っていたお茶に反応した。
「ああ。これ? 茸茶っていうバナシェラ王国の特産品よ。飲む?」
「1杯いただけますか?」
「どうぞ」
「……おお。これはうまい!」
行商人は膝を打つ。
「こんな美味しいお茶があるとは……。1つ仕入れてみますかな」
「是非是非。買っていって、おじさん」
モグラ族の行商人は、入国審査所の中へと入っていく。
マリルーは手を振って、見送った。
すると、リナリルさんはポンと手を打つ。
「これだ! これしかない!」
がしっとぼくの肩を掴んだ。
顔を突き合わせる。
一瞬、リナリルさんにキスでもされるのかと思ったけど、そんなロマンチックなものじゃなかった。
「エイスくん! トンネルだ! トンネルを掘ってくれ!!」
「い、いいんですか?」
「確かに……。森を焼かなくていいし」
「トンネルなら、いざという時に塞いでしまえばいいからな」
「はうぅ……。で、でも、大変ですぅ」
「やってくれるか? エイスくん」
リナリルさんのお願いなら、喜んで。
ぼくはとにかく掘って掘って掘り進めた。
といっても、正確にはぼくが呼び出したツァラグだけどね。
この政策は当たった。
バナシェラ王国に苦労することなく入ることが出来るようになり、たくさんの商人が訪れるようになった。
元々エルフが作るものは、高価値で人気が高い。
飛ぶように売れて、観光ツアーなども組まれた。
どんどん人が外貨を落とし、バナシェラ王国はまさに“普通”じゃない好景気に見舞われたそうだ。
作者にも好景気がほしい……。




