第30話 乙女の戦いは“普通”じゃない!
1ヶ月ぶりの更新です。
リナリルさんがバナシェラ王国の新しい女王になってから、1ヶ月が過ぎた。
慌ただしく戴冠式を終え、リナリルさんは隣国のレジアス王に、挨拶と謝罪をかねて、ぼくたちが住む王都に戻ってきていた。
見届け人として、ずっとバナシェラ王国に残っていた『鯨の髭』も、ようやくネストに戻り、慣れ親しんだ枕で眠っている。
月並みだけど、『家が1番だ』。
とはいえ、ぼくの故郷はずっと西にあるのだけど……。
バナシェラでは色々気を遣うことばかりだった。
魔族の正体を破り、エルフの国の危機を救ったぼくたちは英雄に祭り上げられた。
連日宴会が催され、ご馳走や浴びるほどお酒を飲んだ。
ぼくはお酒が強くない方だけど、バナシェラ王国特産の蜂蜜酒は格別だ。
初めて意識がなくなるまで飲んでしまった。
たくさんの偉い人と挨拶をし、仲良くなった。
魔導研究所も訪れて、ぼくは学校で話した古代語の解明についての講演もし、ここでも大盛況だ。
こうして『鯨の髭』の名声は瞬く間に広がっていった。
さすがのぼくも疲れて動けなかった。
カーテンの隙間から、強い日差しが見える。
きっと時間的には、もうお昼だ。
誰も起こしに来ない。
マリルーたちも似たような状況なんだろう。
いくらなんでも起きなきゃいけない。
寝過ぎると逆に疲れてしまう。
重たい瞼を開く。
上半身を起こそうとぐっと腰に力を入れた。
あれ……。あれれ??
何故か身体が動かない。
まるでお腹の上に重しが置かれたようだ。
やっぱり疲れが溜まっていたのかな?
もうちょっと寝よう。
そう決意した時、声が聞こえた。
「う……。ううん…………」
艶めかしい女性の声。
ぼくは慌てて真っ白なシーツを引っぺがす。
「ひぃ……」
思わず悲鳴を上げてしまった。
現れたのは、重しの正体だった。
漬け物石と石版とかそんなものじゃない。
女の子だ。
腰まで伸びた鈍色の髪。
唇は青白く、生意気そうな牙が1本はみ出ている。
赤い瞳はまだ微睡みの中にあるらしく、若干輝きが燻っていた。
それでも、褐色の肌は艶があって、ドキッとするほど細い。
「はわ……。はわわわわわわわわわ…………!!」
ぼくはどうしていいかわからず、固まった。
頼んでもいないのに、汗が吹き出てくる。
なのに、向こうは半熟の卵みたいにとろっとろの笑顔を浮かべながら、ぼくに向かって、手を振った。
「ハーイ。ご主人様」
女の子なんてものじゃない。
ぼくの寝床に潜り込んでいたのは、魔族。
ルードガス魔帝国『美惑』スピアブライドだった。
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!」
溜まらずぼくは悲鳴を上げた。
◆◇◆◇◆
ぼくの悲鳴がネストに響き渡る。
静かなお昼が一気に騒がしくなった。
廊下の向こうで、ドタドタと音が聞こえる。
バン、とぼくの部屋を問答無用に開け放ったのは、マリルーだ。
後ろには、ロザリムも控えている。
お願いだよ。マリルー。
ノックぐらいして。
「ど、どうしたの、エイ――――。ちょっとあんた何やってんのよ!!」
「は、はうぅ……!!」
ベッドの惨状を目撃した2人は、怒り、あるいはとても怒っていた。
しかし、スピアブライドは、ぼくから離れるどころか腰に手を回してくる。
猫のように細い首を、胸に擦り付けた。
すると、とんでもなく柔らかい感触を感じた。
一瞬、頭がぼうとなる。
「なんだなんだ騒がしいなあ、朝っぱらから」
遅れてエトヴィンが登場した。
今の今まで寝ていたのだろう。
寝癖をガリガリと掻いて、裸の上半身をさらしている。
ぼくとスピアブライドを見つける。
ニヤリと笑った。
「お。とうとう大人の階段を上ったのか、エイス」
「あんたはバカなこといってんじゃないわよ!!」
ズブッ!!
「ぎゃああああああああああ!! 目がぁ!! あぁ……。目がぁあ!!」
エトヴィンは昼から悶絶した。
今の絶対(目に)入っていたよ。
痛そう……。
「とにかく離れなさいよ、スピアブライド。何回こんなことを繰り返すのよ」
そう……。
この事態は1度や2度ではない。
1ヶ月間、バナシェラ王国に滞在していたぼくたちにとって、よくある光景だった。
何故こうなったかというと、実はぼくの責任だった。
スピアブライドと対峙した時。
ぼくは彼女のテンプテーションを跳ね返した。
そうして彼女から真実を引き出すことが出来たんだけど、事態はそれだけで終わらなかった。
反射されたテンプテーションを受けた彼女は、ぼくに魅了されてしまったのだ。
つまり、魔王ではなく、ぼくに忠誠を誓う下僕になってしまった。
以来、ぼくのことを『ご主人様』と呼び、隙あらばベッドに入ってくる。
彼女が何故、ぼくの寝床に入ってくるのかはわからない。
マリルーやロザリムに聞いても、顔を赤くするだけだ。
エトヴィンに尋ねると「ふッ……。俺にいわせるなよ」と、遠い目をする。
ともかく“普通”のことではないらしい。
【地形走査】で調べてみようとしたけど、何故か閲覧規制が入っていた。
18歳以上はお断りなのだそうだ。
今は16歳。
あと2年か……。
ちょっと楽しみだな。
ちなみにスピアブライドは敵国の将軍。
だから、死罪にしようという話にもなった。
けれどリナリルさんの考えは違った。
『彼女はエイス・フィガロのコントロール下にある。獄につなぐよりも、来たるべき魔帝国との戦いのために、貴重な情報源として利用するべきです。大丈夫です。彼に預けておけば、その危険性は野良猫程度です』
反対する家臣をあっという間にいさめてしまった。
リナリルさんは、自分は『王の器』ではないという。
しかし、飄々と家臣を束ねる姿は、女王としての風格が漂っていた。
というわけで、『鯨の髭』――正確にはぼくに預けられたわけだけど、こうして騒がしい毎日を送っているわけだ。
野良猫程度の危険性というけど、スピアブライドはある意味それ以上のトラブルメーカーだった。
マリルーの忠告もなんのその……。
一行にぼくのお腹の上で猫になっている彼女は、小首を傾げている。
「何故、お主のいうことを聞かねばならんのだ? 妾のご主人様は、エイス様だぞ。ね? ご主人様?」
「いや、その……。でも、マリルーたちが怒っているし。ぼくも仲間のそんな顔を見たくないんだ。とりあえず、ぼくのお腹の上からどいてくれないかな?」
「ふむ。ご主人様の命令なら仕方がないのぅ」
スピアブライドは大人しくぼくから離れる。
解放されたぼくは、ようやくベッドから起き上がった。
すでにシーツがびっしょりだ。
後で洗濯をしよう。
今日の天気なら、昼のうちに乾くだろう。
そんなことを考えていると、後ろから抱きつかれた。
上半身が前屈する。
同時に、またあの柔らかい感触を感じた。
ピンと何か身体の中で立つ。
血流が急速に下腹部に集まっていった。
や、柔らかい……。
また、ぼうとなる。
若干白くなる視界に、マリルーがぷくぅと頬を膨らませる顔が見えた。
ダメ。これ絶対ダメなヤツ――っ!!
「ちょっとスピアブライド……。ダメだよ。離れて」
「何故だ? ご主人様が腹の上からどいてくれといったのだ。妾はそれに答えた。何も間違ってはおるまい」
「ぼ、ぼくにくっつかないでっていってるの!」
「それは本心からいっておるのか? ご主人様のアソコが、妾に疼いているような気がするが……」
不敵な笑みを浮かべる。
それがまた凄くぼくの心をぼうとさせた。
「はうぅ……。ダメですぅ!!」
ぼくの手を引っ張ったのは、ロザリムだった。
ちょ! すっごい力だ!
ぼくが一瞬、振り回されてしまった。
ロザリムって実は、神官よりも戦士の方がいいじゃないのかな。
ともかく助かった。
ようやくスピアブライドから解放される。
「助かったよ、ロザリム」
ぼくはロザリムの金髪に触れる。
反射的にいーこいーこと撫でてしまった。
なんか久しぶりだ。
ちょっと落ち着くような気がする。
不意打ちの頭なでなでに、ロザリムは最初驚いていた。
やがて顔を赤らめる。
とても気持ちよさそうだった。
「あー! あー! いーな! いーな! ご主人様、妾も撫でてほしい!!」
スピアブライドがぼくにすり寄ってくる。
鈍色の頭を突き出した。
すると、その間にロザリムが割って入る。
「ふんっ!」
鼻息を荒くした。
エイスには指1本たりとも触れさせない……!!
そんな構えだった。
「へぇ。妾とやろうというの?」
「はうぅ……。負けません、あなたには」
スピアブライドとロザリムが睨み合う。
間に挟まれたぼくは「はわわわわわわ」と身を縮めるしかなかった。
その三竦みを見ていたマリルーはにやりと笑う。
一計を案じた。
「こういうのはどうかしら?」
◆◇◆◇◆
その夜。
ぼくは寝床についた。
頭には慣れ親しんだ枕の感触。
でも、ぼくは眠れない。
それどころか、目はギンギンだった。
「おやすみ、ご主人様」
すぐ側にはスピアブライドが寝ている。
目を細め、蠱惑的な笑みを浮かべていた。
そっとぼくに手を伸ばす。
しかし、すぐに手は払われた。
スピアブライドとは反対側。
ぼくのベッドの上で一緒に横たわっていたのは、ロザリムだ。
大きな瞳を広げ、ぼくではなく、魔帝国の元四将を睨み付けている。
「はうぅ! エイスに気安く触らないでください」
「いいじゃない! どうせ肩は触ってるんだから」
「はうぅ! ダメです!!」
「もう! なんで? どうして、こんな女と一緒に寝なければならないのよ」
「はうぅ……。あなたが、エイスに付きまとわなければいいんです!!」
見ての通り、2人一緒にぼくのベッドで寝ることになった。
これがマリルーの提案だ。
ぼくは天井を見ながら、いつもの台詞を吐く。
「こんなの“普通”じゃないよ」
その普通じゃない乙女の戦いは、結局朝まで続き、ぼくは一睡も眠れなかった。
新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m




